sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

トンネルを抜けて(8)・・・R2.8.16①

              第4章

 

              その1

 

 6月も中旬を過ぎたある日曜日、漸く結婚した後に住む為の家を決め、藤沢慎二と安永真衣子は仲介した不動産業者の事務所まで契約に出掛けた。

 色々と案内され、大分迷わされた末に、結局、真衣子が最初に新聞広告によって紹介した、斜面下にこれから新築される割安感のある家を買うことにした。

 4月に目星を付けて見に行ったものの、妹や弟、それに友達の手前、出来たらもう少し大きな家が欲しい、と言う真衣子の声に影響されて、その後、休みの日になれば不動産屋や住宅展示場に足を運び、その度に幾らか揉めながら、やっぱり自分たちの力で買える家にしよう、と慎二が何とか押し切ったのである。

 その家はまだ簡単な平面図によって基本的な間取りプランが示されているだけであるから、これからでも少しぐらいの変更は可能であるらしい。図面の上では、各部屋が小振りながらも5LDKになり、5ナンバー程度の車が1台置ける車庫が取れて、更に庭が少し取れるので、そのプラン通りでも、今まで賃貸住宅にしか住んだことがなかった慎二にとっては十分過ぎるほどであった。  

 しかし実家や妹、弟、それに友達の住んでいる家が、これから自分達が買おうとしているような中途半端な家ではなく、大手企業が開発した分譲地内の落ち着いた一戸建てである真衣子にしてみれば、かなり不満であった。

 ただ、これ以上選択に迷って揉めるよりも、取り敢えず決めておくことが慎二との結婚への早道かと思い、ひと先ずこれで置くことにしたのである。

 

「はい、確かに! それではこれが受け取りです」

 手付けの10万円を受け取った不動産業者は満面の笑みを浮かべながら小さな紙切れを慎二に渡した。

 ホッとした慎二の顔を確認した後、不動産業者は、

「それではこれから建て主さんの所に案内しますので、間取りや壁紙・外壁の色、その他、細かいことを相談して下さい。いやぁ~、零から家を作って行く(※1)のって、本当に楽しみですねえ!?」

 主に真衣子の方にお愛想を言いながら立ち上がり、2人を事務所の前に止めた黒塗りのシーマへと案内した。

 

 建て主は思ったより若く、おそらく慎二とそう変わらないぐらいであろう。この辺りの地主の息子らしい。軽く扱われないようにと思ってか? 建築現場で日に焼けて真っ黒な顔をやけにしかめ、わざとらしい渋面を作っていた。

 流石に場数を踏んでいるらしく、住宅機器、工法、塗装等、細かな知識は、素人で、一般的に凝り性が多い教師にしては珍しくその辺りに頓着しない慎二にはとても太刀打ち出来ないほど抱負に持っている。

 そこで打ち合わせは専ら真衣子に任せてしまって、慎二は、

《もっともらしいことを色々言うてる割には、この事務所は何だか安っぽい造りやし、色やなあ。もっとも、これは事務所やからで、商品である家の方はもうちょっとましに造ってくれるのかなあ?》

 とボンヤリ思いながら、彼方此方、忙しく目を動かしていた。

 

 打ち合わせの結果、予算的に追加工事費が4百万円ほど掛かり、もう少し細かなことを詰めて建て始めるのが7月半ば、住めるようになるのが11月半ばぐらいになるだろう、とのことであった。

 結婚式を11月の上旬にしようと大体決めているので、それには多少遅れそうであるが、まあそれぐらいはいいだろう、と言うことになった。

 直ぐにでも住める家を選ぶ手もなくはなかった。その方が結婚式との関係で気を揉むこともなかったであろう。

 しかし、我がままな暮らしに慣れて来た2人には、これからでも細かな変更が利くと言うことの魅力の方がずっと大きかったようである。

 真衣子の要望としてはシステムキッチン、タイル等の高級化、バリアフリー、2階の洋室の窓を出窓への変更等があり、慎二の要望としては、これまでに大量に買い溜めた本を納めるべく、作り付けの本棚、屋根裏の大容量物入れ等があった。

 色々詰め込んでいるうちに家本体の定価の2割にもなったのであるが、後から考えてみれば、最初に最低価格の物ばかり使う予定であることが示され、打ち合わせをすれば必ずと言っていいほど上がるような仕組み(※2)になっていたように思われる。お金に対する敷居さえ取り除いてやれば、好みの煩い現代人のこと、きっと上がると踏んだ、中々憎いやり方ではあるまいか!?

 

        我が儘な生活ずっと続けたら

        好み煩い人になるかも

 

※1 不動産業者の出す図面には大体の土地の形状、住宅の図面が載っており、これからそのような家が建つ、と言うことで売られる新築一戸建ても多い。その場合、建築確認だけが下りていて、中身は大分変えられるという話であったが、それで建築確認というのはどうなんだろう!? それに土地の形状も実はいい加減である場合もあり、広告だけで判断するのは甘いようである。弁護士に言わせると、一番慎重を期さなければならない、庶民の人生にとっての高い買い物、不動産ほどいい加減なのは憂慮すべきことであるそうな。

※2 たまたま縁のあったプロの設計家に言わせると、最初に言われた通りにしておき、後から直して行く方が結局は安く上がるらしい。打ち合わせ時に変更して行くと、壁紙、タイル、扉等、定価販売され、それが向こうの儲けになると言う。たとえば壁紙であれば、気に入らない場合、後から別の業者に剥がして張り替えて貰った方が安く付くという話であった。