sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

トンネルを抜けて(3)・・・R2.8.11①

              第2章

 

              その1

 

 4月も半ばを過ぎたある日曜日、藤沢慎二は安永真衣子を再び神戸に誘ってみることにした。

 真衣子との間は一時暗礁に乗り上げた形であったが、その原因のひとつであった赤坂響子改め本山響子が結婚してしまったので、慎二はもう一度本腰を入れて付き合ってみようと思っていた。

 しかし、自分がフラフラしている所為で停滞していた、もう一度付き合いに本腰を入れてみたい、いずれも慎二独りの勝手な思い込みであり、真衣子と話し合ってみてそう思ったわけではないから、真衣子が慎二のこの変化をどう捉えたかは分からない。また真衣子も自分の中では勝手な思い込みをしていたのかも知れない。

 まあ、そんなお互いの独り芝居による擦れ違いが恋愛初心者の面白さと言えるのであろうか?

 

《遅いなあ。もう20分以上待っているのに、未だ来ない。一体何時まで待たせる気ぃなんやぁ~!? あかん、あかん。あんまり悪く考えたらあかん・・・。もしかしたら俺に会う為に化粧や服のことで時間を掛けているのかも知れへんなあ!? そう思たら、むしろ喜ばなあかんなあ・・・》

 この日も慎二は、JR大阪駅中央コンコースの噴水前で気を揉みながら待っていた。

 

 それから5分ほどした時、漸く改札の向こうに真衣子の姿が見え、慎二は一瞬顔を輝かせた。

 しかし、それもほんの一瞬のことであった。

 改札から出て来た真衣子を見た時、その地味な様子に慎二は酷く興ざめするものを感じたのである。

《本当に自分に会うことが嬉しいのやろか、真衣子はぁ!? 何だか冴えない格好やなあ。それとも、もう年なのかなあ・・・》

 確か慎二より3つ下のはずだから、3月生まれの真衣子はまだ28歳になったばかりのはずである。生来の不精者故か? 既に体の彼方此方に弛みが出始めている自分のことはすっかり棚に上げ、慎二は好き勝手なことを思っていた。

 そんな複雑な思いを表情に漂わせた慎二の元に小走りで掛けて来た真衣子は、一体どんな思いであったのだろうか?

《独身で、少なくとも慎二より若い私が、これまであまり持てたことがない慎二に対してこんなにも気長に付き合ってやっているのに、どうしてそん風にな傲慢な表情をされなければならないのか!?》

 と内心腹立たしいものがあったのではないだろうか?

 慎二は何かと理由を付けては忙しがり、1箇月に1回誘いがあれば好い方だろう。

《それにこうして久し振りに会った時でも、このあまりにも打算的な結婚に向けてのただ事務的な打ち合わせに終始することが多く、私の主張など殆んど聞かず、自分の意見ばかり押し付けようとしている・・・》

 少なくとも真衣子にはそう思えるのだ。

 それに、たまに好い雰囲気の場所に来て、真衣子が、

《もうソロソロ抱きしめられるのかしら!? そして唇に・・・》

 と期待に胸を膨らませ、身体を緊張させて待っていても、慎二はあまり近寄ってくれず、むしろ真衣子と同じように体を硬くして、少し近付いたかと思えば、さっと離れて行ってしまうように見える。

 

 後から考えてみれば、真衣子の不満は、心の表面にはっきりとした形となっては現われていなかったとしても、ファッション、待ち合わせの時間に対するルーズさ、大したことのない事象に対する思い掛けない意見の対立等にしっかり現われていたような気がしてならない。

 

        擦れ違う二人の心言葉には

        出ていなくても分かるものかも

 

        言葉には出ていなくても擦れ違い

        顔やオーラに出ているのかも

 

              その2

 

 姫路行きの新快速には座れそうもなかったので、西明石行きの快速に乗った2人は、ゆったりと腰を下ろした後、早速この日の予定を確認し合う。藤沢慎二の提案に従って先ずは三宮駅から海の方に向かうことに決めた。

 そこは以前慎二が見合相手と来たことがあり、それなりに好印象を持っていたのである。

 

 予定通り三宮駅でJR線から降りた2人は、そのまま直ぐにポートライナーに乗り込み、ポートアイランドにやって来た。

「真衣子さん、どうですか、船にでも乗ってみませんか!? 中では喫茶や食事も出来るし、落ち着きますよ。それに海の上の風が気持ち好さそうだし・・・」

 慎二は自分なりに気分を入れ替えてこの日のデートを楽しもうとしていただけではなく、元々乗り物に乗るのが大好きなので、自然と言葉数が多くなってしまう。

「そうですね。では、そうしましょうか? ・・・」

 慎二に比べて、安永真衣子はそう乗り気でもなさそうである。口数少なく、昔風に3歩下がって従った。

 

 観光船ルミナスは日曜日にしてはちょうど好いぐらいの混み具合で、レストランでは上手く窓側の席を取ることが出来た。

 ウエイトレスにコーヒーとケーキを注文した後、慎二は何から話して好いものか少しの間迷う。

 その間、真衣子はジッと待っていた。今日の慎二は何時もと違うような気がしたのである。

「僕は子どもの頃から船に乗るのが好きなんですよ。よく見ればあまり綺麗でもない海ですけど、それでもこの視界が広がる感じ、好いとは思いませんか!?」

 考えた末、慎二はやっぱり無難なところから入ることにした。

 それから暫らく景色を楽しみ、無難な会話を交わしている間に、ルミナスは関西空港がはっきり見える辺りまで来ていた。

「ねえ、真衣子さん。暫らく中断していたけど、結婚式や、新婚旅行のこと、ソロソロ具体的に考えてみませんか? それに、新居の方も探しに行きたいですね!?」

 飛行機が頻繁に発着するのを身近に感じて、慎二は突然のように言い出す。

 真衣子は当たり障りのない話ばかり続いていたので、少し戸惑うものがなくはなかったが、この日の慎二は何か言い出しそうな感じがしてならなかったので、そう酷くは驚かない。

「ええ、そうですね。先生がそう言って下さるのは有り難いんですよ。でも、本当に私で好いのかしら!? 私、この頃そう思えてならないんです・・・」

 やっぱり、恋愛に対してのんびりしているようでも女性である。慎二の気持ちがフラフラして自分の方に向いていなかったことは十分に承知していたようである。

「・・・、ええ、勿論ですよ! でも、学校以外に忙しいこともありましてね、中々デートに誘えなくてごめんなさい・・・。それに、今日の様なたまのデートでも、事務的な打ち合わせのような感じで、ただお互いの主張をしていただけだから、少しも纏まりませんでしたね・・・。これからは2人とも少しずつ妥協しなければいけませんね!?」

「これから結婚するのに、もう妥協ですか・・・」

 慎二の言葉遣いに引っ掛かり、真衣子は鼻白んだ顔をしている。

 妥協と言うよりは、お互い相談の上、しっかり認め合い、納得し合った結果、とでも言って欲しかったのかも知れない。

《しかし慎二とすれば、結婚したければ多少の我慢をしなければ、妥協をしなければ、と言う強い思いがあるものだから、ごく自然にそんな味気ない表現が口をついて出て来てしまうのかも知れない》

 そんなことも鋭く感じ取ったのか? 真衣子は諦めたように続ける。

「そうですね・・・。お互い我慢するところは我慢しなければいけませんわね!? 幾ら大きな家が欲しくても私たちは庶民なんだから、6千万円、7千万円もするような大きめの家にはとても手が出ませんものね?」

 何時もであれば慎二の味気ない言葉にもう少し噛み付きたかったところであるが、この日真衣子は何とか短気を抑えて、慎二の言葉にもう暫らく付き合ってみることにしたようだ。

「それでね、一昨日の新聞にこんな広告が入っていたから持って来てみたんです。どうですか? 値段の割りに家が広くて、庭も少しはありそうだから、そう悪くないと思うんですけど・・・」

 真衣子が差し出した広告を手にとって見ると、どうやら生駒、奈良方面の住宅情報のようである。

 その中でも真衣子が指し示しているのは、4千万円弱で、110平方メートルほどの家と、私道込みで150平方メートルほどの土地が付いている。

《周りの住宅から考えたらちょっと安そうやなあ? 本当やろか、この値段!?》

 表情が明るくなったところから考えて、慎二は少し興味を持ったようである。

 一方真衣子は、慎二の妥協と言う言葉に引っ掛かりながらも、何とか自分が我慢出来そうな妥協案を出していることに内心忸怩たるものを感じていた。

 そんな自分を誤魔化すように真衣子は、広告の物件を検討することに熱中している慎二を放っておき、赤潮で斑(まだら)になった大阪湾の海面をボンヤリと眺めていた。

 

        赤潮に心の濁り感じつつ

        何とか我慢続けるのかも

 

        結婚に互いの妥協必要か

        前面に出し味気無いかも