その19
令和2年4月13日、月曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、玄関ホールの受付前に設置してあるタイムレコーダーにICチップ入りの職員証をスリットした後、息を荒くしながら階段を3階まで上がり、割り当てられた執務室に入って来ると、正木省吾、すなわちファンドさんが何時も通りちょっと古めのiPhoneの端に何本もひびが入った液晶画面を見詰めてはぶつぶつと独り言ちながら、頻りにメモを取っていた。
「おはよ~う」
「あっ、おはようございま~す」
通り一遍の朝の挨拶を交わした後、世間話も早々にファンドさんはiPhoneに視線を戻し、メモを再開する。
株価がよほど気になる動きをしているのか!? 気にならないではなかったが、自分では始める気にならない極め付きの小心者である慎二にとっては単なる野次馬としての関心に過ぎないので、それ以上は構わないことにし、自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。それから上手く書けたと思える時は間を置かずにブログにアップ出来るように、テザリング用に格安SIMを挿したスマホもそばに用意しておく。年の所為もあってか? 慎二は待つことが益々苦手になりつつあった。
それはまあともかく、前日のことを思い出しながら通勤電車の中でメインのスマホにメモしておいたものを元に起こして行く。
朝のひと時雑詠
つい最近まで関東でアルバイトをしており、心配でならなかった子どもが昨日、漸く戻って来た。
どうやら一昨日に現地を出て、普通電車を乗り繋いで帰って来たと言う。
予約していた夜行バスが残念ながら運行を中止したので、名古屋まではJRの普通電車を使い、その後は近鉄の普通電車に乗り繋いだそうな。
まあ夜行バスについては密閉、密集、密接の3密の何れにも当てはまりそうに思われて心配していたところであるから、それはそれで好かったのであるが、心配していた名古屋では駅の近所の歓楽街を暫らく覘いて歩いたと言う。
おいおい、全国でも5本の指に入る有数の感染地帯だと言うのに何と言う呑気なことを・・・。
子どもによると、何でもソープも含め、風俗店の呼び込みが、(コロナなんかに)負けずに頑張りま~す! と言う感じだったらしい。
う~ん、何だか微妙だなあ。
帰省した子どもにちょっと緊張し
コロナ禍や帰省した子に緊張し
でもまあそれはお互い様だろうなあ。
家人と私は多分食べ物の所為か? それともストレスの所為か? 何だか分からないがお腹の調子が悪くなっている。
私の場合はそれに加えて、多分花粉症の所為であろうが、喉、鼻、目の調子が悪い。
何れも多分新型コロナウイルスの影響ではないと頭が勝手に思いたがっている。
戻って来た子どもにすれば、そんな状態を知れば何だか不安で、居心地が悪くなっているのかも知れない。
それはまあともかく、子どもの場合、現在正規雇用を求めて就活中でもあり、新卒ではない分、微妙な感じらしい。
この機会に出来ることを増やしておこうと、色々考えているようだ。
勿論それで好い。
私の場合も転職を2回経験しており、経済的にあまり成功したとも言えないが、遣り甲斐、福利厚生、自由な時間等、総合的に考えると、そう悪くもない。
バブルの前によく言われていたレベルでのまあ普通、つまり現代版の中流である。
バブル崩壊後、平成大不況の過程で、その普通のレベルが大分引き下げられたから、今では中流と言うのは恥ずかしくなって来るし、そんな生活を築き、守る為に多くの人が勉強、仕事に一生を費やして来たのかと思うと、ちょっと情けなく、虚しくもなって来るが、それはまあ別の話。
仕事をすると言う意味において人間力を磨いておくのは悪くない。
自信を持って話が出来れば、それなりの仕事が見付かるであろうし、仕事を通して経済だけではなく、人間関係、遣り甲斐、達成感、生き甲斐と言ったものもある程度潤うはず。
会社の規模、初任給、平均給与、世間的な評価等、見かけにばかり目を奪われていると、今の時代後悔することも多いようである。
期待しているような終身雇用、年功序列なんて、今回のコロナ禍も含めて見通しの立たなくなったこれから先、果たして守られるかどうか分からないし、入った部署での人間関係、ブラック指数も分からない。
どんな場合でも、自分をしっかり持っていると、何かあった時にはまた転職する等、新たな道を拓き易いように思うなあ。フフッ。
躓いて人生の意味考えて
仕事には人間力が大事かな
人生に人間力が大事かな
ところで、名古屋と言えば駅近くの歓楽街だけではなく、パチンコも盛んなところである。
そう言えば昨日だったか? 一昨日だったか? テレビを視ていると、パチンコ屋の前で取材していたが、ラフな格好をしている客がそれぞれ気取った感じで答えていたのが印象に残っている。
たとえば或る人が以下のようなことを言っていた。
「人生には息抜きも必要であるし、ここではしっかり対策もしているから、罹ったときは罹った時のことやと覚悟しているんで・・・」
確かに、一般的にはそうありたいが、何もわざわざ危ないとしつこく言われている三密の状況で覚悟を決めてまで遊ばなくてもなあ、と思わなくもない!?
覚悟決め三密避けずパチンコし
対策し覚悟を決めてパチンコし
なんてことを書いている内に、父のことを思い出した。
職人であった父は、まだ元気に働いていた壮年期、休みになれば近所のパチンコ屋に行っていた。
その時はそれぐらいしか暇潰しが思い付かなかった、と言うか、出来なかったのであろう。
その証拠に、私が独立し、自分の仕事を減らした頃から、父は油絵を描き始めた。
また、山本周五郎、池波正太郎、藤沢周平等の渋めの時代小説を読み始めた。
別に気取っていたわけではない。
大正生まれの父は高等小学校しか出ておらず、収入も戦後ずっと食べて行くのにぎりぎりの状態であった。
少しでも余裕を作る為に母が家計を内職やパートで足しているぐらいであった。
要するに時間とお金がなかったのである。
絵を描いたり、歌ったり、お気に入りのお話を読んだりと言うことは大抵の人が小さな頃に楽しんだ記憶があるから、私が独立して漸く時間とお金に多少の余裕が出来た時に始め易かったように思われる。
私の場合は絵や歌に自信がなく、仕方が無いからそれが読書や作文になっているのと同じようなものであろう。
ともかく今でも、普段から遊べていなければ、急に思い付くのは今よく言われているような、ウェブ飲み会、お家で踊ろう等の程度のことかも知れない。
遊びも含めて、今、この機会に、この社会について色々と振り返り、少しでも生き甲斐を生み易い社会へと改善されて行くことを期待したい。
叩くより問題提起期待して
叩くより改善案を期待して
その辺りまで書いて、その日も自分なりには上手く書けたと思い、慎二がしみじみとしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問い掛ける。
「メルカリさん、どう、これぇ? 僕としては今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、緊張で頬を紅潮させ、耳たぶをひくひくさせている。
「流石ブログさん、毎朝、よう精が出ますねえ・・・」
半分呆れ、半分感心しながら、気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、
「あっ、ブログさんとこの子どもさん、関東の方に行ってはったんですかぁ~!?」
と言いながら1歩、2歩遠ざかる。
慎二は笑いながら、
「まあ気持ちは分かるけど、別に熱もないし、咳もしてへんかったでぇ~。フフッ」
メルカリさんはちょっと照れながら、
「いやぁ~、すみません。別にそんな意味では・・・」
慎二としても、自分も前日は子どもの話を聞きながら緊張するものがあったから、マジで責める気はない。当然の緊張だし、それぐらいの警戒はしておいた方がかえって好いように思われて、
「ほんま、マジに言えば今はそれぐらい警戒しててちょうどええと思うわぁ~。俺の子ども、ほんま呑気過ぎるねん・・・」
「・・・・・」
「でもなあ、やっぱり元気そうな顔を見たら安心するわぁ~」
3人の子どもを育てているメルカリさんもそれには共感するようで、何時になく真摯な目になって来た。
「ほんまですねえ。家族は一緒に居てこそですから・・・」
「フフッ。そりゃそうやけどなぁ~。でも一旦独立しているし、何れまた背中を押して独立させたらなあかんとは思ってるねん・・・」
それを聴くと、メルカリさんのところは今が可愛い盛りのようで、心底寂しそうな顔をして、
「あかん、あかん。僕ら、まだそんなん考えられへんわぁ~。ブログさん、やっぱり強いですねえ・・・」
「ハハハ。そう言うたらメルカリさんとこ、上が女の子や言うてたなあ? 父親にとって女の子はほんま、可愛いもんなあ・・・」
慎二も一番下の、女の子のそんな時期を思い出したのか? ちょっと遠い目になった。
あんまりしんみりすると、これからの仕事にちょっと入り辛くなると思ったのか? メルカリさんはそこで話題を替え、
「ところで、パチンコ屋言うたら、うちらの近所でも平日の昼間から結構混んでるとこ、ありますわぁ~。その中に大阪ナンバーや京都ナンバーの車もようさんあるらしいしぃ~」
「そうやろぉ~!? でも、しゃあないなあ。それしか楽しめるとこなかったら、それにはまってたら、多少不安でも、後ろめたくなっても、行ってしまうんやろなあ・・・」
慎二はそれでも、お金はともかく、時間の余裕が出来て変わって行った父親の浩治のことを思い出し、更に遠い目になっていた。そしてそんな父親のことを子どもの頃、パチンコしかすることないのかとちょっと疑問に思っていた自分を思い出し、恥ずかしさを覚え始めていた。
「・・・・・」
メルカリさんも何かを思い出したのか? もう何も言わず立ち上がり、給湯室にコーヒーを淹れに行った。
そこに事務を担当する若い依田絵美里が近寄って来て慎二の机の上に熱いお茶を淹れた備前焼のぷっくりした湯飲みそっと置き、もう何も言わない方が好いと気を遣ったのか、スッと遠ざかって行った。
金時間余裕がなくてパチンコし
余裕出来たら趣味増えるかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
就活の厳しさは2021年12月現在でもまだまだ厳しい状況のようである。
高校生に就職を世話している友達によれば、1か月ぐらい前でもまだ6割ぐらいしか決まっていないようなことを言っていた。
そして、望んでいるような職種はあまり無いから、変更を余儀なくされているようなことも。
確かにね。
選ばなければある。
選ぶのは贅沢だ。
なんて、ネットではよく言われている。
短いようで、自分にとっては結構長い就労人生、嫌なことをそんなに続けられるもんでもないのになあ。
急がば回れで、実力を付けることも含めて、各自納得の行く拘りは持っていて欲しいところである。
それはまあともかく、新型コロナウイルスの新規感染者数に関してはピーク時に比べれば無視出来る程に減少しているが、諸外国の状況を観ていると、安心はしていられない。
そんな中、旅行好きの子どもはそろそろ旅行に行きたくてうずうずして来たようだ。
まあ、人間が遊ぶ動物でもあるからね。
食べる為の仕事にばかりかまけてはいられない!?
1月からはまたGoToトラベルが解禁されるなんてことを言われているようだし、子どもによると前回は結構楽しめたようであるから、待ち遠しいのだろうなあ。フフッ。