sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

トンネルを抜けて(9)・・・R2.8.17①

              第4章

 

              その2

 

 結婚式、披露宴の打ち合わせと言うのも、藤沢慎二のような不粋でおまけに不器用な男にとっては中々大変なものである(※1)。

 先ず親族、友だち、同僚、上司等、誰を何人ずつ呼ぶか? これを決めるだけでもすんなりとは行かない。そんなものは本人同士がよければどうでもよさそうなものであるが、そう考えるだけでもう不粋なのであろう。それに何とか選定までは出来ても、それをどのように依頼し、どのように席を配置するのか? そんなことを決めて行くだけでも結構大変である。今の時代、個性に任せればよいと言っても、結局は周りとの穏便な付き合いの方を大切にする日本人にとり、見た目の平衡と言うものは殊の外大切なものであるらしい。

 次に料理や引き出物、司会者、誰に挨拶、乾杯の音頭、メッセージ等を頼むか? それに衣装の問題もある。これ等に付いても精一杯自分たちの平衡感覚を擦り合わせながら一つずつ決めて行かなければならない。

 元々そんなものは全て省き、一緒に住めさえすればそれでいいと思っていた慎二にとり、幾ら安永真衣子が各業者と真剣そうに打ち合わせていても、面倒なだけで、ただただ早く過ぎてくれることを祈るばかりであった。従がって慎二は、ほんの形だけ打ち合わせ、家本体を買う決断以外、実質は殆んど真衣子の言いなりになっていた。

《何で貸衣装に何十万も払わなあかんのや!? そんなお金があったらええステレオかパソコンが買えるのに・・・。でもまあ、結婚するにはこれぐらいの我慢はせなあかん、と言うことか。今までに結婚している人はみんなそうして来てるねんもんなあ。そやけど、これに未だ新婚旅行のお金もいるわけやろぉ~!? 嗚呼、ほんまに堪らんなあ。でもまあ、文句言うたら煩いから、ここは真衣子に任せとくかぁ~。する言うた以上、しゃあないなあ。あ~あっ》

 その不精加減がいけなかったようである。

 2人でわざわざ貴重な時間とお金を掛けてする以上、慎二の方にも不満があるのならば、もっと真剣に打ち合わせをし、通すべきところは通すべきであった。

 それをそれなりに納得するまでせずに、心の中でただ不満を吐き出すだけであったから、負のエネルギーは何処にも行かず、澱んで来るばかりであった。

 

「それで、結婚式はイタリアがいいと思うんですけど、それでいいですか!?」

 不動産屋からの帰りに寄った喫茶店で真衣子が聞く。

「ええ、それでいいですよ。僕は海外なんか一度も行ったことがないから、まあ何処でも・・・」

 何処でもいい、と言い掛け、一息吐いた後、慎二は、

「何処に行っても初めてなので、嬉しいですよ。楽しめると思います。でも、マゴマゴすると思うので、手続きとか細かい点は教えて下さい」

「ええ、私に出来ることでしたら。それでは、私が何時も利用している旅行業者でいいですよね!? 手頃で適当なプランを示してくれると思いますので・・・」

《海外旅行の好きな真衣子にとっては得意分野であり、自分の希望通りにことが運んで行くので、やけに溌剌としているなあ》

 少なくとも、正直に言えば自分がそんなに嬉しくはないことを不満に思っている慎二にはそう思え、少し妬ましかった。

 ただ見る人が見れば、真衣子には結婚を前にした女性の微妙な翳りも十分に感じ取れたはずである。そこのところが、他人のことには極めて鈍感な慎二には殆んど分からなかった。

 真衣子には、慎二の実際はあまり嬉しくなさそうなところが何となく感じられ、

《本当にこのまま結婚を決めてしまっていいのかしら? この頃、藤沢さんが反省したとか言うことで何となく会う回数が多くなって来て、具体的にどんどん決まって行くけど、前みたいにぶつかったり、迷ったりしているままの方がよかったんじゃないかしら? そうしたら本当にやって行けるのかどうか? もっと確り見極められるような気がして来たわ・・・。この人の何だか嬉しくなさそうな顔、もし本当に嬉しくないのならどうしよう!? いや、この人も言っているように、単に苦手だから疲れた顔をしているだけかしら・・・。きっとそうだわ! もう暫らくの辛抱よ。でも、この人、家以外のことは私や業者の言いなりで、楽でいいけど、これからの結婚生活で色々問題が起きた時に頼りなくはないかしら!? 海外旅行の件でも私に頼り切りのような気がして来たわ。本当にこの人と結婚して大丈夫かしら・・・》

 そんな風に真衣子の心は千々に乱れていたのである。

 

        其々が自分大事と動いたら

        擦れ違うのが当たり前かも

 

        其々が自分を抑え先ず相手

        思い遣るなら上手く行くかも(※2)

 

※1 高度経済成長期、そしてバブルが弾けるまでの我が国においては冠婚葬祭に掛ける手間暇、したがって費用はどんどん膨れ上がっていたようである。たとえば親戚の葬式を見て小心者の知り合いは自分がそんなことを恥ずかしくないように出来るのか? 本気で心配していた。ネットなんかを見ていると、今は如何に安く上がるか? を売りにしている広告も増えているように思われる。平成不況と言う外圧からではあるが、不粋で不精者の私からすれば、漸く選択肢が増えて来たようで、この面に関してはホッとしている。 

※2 人間は頭でっかちで、元々勝手なものであるから、自分が、自分が、と思いがちである。自分を抑えて先ず相手、と思うぐらいでちょうど好いのかも知れない。ネットでも、思い遣り、謙虚なんてことを他人に求めるコメントが散見されるが、そこからも分かる。