sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

オネスト・ジョン(2)・・・R3.1.1②

             序章(その2)

 

 保護者懇談会が何とか終わったその日の放課後、2人切りになった教室で相担(同じクラスの担任)の若杉美也子が何やら怒っている。

 藤沢慎二は時間も経っていることだし、まさか自分に対してまだ怒っているとは夢にも思わなかった。

「若杉先生、どうかされたんですかぁ!? 今日は保護者懇談会もあったことだし、もしかしたらお疲れになったのかなあ?」

「・・・・・」

 美也子が黙って睨んでいるのを慎二が、

『普段は整ってはいても地味やけど、怒った美也子の顔は凛としてこんなに綺麗やったんやぁ・・・』

 と思いながらぼんやりと見惚れていると、

「先生、本当に鈍感やわぁ~! 呆れるわぁ~! 昼間のこと、本当に何も覚えていないんですかぁ~!?」

「えっ、昼間のこと?」

 慎二はどのことを指しているのか既に分からなくなっているらしい。道理で美也子が怒っていても分からなかったはずだ。

「一体何のことですかぁ~? もしかしたら牧園さんが先生に対して言っていたことですかぁ~? 俊ちゃんの生傷が絶えないからもっと確り看ていて欲しい、と仰っていたことかなあ?」

「違いますよ! あの時私が、そんなことお互い様ですし、俊君が素早いんだからとても無理です、なんて言い返したこと、あれは確かに言い過ぎやったかも知れませんし、先生にはあの場を助けて貰いましたけど・・・」

 

 ことはこうである。

 牧園俊太は自閉傾向が強く、ちょっとしたことでクラスメイトと諍いを起こし易い。その時に噛んだり、嚙まれたり、引っ搔いたり、引っ掻かれたり、確かにお互い様の部分が無くはない。

 これが健常児なら、本人が家に帰って直接保護者に説明すればそれで済むことも多いだろう。

 しかし、言葉の得意でない障がい児の場合、そう簡単には行かない。はっきりとは分からない分、保護者として余計に心配が募るのである。

 その心配から自分の子に対する要求をより強くしても、ある程度仕方の無いところであるが、担任も人間であり、生徒に対して保護者ほどの思い入れが無い分、あまり強く出られると、あんたの子もしているんだからお互い様でしょ!? あんたの子ばかり見ていられないわよ! とでも言いたくなる。

 しかし、言いたくなったとしても、そこでぐっと堪えなければならない。言ったら話が更に長くなってしまう。

 その日の美也子は気の強さ、いや短さが出て、そこをついつい言い返してしまったのである。

 当然、牧園俊太の保護者、牧園浅香が激高し出したので、慎二が何とか彼とか宥めることになった。

 慎二は自分に関係のない揉め事の場合、割と上手く収めることが出来るのだから可笑しい。

 

「あの件はあれで収まったんやから、もういいんです・・・」

 それ以上は触れられたくないらしい。美也子も自分のことになると甘くなるのであるから、何方も何方である。

 

 美也子は少し間をおいて、気を取り直したように、

「私のことやなくて、いけないのは先生が最後の方に言ったことですよ! 本当に覚えていないんですかぁ~!?」

「う~ん、もしかしたら僕が何でこの学校に来たのか聞かれて、第3志望でうちに来た、って言ったことかなあ?」

「それですよ! 当たり前でしょ!? ほんまに鈍感やわあ・・・」

 美也子はまた目を怒らせ始めた。そんな美也子の大きく見開かれてよく光る目を慎二はまた、本当に綺麗だと思っていた。

「も~っ、先生ったら、またぼぉーっとした顔をしてぇ~! ほんまに反省しているんですかぁ~!?」

 慎二にすればそれがそんなに大層に言うほどのことなのか? 本当によく分からないので、正直に、

「ただ事実を言っただけやのに・・・。それに、第3希望にしても、希望したことには変わらないんやから、別に好いんやないかなあ?」

 と首を捻るように言うと、空かさず美也子は、

「あきませんよ、そんなこと! 何を言うてるんですかぁ~! 第3希望なんて言うたら、嫌々、仕方が無いから選んだと思われるでしょ!?」

「違いますよぉ~! 8個もある内の3番目ですよぉ~。まあまあ上の方ですやん!」

 変なところに真面目な慎二は、そこははっきりさせておきたかった。

「も~っ、先生ったら、ほんまに呑気やわぁ~!? そんなんここの保護者にしたら選んでないのと同じです! どうせ言うんやったら、1番目か精々2番目ぐらいに言うとかへんと、言う意味ないわぁ~! その2番目にしても、言うんやったら気を遣いながらもっと上手いこと言わなあかんかったのに・・・」

「えっ!? ??? 一体どんな風に?」

 余計なことには好奇心の旺盛な慎二である。

 美也子は呆れた顔をしながらも、

「たとえば先生やったら専門が基礎科学で、持ってはる教員免許が高校理科だけやねんから、どうしても其方に強く惹かれるものが残っていて、今、本当は1番惹かれている養護学校の方と最後まで迷っていたけど、迷った末、やっぱり専門重視と言うことで取り敢えず高校の方を1番にしておいた、ぐらいに言わないといけませんわぁ~!」

「ふぅ~ん、先生、中々上手いこと言いますねえ!?」

 慎二は本当に感心したような顔をしている。

 そんな慎二の素直な顔に妙に惹かれるものを感じるから、美也子は余計に腹立たしい。

「も~っ先生ったら・・・。そやけど、先生にはそんなこと関係ないでしょ!? 要するに先生の場合は、3番目なんて言うたらあかん、と言うことです!」

 それからも1時間ぐらい、今までのことも含めて繰り返し繰り返し美也子に責め立てられて、慎二は目をウルウルさせながら、ただ黙っているしかなかったのである。

 好い年をして人前で涙だけは零したくなかった。

 これまでも人前で、他に一杯恰好悪い面を見せているのであるから、冷静に考えれば今更どうでも好い拘りである。

 しかし慎二にすれば、それが最後の砦のように思えていた。

 

        郷に入り郷に従う方法を

        伝授されつつ辛くなるかも

 

        其々に拘るところ違うから

        遣り取りしつつ慣れて行くかも