その-1
令和2年3月26日、木曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、執務室に入る。例によって既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを何やら熱心に見詰めていた。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
挨拶を交わした後、世界では新型コロナウイルス感染症の騒ぎが大きくなっていること、株価に大きな変動が起こっていること、とうとう東京オリンピックの延期が発表されたこと等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
その後は暫らく考え、それからおもむろにメインで使っているスマホを取り出して、メモしておいたものを見ながら「神の手」に起こして行く。
朝のひと時雑詠
昨日で6連休が終わった。
今日は出勤日であるから、仕事でまた大阪まで出なければならない。
生活するにはお金がいるからねえ。フフッ。
♪今日も聞こえるぅ~、ヨイトマケの歌~♪
それに正直言うと、たまには仕事をしなければすっかり仕事のことを忘れてしまいそうだ。
一般人の私でもちょっと休みが続き、暇になるぐらいでこんな感じであるから、東京オリンピックの延期によって練習予定が狂ったアスリート達は大変だろうなあ。
でもまあ、この荒ぶる星とも言われる地球の上に住んでいるのだから、今も、またこれまでも、それからこれからも、何があっても不思議はない!?
そりゃ誰でも、安住はしたいけど、不満は避けたいけど、それが難しいから、不安、不満が無いことに憧れるわけだろうなあ。フフッ。
マジな話、あるがままを受け入れるしか無いから、何時でもそこから出発である。
これまでに勝ち取って来た権利が保証されない競技も出て来るのかも知れないが、これから予選が行われる競技もある。
そこでどうやって行くのか?
それも含めて注目し、応援したい。
それに私自身、正直なところオリンピックばかりに注目しているわけではない。
権威付けし過ぎて柔軟性を失い始めると、要らぬ欲、垢等が絡まって来て、スポーツ本来の面白さが失われがちになる!?
今、外からの圧力によって一旦緊張状態が解けたわけだが、それが今後のことを考える切っ掛けとなることを期待したい。
例えば一昨日夜の記者会見を視ていても、マスコミより漸く諦めの付いた委員長の森元総理の方がまともなことを言っているように思えるときもあった!?
伝統が欲垢付けてて重くなり
伝統が欲垢付けて暗くなり
重くなりゃリセットすれば好いのかも
暗くなりゃリセットすれば好いのかも
ただ、コロナ禍はもう飽きた、なんて言い、勝手なことをワイワイやり始める若者達はちょっといただけない。
その結果、海外に見られるような爆発的な感染が起こる可能性が高まる!?
事実、緊張を解いたことで、これから半月ぐらいの間に色々動くことも考えられる。
もう飽きたと言いたくなるのは、マスコミや大人の煽り過ぎもあるのかも知れないが、そこは反省するにしても、粘り強い取り組みがこれからも必要であろう。
マジに自然界で生きているのならば、飽きたら死ぬしかなく、馬鹿なことをしているのは自殺行為、よく言われる緩やかな自殺である。
まあ倦まず弛まず、手を取り合いながら生き、幸せを求めるのが人生なんだろう。
なんて、偉そうなこと、知ったことをついつい言いたくなるのも、だって人間だもの、なんだろうなあ。フフッ。
知ったことつい口走る老後かな
偉そうについ口走る老後かな
そりゃ実際には走れなくなっているから、口でも走らせておくしかない!?
まあそうかも知れない。
マスク、トイレットペーパー等の買い占めでは老人の達成感、承認意欲について言及されているが、然もありなん。
人は幾つになっても甘えん坊!
自分が、自分が、と言いたいものだし、それを凄いね、偉いね、と言われたいもののようである。
ここ暫らくの日常生活に対する急ブレーキが、普段はあまり考えないようなそんなこともじっくり考えてみる好い機会になるような気もするなあ。フフッ。
暇が出来つい考える機会あり
暇出来てつい考える習慣に
ただこれも、普段考えたり、本を読んだり、他人の話を聴いたりする習慣がないと、暇が出来たら安易な方に向かいがちになる。
マスコミは相変わらず受けそうな下賤な話に終始しがちである。
こんな時こそ、分かり易い言葉で道を説く、啓蒙するようなものが欲しいところである。
子ども等に売れると言う漫画を使った歴史等もそんな感じであろう。
そう言えば、子どもの本は歴史に限らず、科学、地理、心理学、哲学等、多岐に亘って分かり易い本が増えて来ている。
好い傾向だなあ。フフッ。
マジな話、分かり易いし、絵や写真が多く、字も大きくて見易いから、この頃私は子ども向けの本を買うことも増えた。
そんなのは甘い、駄目だ、大人はもっと確りした大人向けの本を読まなくっちゃ、なんていきなり100を求めることはない。
0より大きければ、30でも、50でも好いのである。
いや、もっと少なくても、少なくとも0よりは好い!?
迷ったら子どもの本をつい選び
百か零その間でも好いのかも
本と言えば、昨日、読後にちょっとお口直しをしたくなるようなある意味えぐい本、「二流小説家」を読み終えたと書いた。
それで選んだのが山岡荘八の「織田信長」であるのはちょっと微妙であるが、まあ好い。
戦闘はあっても、目の前の殺人を微に入り細に入りは描かないし、英雄のマイナス面よりもプラス面にスポットを当てるから、気分が明るくなり、気宇壮大になる!?
そんなこんなで小心者の私は、ついつい英雄譚を読みたくなる。
それにNHK大河ドラマ、「麒麟がくる」を観ている所為か? その頃を扱った本格的な小説を読み直してみたくなったのである。
真っ先に浮かんだのは斎藤道三、織田信長、豊臣秀吉と戦国時代後期の有名どころを扱った司馬遼太郎の「国盗り物語」であるが、どこかに埋もれたているようで、どうも見付からない。
屋根裏までごそごそしている内に見付かったのが山岡荘八の「織田信長」であった。
実際には此方で好い。
比べると私にとって司馬遼太郎の小説はどうも薄口で、頼りなく感じられる。
山岡荘八、吉川英治等、もう少し前の作家の語り口の方に親近感を抱くようである。
勿論、歴史観、人間観等に時代が反映されるのは当然である。
だから、これからの人に安易にお薦めはしないが、出来ればそれも広く浅く付き合っておく方が好いような気もする。
まあ、精神的な免疫を作る為、というわけだなあ。フフッ。
色々な意見に触れて柔軟に
その辺りまで書いて慎二が「神の手」の液晶画面を観ながらしみじみしていると、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二は、ちょっとは自信を持ちながらメルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せて問いかける。
「どう、これぇ? 来る時に通勤電車の中で昨日のことを思い出しながらスマホにメモしておいたものを元に書いてみたんやけど・・・」
「そうですかぁ~!? 毎朝、よう精が出ますねえ・・・」
半分呆れ、半分感心しながら、
「どれどれ・・・」
気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて目を輝かせ、我が意を得たりと言うように熱く言う。
「そうやぁ! 東京オリンピック、散々気を持たせておいて、とうとう延期になったんでしたねぇ!?」
「ふぅ~ん、メルカリさんでもやっぱり、東京オリンピックにはそんなに興味あったんですねぇ」
ちょっと意外そうな顔をしながら慎二がそう言うと、メルカリさんは微苦笑しながら、
「でもはないけど、前にも言うたように、これでも僕、高校、大学とバスケットボールをやってましたし、今はもうしてないけど、今でも観るのは結構好きですからぁ~」
それを聴いて慎二はちょっと申し訳なさそうな顔をし、それからキラリと目を光らせて、
「ごめん、ごめん。そんなつもりでは・・・。でもまあ僕も若い頃、弱かったにせよ柔道やってて、今でもスポーツを観るのは好きやから、同じようなもんかぁ~」
今度はそれが、メルカリさんには意外だったようで、
「ふぅ~ん、ブログさん、いつ見ても穏やかそうやし、とても格闘技していたようには見えませんねえ」
そう言われると慎二はちょっと心外そうな顔になって、
「おいおい。柔道やってぇ。せめて武道と言うてえやぁ~!? 格闘技と言われると、何や微妙やなあ・・・」
「ははは。すみません。その辺はよう分かりませんよってにぃ・・・。それはそうと、流石ブログさん、色々な本、読んではりますねえ」
それぞれの拘りに触れると重くなると思ったようで、メルカリさんは軽く話を転じようとする。
慎二としても異存はなかったので無理に話を戻そうとはせずに、
「いや、別にそんなことないよぉ。暇やから前よりは読むだけのことで、メルカリさんと同じくらいの頃は滅多に読めなかったわぁ~」
「元々あんまり読む方やなかったけど、今は余計に読めなくなって、この頃読むのはブログさんも言うてるような子ども向けの本ぐらいですわぁ~。確かに、この頃子ども向けの本言うても中々馬鹿に出来ませんねぇ!?」
そう言いながら好い頃合いと見たか、メルカリさんは軽やかに立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。
すると、2人の話を聴いていたようで、事務を担当する若い依田絵美里が慎二の机にさっとお茶を置き、微笑みながら、
「藤沢さん、今2人で話してはった子ども向けの本で、何か面白そうなもの、ありますかぁ~? あったら貸してください」
そう言われると慎二はちょっと吃驚し、それから暫らく考えて、机の上の載っていた学研から出ている『なぜ僕らは働くのか』を渡した。
「これぇ。導入に漫画を使って読み易いし、理想かも知れんけど、割とええこと書いてあると思うねん。僕ら大人にも為になるような気がするわぁ~。時間に追われてて普段はあんまり考えへんから、考える機会になるかも知れへん・・・」
何時になく饒舌で、絵美里を真っ直ぐに観る慎二の目が落ち着いている。普段は何となく感じていた距離がその朝は感じられなかった。依田絵美里はそれが嬉しかったようで、目をキラキラさせながら、
「はい。さっそく読んでみますぅ!」
絵美里の大きく光る目が眩しく、吸い込まれそうになって慎二は我に返り、
「いやいや。ほな・・・」
また普段の、若い女性を前にした時に示すちょっとおどおどした感じに戻っていた。
絵美里にすればそれが面白く、優しい目になって笑いながら離れて行った。
コロナ禍で老いも若きも時間得て
考える時増えているかも