sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

トンネルを抜けて(13)・・・R2.8.20①

               第5章

 

              その5

 

 次の日の朝、広瀬学の母親である朋美はJR大阪駅中央コンコースの噴水前で藤沢慎二を待っていた。

 

 昨夜、武生駅より電話を貰ってから連絡網のプリントを取り出し、先ず担任の1人、もし一緒に行くことになったら一番抵抗がなさそうなベテランの道畑洋三に連絡してみたところ、留守番電話になっていて、どうやら海外旅行に出掛けているらしい。

 仕方が無いから、次に少し迷ったが、独身の慎二よりは女同士の方が好いかと思って本山響子に連絡してみたところ、

「すみません。申し訳ありませんが、仲間とオペラの舞台をやることになっていて駄目なんです」

 と、えらく気楽なことを言う。

《人の子がいなくなったと言うのにどう言う気なんやろう!? これやったら、同性だからって頼れないわぁ~》

 仕方なく、最後は慎二に連絡を取ってみたところ、話が進み、連絡が取れた教頭とも相談して、昼間なら2人だけで行っても構わないだろう、と言うことになったようだ。

 企業戦士である夫の貢もあっさりと教頭の言葉に同調してしまったのを淋しく感じながらも、朋美は改めて自分たち夫婦の現状を知らされたようで、それ以上逆らう気が起こらなかった。

 

 約束の5分ほど前に改札の中に慎二の姿が見えた。

《時間に関してはきっちりしているのね。でも、何だか嬉しそうだわぁ~。別に遊びに行くわけではないのに・・・》

 

 朋美は色々苦労を重ね、33歳になる自分が、どれぐらい好い顔に出来上がり、それが独身男性である慎二にどれぐらい魅力的であるか分かっていなかった。

 それに、子どもを産んで多少筋肉の締りが緩み、中肉中背の適度に油の乗った情勢らしい身体は、そばに寄る好き者に堪らない魅力を感じさせてしまうことも、全く意識していなかった。

 それもこれも、夫である貢が仕事にかまけて、朋美の魅力に気付こうともしなかった所為であるが、それはまた別の話(※)。機会があれば触れることにしよう。

 

「すみません。大分待たれましたかぁ~?」

「いえ、ほんの少しですわぁ~。そしたら行きましょうか!?」

「はい。ところで、切符は?」

「もう買っておきました。先生の分も・・・」

「えっ、それじゃあ後で払います!」

「いえ、結構ですよ。今日はわざわざ付き合って頂くんですから、私どもの方で出させて貰います」

「えっ、そんなこと・・・」

「結構ですよ。気になさらないで下さい」

「悪いなあ。そうですかぁ~」

 酷く恐縮しているような表情をしながら、その実、慎二はそんなに恐縮していない。心の中で、

《しめしめ、これで旅費が儲かるなあ!? 立て替えとくように言われたから、何とか家中のお金を掻き集めて行きのお金だけ持って来たけど、出して貰えたらそれも使わんで済むわぁ~。帰ってから事務に往復の旅費を出して貰ったら、またビックカメラでコンパクトスピーカーか何か買えるなあ。フフフッ》

 勝手な算盤を弾いていた。

 

 元々慎二も電車に乗るのが大好きで、おまけにその日は、隣の席に人妻とは言え、妙齢の素敵な女性が座っている。胸がワクワクしないわけがなかった。席に着いたら早速キョロキョロし、酷く落ち着かない。

 それを見ていると、まるで学を見ているようで、朋美は何だか憎めない気がして来た。

《何だか可愛い人やわぁ~!? それに優しそうやし、この人もやっぱり養護学校の先生なんやぁ~。考えてみたら、主人にはこんなところ、あったかしら? 若い頃にもなかったような気がするわぁ~。エリートを気取ってて、それを私も若かったもんやから、ついつい格好いいと思ってしまっていた・・・》

 慎二を見る朋美の横顔は、慈愛に満ちた聖母のように透き通っていた。

 その時、車内販売のワゴンが通り掛り、慎二は逃がすものかと、窓側の席から乗り出すように、

「あっ、お姉さん。ちょっと待って!」

 叫んでから、朋美に触れんばかりになっていることに気付き、慌てて身を引きながら、

「広瀬さん、僕、アイスクリーム買いますけど、何か要りますかぁ~?」

 それを見て、朋美は笑いながら、

「ホホホ、気が付かなくてすみません。私が出しますわぁ~」

「そんなん、そんなことまでして貰たら・・・」

「いえ、大丈夫ですよ。帰るまでのことは私に任せて下さい」

「お姉さん、アイスクリーム1つとホットコーヒー1つ下さい」

「先生、他にも何か要りますかぁ~?」

「いえ、そこまでは・・・」

 と言いながら慎二は、有り難くアイスクリームを受け取る。

 

「ところで、今日は本当にすみません。先生、忙しくなかったんですかぁ~!?」

 食べ終わった頃を見計らって朋美が聞く。

「僕ですかぁ~? 僕は他の先生と違って何時でも暇ですよ」

「嘘ぉ~!? ウフッ。だって先生は独身なんだから、こんな休みの時にこそデートしなくっちゃ駄目じゃないですかぁ~」

 飲食を共にすることでグッと打ち解けた感じがし、慎二は少し眩しげに見ながら、

「デート、ですかぁ~。う~ん・・・」

「あれぇ~、何か変ですねぇ!? もしかしたら何かあったのかな?」

 慎二は新居のことが決まり、結婚式、披露宴、新婚旅行と次々に日程だけは決まって行くものの、本当にこれで良かったのか、疑問に感じて仕方がなかった。偶然とは言え、朋美の横に座り、今感じているような胸の高揚感が、婚約した安永真衣子と一緒の時には最早感じられないのである。

 それに豊満と言えなくもない朋美に比べれば真衣子は痩せっぽっちで、まるで少女のように見えてしまう。

「いえ、あったと言うかぁ~、広瀬さんにこんなことを言うのも何ですけど、僕には婚約者に当たる人がいてるんです」

「やっぱり・・・。それは本当におめでとうございます。それやったら好いことじゃないですかぁ~!? 今日は私と付き合ったりして、本当に良かったんですかぁ~?」

 キラキラした大きな瞳で慎二の目を心配そうに覗き込む。

 受け止め切れず、思わず視線を落とした慎二は、朋美のサーモンピンクに濡れ濡れと光る、ボリューム感のある唇、そしてふくよかな胸に視線が吸い付いてしまい、慌ててもっと視線を落とすと、今度は少し開き加減の艶やかな膝が目に飛び込んで来た。

《わっ、どうしたらいいんやぁ~!? こんなん、見るとこあらへんがなぁ~》

 股間に蠢くオネスト・ジョンの存在を感じ取られないため、慎二は膝を固く閉じて座り直し、窓の外に目をやるしかなかった。

 

        妙齢の女性を横に恥ずかしく

        視線を窓の外に遣るかも

 

※ 我が国の場合、狭い国土に大勢が肩を寄せ合って暮らしている所為か? それとも気候風土、淡白な食べ物の所為か? 男性の発する精子の極端な少なさの所為か? 全てが絡まり合った所為か? ともかく結婚して暫らくしたら家族になってしまうことが多い!? 寝室を別にして、家族とそんなことをするなんて、と口に出す人もいる。単身赴任が普通に行われるのもそんなところが関係しているのかも知れない。私なども韓国ドラマを視ていると、カップルの交し合う愛の熱烈さが恥ずかしく、そしてこそばくなって来る。