sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見かけが9割!?(18)・・・R2.4.29①

              その-3

 

 令和2年3月12日、木曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、執務室に入る。既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを何やら熱心に見詰めていた。

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 挨拶を交わした後、世界では新型コロナウイルス感染症に関する騒ぎが彼方此方で大きくなっていること、ファンドさんの一番の関心事である株価に大きな変動が起こっていること、東京オリンピック延期の声が益々大きくなっていること等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。

 迷うところがあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろに年季の入った256MBのUSBメモリー、「愛のバトン」を取り出して、「神の手」に挿し、休みの間に家で書き続けている私小説っぽい作品、「明けない夜はない!?」の一部を取り出し、加筆修正を始める。

 

            明けない夜はない!?

              その3

 その後も色々あったにせよ、宗教キャンプが何とか無事終わり、中野昭江の心が誰かに奪われはしないかと言う青木健吾の心配も杞憂に終わったようだ。そして8月を迎えた。

 そんな或る日のこと、図書館での勉強がひと段落着いて健吾は昼食を摂りに駅前の食堂街に向かった。

 何軒か並んでいる中に目立たないうどん屋、「さぬき庵」があり、落ち着きそうなのでそこに入ることにする。

《玉子丼にミニうどんかそばが付いて500円かぁ~。まあまあやなあ・・・》

「いらっしゃいませ~」

 入ったら直ぐに弾むような声でそう言ってお茶とメニューを持って来たバイトの女の子を顔をちょっと見上げると、

「あれぇ~!?」

 昭江であった。

 昭江も直ぐに気が付いたようで、

「もしかしたらこの前のキャンプにぃ?」

「うん。君も行ってたんやなあ?」

「はい!」

 その時はそれだけのことであったが、健吾は何を食べたのかも分からないまま、図書館に戻った。

 それから2時間ほどが経ち、健吾がそろそろ帰る気になっていた頃、昭江が自習室に入って来た。

 周りの反応は前と変わらず、ササっと視線が集中する。

 流石に健吾は慣れて来て、それに昼のこともあるから、余裕を持ち、微笑みながら黙礼した。

 昭江も微笑みながら恥ずかしそうに黙礼を返す。

 その時もそれだけであった。

 

 それから数日後、健吾が問題集を開いて勉強していると、背中から突然のように、柔らかく、しっとりとした声が掛った。

「あのぉ~、隣、好いですかぁ~?」

 昭江であった。

 健吾はよほど集中していたのか? その時まで気が付かなかったようである。

「あっ、はい!」

 そう返すのが精一杯であった。

 それから自分の範囲を超えて広げていた数冊の本、ノート、筆記用具等をそそくさと片付け、引き寄せた。

「ウフッ。そんなにしなくても大丈夫ですよぉ」

 そう言いながら昭江は微笑み続けていた。健吾の慌てようが何だか可笑しかったし、嬉しかったようで、もう恥ずかしさは消えていた。

 健吾は余計に眩しくなり、それから暫らくは問題集が頭に入って来なくなっていた。

 その健吾に昭江が小声で声を掛ける。

「あのぉ~、この問題ですけど、分かりますぅ? 私、数学が苦手でぇ・・・」

 それは数Ⅰの代数幾何の範囲であった。健吾にすれば、得意ではないが、そう難しくもない。緊張しながらもノートの端にササっと解いて見せた。

「あっ、そうだったんですかぁ~!? 最初からそうやればよかったんだぁ~。ありがとうございますぅ!」

 昭江は心底感心しているようで、目を輝かせている。

 それからも幾つか訊かれ、健吾は自信を持って淀みなく答えた。

 そんなことが続いた或る日のこと、健吾が小声で教えていると、分厚いレンズの丸眼鏡を掛けた小太りの学生に、

「うるさいなあ! ここは図書館やでぇ~。そんなイチャイチャされると、勉強なれへんわぁ~!」

 はっきり言われてしまい、健吾と昭江は気まずくなって自習室、そして図書館を出た。

「ハハハハハッ」

「ウフフフフッ」

「つい声が大きくなってしもたなあ?」

「そうですねぇ」

「中野さん、好かったらこれからファミレスでも行けへん?」

 数日前にお互い自己紹介は済ませていたので、10歳違うことまで分かっていたが、まだ呼び捨てには出来ない。健吾は極度の女性恐怖症でもあった。

 昭江は笑いながら、

「そうですねぇ! でも、そんなに丁寧に呼ばなくても、普通に名前でくれたら好いですよぉ~」

 と言うか、むしろ名前で呼んで欲しそうであった。

「ほな、昭江ちゃん。そこのガストでも入ろかぁ~!?」

 健吾の弾んだ様子、照れた様子が可笑しかったが、昭江はそれ以上何も言わず、黙って付いて来た。

 それからは日曜日の午後になると、駅前のガストで勉強をする2人が見られるようになった。

 

 その辺りまでを見直して加筆訂正し、ちらっと時計に目を走らせてここで置くことにした。「愛のバトン」をそっと抜いた後、「神の手」を優しく閉じ、慎二が創作の余韻に浸ってしみじみしていると、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はまだ恥ずかしさも少し残っていたが、ちょっとは自信も出始めて来たので、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せて問いかける。

「どう、これぇ? この前もちょっと見てもろた書き掛けの小説みたいなもんの続きなんやけど、自分としてはまあまあ書けてると思うんやけどなあ・・・」

「おっ、あの主人公と好きな女の子が能勢の宗教キャンプに行ってどうたらこうたら言うてた小説ですかぁ~!? あの後2人がどうしたのか? ちょっと気になってたんですわぁ~。それにしても毎朝、よう精が出ますねえ・・・」

 半分呆れ、半分感心しながら、

「どれどれ・・・」

 気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、

「おっ、あのブログさんが好きやった女の子こと、北河内に帰って来てから再開したんですねえ~!? いよいよ恋も始まるわけやぁ~。なんや甘酸っぱいし、こそばいなあ。フフッ」

 どうやらますます実際通りと受け取られているようである。

《然もありなん。でも、ここも実際とは大分違うことを言っておかなければ・・・》

 慎二は慌てて否定に掛かる。

「違うってぇ~! これぇ、何回も言うてるように、あくまでも小説やってぇ~。全くの作り話やからぁ・・・」

 そう聴いてもメルカリさんはちょっと悪戯っぽい笑いを浮かべながら、

「フフフッ。本当かなあ? やっぱりこれも殆んど自分のことちゃいますのん!? ブログさん、若い頃は北河内に住んでた、と言うてましたやん!」

 なまじ当たっているだけに慎二としては事務を担当する若い依田絵美里の手前恥ずかしく、やはりここでは強く否定しておくことにした。依田絵美里は25歳とまだ若く、昭江のモデルとしている思い出の子ほどではないにしても、十分に可愛い。何でも学生時代はテニスをやっていたようで、負けないぐらいにスタイルが好かった。それに思い出には往々にして結晶作用が入っており、実際にはそんなに変わらないことも大いにあり得る。

「いや全然違う! 俺が大阪に帰って来て勉強や就活している時に、そんな子は絶対おらんかったぁ・・・」

 言い訳めいたことを言っては、慎二はちらっと絵美里の方を見る。

 絵美里はオヤジの与太話になにか興味はないと思わせる風に視線をさっと逸らすが、頬を紅潮させ、耳がひくひくさせていることでそれは完全に失敗していた。

 オヤッという顔をしながらも、メルカリさんはそれには触れず、

「ハハハ。でも、再就職してからか何処かでそんな素敵な子との出会いが絶対あったはずやぁ! そうでないと、こんなリアルに書けるはずないわぁ~!? ハハハハハ」

「違うってぇ・・・」

 それ以上否定するとかえって肯定しているように思われそうであるから、慎二はもう何も言わず、顔を真っ赤にして耳をひくひくさせていた。

 メルカリさんはこれ以上からかうのは酷かと思い、軽やかに立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。

 空かさず絵美里が慎二の机の上にお茶をそっと置いて行った。何も言わず、省吾の方を僅かにねめつけて・・・。

 もっともそれは慎二の胸に一物があるからこその勝手な印象で、実際のところは分からず、闇の中であった。

 

        与太話分かっていても揺れる胸

        戸惑いを観て我もまた揺れ