sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

トンネルを抜けて(17)・・・R2.8.27①

              第6章

 

              その3

 

 2日後に2学期の始業式を控えて、藤沢慎二は強い焦りと緊張を覚えながら近所の本屋を覘いていた。飛び切りの不精者にしては珍しく、何か直ぐに使えそうな教材はないか? と探しに来たのである。

 自分が小学校の低学年だった頃のことを何とか思い出そうとしても、今となっては遥か彼方のことで、どんな風に言葉や文字の読み書き、それに数字や計算の基礎力を獲得したのか? さっぱり思い出せない。

 仕方がないから公文、学研等が出している市販の教材プリントで間に合わそうと思ったのであるが、そんな積もりで探すとこれが中々しっくり来ないものである。レベルが高過ぎたり、低過ぎたり、多過ぎたり、少な過ぎたり、そのまま使う為には必要なものが必要なだけ入っている問題集が中々見付けられずに苛々してしまう。

 それはちょうど自分の感性にぴったり来る写真集やビデオテープ(※1)を探し求めている時の気持ちに似ているかも知れない。

 しかし、そんなに拘りが強いのならば、いっそのこと参考にして自分で問題を作ってみるか? せめて切り張りするかすれば好いのに、この慎二と言う奴は、そこまで努力しようと言う気は端から持っていない。そこも女性に対する付き合い方と似ているから面白いではないか!?

 

 結局、時間を掛けた割には気に入った問題集が見付けられず、仕方がないからパソコン雑誌のコーナーに行き、エッチCD-RやエッチDVDが付いて、表紙からはそうと察し難いものを選びに掛かる。

 先日、口約束にせよ婚約していた安永真衣子とあんなことになってから自棄になってしまい、と言うかお祝いに、難波に出来たビックカメラまで出掛け、コンボドライブ(※2)の付いたノートパソコンを衝動買いして来たので、

《写真集やビデオテープもええけど、ここでは買い難いし、よし、今夜はパソコンで遊ぶことにしょうかぁ~!?》

と思ったのである。

 此方は表紙や目次から考えるとニーズに合うようなものが見付けられたようで、唇や目の端に喜びを滲ませながら、出来る限り渋い表情を作ってレジに持って行く。

 すると、レジに入っていた女の子がニコッとして、

「こんにちは、先生っ!」

「えっ、ええ~っ!?」

 慎二はドキッとして、心臓が縮み上がるような心地がした。頭から背中に掛けて一気に、サァーッと冷たくなり、ブルブルと身震いしてから、誰なのかはっきりしないままに、漸く小さな声で、

「こ、こんにちは・・・」

「先生、私のこと覚えてませんか!? 小島です。小島靖子です」

《ああ、そうかぁ~!? 秋川高校で化学を教えた生徒で、紀子と同じ学年やったから、今年で22歳になるはずやなあ。確か現役で4年制の大学に入っと聞いたあるから、すんなり行っていれば今は4回生のはずやぁ~。ホンマ、綺麗になったなあ・・・》

 記憶がはっきりして来た慎二は、

「覚えてる、覚えてる。すっかり大人になったもんやから、直ぐには分からんかったんや。ごめん、ごめん」

「ウフッ、先生、もしかしたら未だ独身なんですかぁ~!?」

 靖子は目で雑誌を示しながら思わせ振りに言う。

「ハハハ、そうやぁ~。未だ薄~い恋人と付き合ってるわぁ~」

 慎二もやんちゃな子が多かった秋川高校の元生徒が相手ではそう恥ずかしくない。妙齢の見知らぬ女性とばかり思って気取っていたが、生徒相手には助平な自分を隠して来なかったので、今更隠しても仕方がない。

「もぉーっ、私相手やったら助平丸出しやねんから・・・。もうちょっと気取って下さいよぉ~。これでも年頃の女性なんですよ。ウフフッ」

 軽口を叩きながらも、手は休まずに動いている。

 確かに、紀子同様、卒業してから4年の間に大分大人の女性らしさを増している。

「ハハハ、ごめん、ごめん。そりゃ十分素敵やよ。そんなこと言われたら、意識してドキドキして来たわぁ~。はよ包んでえ・・・」

「はい、はい。どうぞ。どうも有り難うございました!」

 

 店を出て、もう声が届かないだろうと思われる辺りに来た時、慎二は、

「あ~あっ、吃驚したぁ~。まさかあいつがレジにおるとは思わんかったなあ。やっぱり近所でエッチなん買うのは気ぃ~付けやなあかん。これでも俺は教師やからなあ。あんまり格好悪いところばっかり見られるのもなあ。これからは夜中にしとこ・・・」

 そう独り言ちながら、雑誌を入れて貰った袋を胸に確り抱き締めていた。

 

 独りの部屋に帰って来ていそいそとパソコンのスイッチを入れた時、慎二は急に悟ったような顔になり、目はパソコンを通り抜けて、真理を見ているように光っていた。

「そうかぁ~。俺はやっぱり背伸びし過ぎてたんやぁ~!? あんなお嬢さん育ちの女性が俺に合うわけなかったわぁ~! 一緒にいても、屁もこかれへん(※3)。ちょっとしょうもないこと言うたら馬鹿にされたり、責められたりするから、気取ったことばかり言うてなあかん。そんなん、全然気が休まれへん。やっぱり俺にはここらの子がええわぁ~! もっと気楽に出来る子探さなあかんなあ。そやけど、止まってて近付いて来る子を待ってたって、自分に合う子が見付かるわけないわぁ~!? これからはもっと自分から動かなあかんなあ・・・」

 そう独り言ちた後、最早雑誌を相手に遊ぶのは馬鹿馬鹿しくなり、ワードを開いて日記を書くことにした。

 

        無理をして相手求めた阿保らしさ

        漸く気付き楽になるかも

 

        力んでも気は休まらず続かない

        それに気付いて力抜くかも

 

※1 この話の舞台になっているのが1990年代前半で、まだビデオテープとCDーR、DVDが混在している様子が伺える。画質、容量、スペース等の問題もあり、急速にDVDへと移行して行った。

※2 コトバンクによると、「2種類以上のメディアに対応した光学ドライブのこと。 主に、CD-R/RWメディアの読み込み/書き込みができ、DVDは再生できるが、記録はできない製品を指す」とある。上にも書いたように媒体が混在している時期の過渡期的な商品である。

※3 韓国のホームドラマによく出て来る表現である。日々喧々諤々大騒ぎし、お互いの格好悪い面も平気で出し合う中、それが家族と言う感じか!? 若い時は層ではなく、もっと自分を高めようとか、切っ掛けにして出世しようとか、欲を出しがちであるが、日常生活がそれでは面白くないし、疲れてしまう、というわけである。

 

              その4

 

8月30日

 

      あと二日いよいよ会える生徒らに

      思えるほどに熱くもなれず

 

 今年の夏休みは何と言う夏休みだったのだろうか!?

 生徒の悪戯から意外な体験をすることになり、迷惑と言うより、むしろ面白かった。

 しかし、それが引き金になって、とうとう真衣子との間が終わることになってしまった。

 まあ、ずっと前から分かっていたことのような気がするから、それはそれでよかったのだろう。少なくとも今はそう思っている。

 さて、これからはどうなるのか? 今はさっぱり分からない。

 でもこれからは、出来ればもう少し自分に正直な付き合いがしたいものだ、と思っている。

 なんて、暢気なことを言っている場合ではない。明後日からいよいよ2学期が始まるではないか!? 今度こそ頑張らなくっちゃ!

 なんて、熱くはなれないんだよなあ、俺って奴は。反省。

 

      余所行きは偶に着るから無理出来る

      毎日着れば肩が凝るもの

 

 やっぱり俺は無理していたんだろうなあ!? 真衣子は俺にとっては余所行きだったんだ。それを毎日着ようなんて、無理に決まっているじゃないか!

 考えてみれば、真衣子が俺に惹かれたのは、俺が格好を付けて書いたものを読んでいたからだし、学校での気取った俺を見ていたからだ。

 確かに、書く限りは丸っ切り心にもないことを書いているわけではない。

 それでも日々思っていたり行動したりすることではなく、そうありたい自分を書いているんだから、それを日々求められたらしんどいし、デートでは少しでもそう見せようとしたもんだから、しんどくて仕方がなかった。

 今、余所行きを脱ぎ、本来の自分に立ち返って、本当に清々している。出来れば、この気持ちのまま2学期に入って行ければなあ、と思っている。

 おっと、それこそまた、いい格好を書き過ぎか!?

 ギクシャクしても、ドギマギしても、それが俺なんだから、それで好いと思っている。と言うか、そうしか仕方がないであろう。

 

 藤沢慎二がこんな風に歌を添えた日記を付け始めたのは、どうやら父親の影響のようである。

 そこでは気取った自分を嫌がるかのようなことを書いてはいるが、気取った自分も実は慎二の重要な一面なのである。

 慎二の父親は大正生まれで、高等小学校しか出ておらず、紆余曲折の末、塗装職人として勤め上げた人で、一見教養とは無縁のように見える職場に長く過ごして来たにも拘らず、老いてからは俳句や短歌、それに油絵を趣味にし、中々粋な面を持っていた。

 慎二はそんな父親を、学歴の面では低く見つつも、どこか敬愛していたのである。

 ただ、そんな趣味人的な面は飽くまでも重要な一面でありながらも、主流となる一面ではないことに慎二は、これまでのような大きな失敗を重ねなければ中々気付けなかった、と言うわけである。

 

        日常の隙間を埋める趣味の面

        あくまで脇の世界なのかも

 

        日常のふとした隙間埋める趣味

        主役はやはり日々のことかも