sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

季節の終わり(4)・・・R2.7.10②

        第1勝 恋敗れて希望有り?

 

            その4

 

 藤沢慎二が訪問授業を担当している広瀬学の母親である朋美との話を終え、未だ胸を弾ませたまま一緒に病室を出ると、向こうの方に、やはり病室を出て来る学、松村美樹、そして2人にそっと付き添う美樹の訪問授業を担当している森田晶子が見えた。

 自分から意識が離れた慎二と朋美の話に付き合っているのが煩わしくなって来た学は、どうやら勝手に病室を出て、美樹のところに行っていたらしい。

 慎二、そして続いて出て来る朋美を見付けた晶子が優しい表情を浮かべながら黙礼する。

 それを見た朋美が、

「ほら、先生。チャンスよぉ! 今、行かなくっちゃ!?」

 肘で慎二の脇腹を突付きながら、耳打ちする。

 それでも動こうとしない慎二に業を煮やしたかのように朋美は、慎二の腕を取り、半ば無理矢理、晶子たちの方に引っ張って行く。

 

「こんにちはぁ! 何時も学がお世話になっていますぅ」

「いえ、私は美樹ちゃんの勉強を見に来ているだけですからぁ・・・」

「ええ、ええ、存じ上げておりますよ。森田晶子先生でしたねぇ? お噂はかねがね美樹ちゃんのお母さんからお聞きしています。それに学からも。私は学の母で、広瀬朋美と申します。学が何時も美樹ちゃんのところへ遊びに行って、勉強の邪魔をしていませんか? 美樹ちゃん、今度高校受験で、よく出来るんですってねぇ!?」

 それから美樹の方にも顔を向け、

「美樹ちゃん、何時も学がお邪魔して、ご免なさいねぇ」

 自分のことをそんな風に持ち上げられ、美樹はどんな顔をすれば好いのか、戸惑っている。

 そんな美樹に代わって、晶子が一生懸命答え始めた。

「別にそんなことは、ないですよ。学君がやって来て暫らく一緒に話をしていると、何だか気が晴れて来て、また勉強する意欲が湧いて来る、って美樹ちゃんも喜んでいますよ。それに、正直言って私も楽しくなって来ます。学君って、何だか癒し系ですねぇ」

 障害児と接したことがあまりないらしく、何と言えば好いのかよく分からないながら、何とか好いことを言わなければ、という思いをひしひしと感じさせる晶子の姿勢が慎二には痛いほど分かり、また強く惹かれてしまう。

 要するに、晶子の言動ならばどんなことでも惹かれてしまうのである。昔からよく言われているように、恋の結晶作用と言うやつであろう。

 そんな2人の様子が今はもう懐かしいものに思われるのだろうか? 朋美はちょっとくすぐったそうな表情をしながら、2人を交互に見て、

「森田先生は本当にお優しいんですねぇ!? 学のことそんな風に言って下さって、本当に有り難うございます。これからも、どうかよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 晶子は余計な謙遜などせず、それでいてどこまでも控え目である。

「それから、此方は学の担任の先生で、藤沢慎二先生、って仰います。ちょっと野暮ったくて、シャイだけど、真面目で、中々好い先生ですよぉ」

《野暮ったくてシャイは余計やなあ。そんなことを言われたら、普通に話せなくなってしまうやないかぁ・・・》

 と多少不満に思いながらも、晶子との仲を取り持とうとしてくれる朋美に感謝しつつ、ここで何か話せなければ、と勇気を振り絞った慎二は、ちょっと眩しそうな表情をしながら、

「初めまして。藤沢です・・・」

 必死の形相で晶子に向かい、それだけを言う。

「初めまして。森田です。美樹ちゃんと学君から、時々お噂はお聞きしていますわぁ」

「えっ、どんなことですかぁ~?」

 慎二は思わず顔を上げ、晶子の顔をまじまじと見てしまう。

 そんな慎二の圧力に押されながらも、晶子は微笑を浮かべたまま澄み切って大きな目を輝かせ、

「先日お母さんがいらっしゃらない時に、学君に誘われて病室に入ったんですけど、壁に飾ってある切り絵とか、折り紙とか、あれは先生が作られたそうですねぇ!? 素敵ですね。それに、学君の口からよく先生のお名前が出て来ますし、きっとお優しい方なんだろうなあ、と思っていましたぁ・・・」

 あんまり人からそんな風にストレートに褒められたことがないので、慎二はただ口をパクパクさせるだけで、何も言えなくなってしまう。

 それを見て朋美はもどかしくて仕方がない様子で、

「もぉ~っ、先生ったらぁ!? 折角褒めて下さっているんだから、ほら、美樹ちゃんの口からも先生のことよく聞きしていますよ、お歌が本当にお上手で、凄く綺麗な声をしていらっしゃるそうですねぇ!? もしよろしければ今度一緒に聴かせて頂けませんか? とか何とかぁ・・・」

 それを聞いて晶子は顔を赤くし、うつむきながら微笑んでいる。

 慎二は、その控えめがら、決して自信が無さそうにも見えないところに、更に惹かれるものを感じていた。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

 暫らく間が空いたので、気不味くなって来た慎二が、

「あの~っ、担当教科は何ですかぁ~?」

 と聞くと、晶子はさも可笑しそうに答える。

「音楽なんです」

「ああ、そうですかぁ~!? 道理でお歌がお上手なはずやなあ。ふぅ~ん」

 晶子は笑い出してしまい、何も答えない。

「もぉ~っ、藤沢先生ったらぁ~。そんな風に勝手に感心していたら、それだけで話が終わってしまうじゃないですかぁ~!? もっと他に森田先生に話し掛けなければいけないわぁ~。たとえば、先生はどんな歌がお好きなんですか? とか。それでは、病院で美樹ちゃんにどんなことを教えているんですか? とか・・・」

 朋美はもうじれったくて仕方がないらしい。

「うふふっ、広瀬さんって何だか藤沢先生のお姉さんみたい・・・。本当に仲が好いんですねぇ!? 羨ましいわぁ・・・」

 晶子は確りと朋美、そして慎二を見詰めて言う。

 

 その後、取り止めもない話をしたのであろうが、慎二は何も覚えていない。上擦ったまま、至福の時を過ごしたと言う記憶だけが確かに残っていた。 

 

        話しても内容までは残らずに

        ただ事実のみ記憶するかも

 

        言の葉を熱情のまま交し合い 

        至福の記憶残るのみかも