sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

そして季節の始まり(2)・・・R2.7.26①

          第1章  再生

 

            その1

 

野沢温泉村まで来るのは何や彼やあって2年振りになるのかぁ~!? 前回に来た時は安永麻衣子と付き合い出す前で、秋川高校の教員有志によるツアーやったなあ。ひょんなことからお互いに意識し合うようになり、一緒に参加しようと約束し合って参加したはずなのに、ツアー中には一回も言葉を交わさなかった・・・。今から考えてみればお互いに妙に行儀が良過ぎたなあ。それがお互いを大事にしているように誤解して、その後暫らくしてから付き合い出したけど、直ぐに合わないことが分かって来た。そやのに何方からも中々別れを切り出そうとしなかったのは、結局、お互いが自分自身を傷付けたくなかったから、他の人の目を怖れていただけやったんやろう・・・。きっとそうやったんやわぁ~!?》

 スキー場から早目に降りて来て、川田博美を宿に残し、藤沢慎二は独りで野沢温泉村の繁華なところを歩きながら、これまでのことをしんみりと振り返っていた。

 少なくとも慎二が本気で付き合うことを望んでいる森田晶子とのこれからのことを思う前に、気持ちの整理をしておきたかったのである。

 そしてそれは、上手く行かなかった今までを十分再確認することにより、これからの喜びをより実感したかったからでもある。

 

 今回は川田と2人だけで組んだスキー旅行であり、これまでのツアーに比べて高く付いた分だけ自由な時間も多く、慎二は、

《スキー以外の時間は、川田とはなるべく別々に行動しよう》

 と割と強く思っていた。

 それはお互いに極めて自己中の為、その方が都合良いように思われたのである。

 

 信じは4年前にツアーで来た時に地元の人に教えて貰い、野沢温泉村の繁華な部分を実際にかなり歩き回って大体分かっていたが、観光客目当てのような店が多く、ごく普通の本屋らしきものは見当たらなかった。大きな土産物屋の片隅に、僅かばかりの本を置いたコーナーがあるだけであった。

《あれから4年も経っているから、少しは変わっているかも知れないなあ・・・》

 と期待して、慎二はこの日も大分村内の中心街を歩き回ってみたが、やはり事情はそんなに変わらなかった。

 仕方なく慎二は、前にも覘いたことがある土産物屋に行き、地元の郷土出版社(※)が出している「信州の笑い話」、「信州の怖い話」と言う、如何にも土産物用に見える本を買った。

 

※ちょっと調べてみると1975年7月~2016年2月となっていて、寂しいことに既に廃業していた。長野県文学全集(全37巻)のような本格的な書籍も出していた。

 

 こんな本は決まって、持って帰って改めて手に取れば、わざとらしく、安っぽくて、そんなには読まないものである。しかし、旅行中にはそれがかえって旅情を誘うから面白い。

 同じ土産物屋で慎二は、晶子への土産も探してみることにした。

 色々手に取ってみても、どうもしっくりする物が見付からない。

 それから並びの何軒かを覘いてみたが、矢張り見付からない。

 諦めた慎二は何気なく、お爺さんとお婆さんだけで細々と営んでいる地味な民芸品店を覘いてみたところ、手頃な値段でまあまあ雰囲気のあるアケビ細工が並んでおり、その中に名産品である鳩車も見付かったので、それを買い求めることにした。

 これまでなら大して興味を引かなかったはずの昔ながらの地味な民芸品が、晶子を知り、強く惹かれ出した今、今風の、見場だけ派手で中身の薄い物よりもかえって土産に相応しい物のように思えて来たのである。

 それぐらい強く、慎二は今、時間、永遠と言ったものに惹かれていた。

 

        本当に惹かれる人と出会えたら

        時間永遠大事なのかも

 

            その2

 

 スキー客を迎える旅館は目一杯客を入れて一斉に食事を出す為、玄関ホールのような場所にまで簡易テーブルとパイプ椅子をぎっしり並べ、臨時の食堂にしていた。

 見知らぬ人とも向かい合い、肩を並べ、肘を触れ合いながら食べるので、勿論、ゆったりと食事を楽しむと言うわけには行かないし、料亭が出すような高級料理に舌鼓と言うわけにも行かない。

 ただ、激しい運動をしてもお腹が持ち応えるだけの量は確保されていたので、朝夕2食付いて1万円以内と言う普段でもそんなには高くない宿泊費、スーキーシーズン中であること等を考慮すると、文句は言えなかった。

 その日の夜のこと、栄養補給的な意味合いが強い早目の夕食を腹に収めた後、慎二は川田と一緒に外湯に行くことにした。

 野沢温泉村には何箇所か、無料で入ることが出来る温泉場があった。元々村民の為の施設であるが、村にとっての大きな資金源である観光客、スキー客にも解放されていた。

 ただ、近頃は限度を弁えない若者が増えたようで、前回ツアーで来た時には夜中まで開放されていた温泉場が、今回は、深夜になると入り口に鍵がかけられるようになったとのことである。淋しい話ではないか!?

  それはまあともかく、宿から程近い温泉場に入った慎二と川田は、浴室との仕切りがない為、湯気が籠もる脱衣コーナーの籠に脱いだ衣服と着替えを無造作に放り込み、冷えた身体を湯船の中にゆったりと沈めた。

 硫黄の臭いが鼻にツンと来る、誠に温泉らしい好い湯で、湯船の縁を超えて勿体無いほど豊富に溢れ出している。

 2人並んで一言も交わさず、一日中のスキーですっかり疲れ切った身体を解すように温泉に浸かっていると、やがて湯気の所為ばかりではなく慎二の視界はぼんやりと曇って来て、意識が遠くを彷徨い始めていた。

 《麻衣子はなんであんなに変わってしまったんやろう!? 初めはえらくしとやかで、優しく微笑みながら、何でもあなたの言うことに従い、付いて行きます何処までも、なんて演歌によく出て来る如何にも昔の日本女性と言う感じやったのに、結婚すると言う話になってからコロッと変わり、何でも一言文句を付けるようになってしもた。何がそんなに気に入らんかったんか、不思議でしゃあないわぁ~。まるで俺が色んなことを決めると言うこと自体が気に入らんかったみたいやなあ。ほんまあれは、詐欺みたいなもんやったなあ・・・。自分で、そりゃそうよ、女なら誰でも結婚を決めるまではぶりっ子するもんよ、それぐらい朝飯前やわ、うふっ、だから女は怖いのよ、覚えておきなさい、はないもんや! あれは完全に俺のことを舐めてたなあ・・・。いや、そうやなくて、これも麻衣子が言うていたように、本当は俺に甘えてたんかなあ? あっ、あかん、あかん。この俺の甘さが今まで長引かせてしもたんやぁ~。あなたが何でも言うことを聞いてくれると思い、その掌の上で遊んでいたかったのよ、なんて言うてたけど、俺は釈迦やないでぇ~。みんなが麻衣子のことを我がままや、我がままや、言うてたけど、ほんまにそうやったなあ・・・》

 今更ながらに慎二は、既に綺麗に別れたはずの麻衣子への腹立ちがふつふつと湧いて来るのであった。

「・・・・・」

「おいおい、藤ピー(※)、どうしたんや。何を独りでブツブツ言うてんねん!? 何や怒ってんなあ・・・」

 川田がちょっと心配そうに慎二の顔を覗き込む。

 

※少し前まで秋川高校では、酒井法子、すなわち「のりピー」の影響で、生徒が教師の名前の最後にピーを付けて愛称のように呼ぶのが流行っていたのである。恥ずかしがり屋の慎二は間違ってもそんな真似をしたことが一度もなかったが、川田は何事にもそこまで気持ちを入れ込まない分、若者文化に平気で乗って行けた。

 

「いや、何もない。風呂に入ってぼんやりしてたら、今までの嫌なことが浮かんで来ただけのことやぁ~。独り言は俺の癖やから、そんなに心配せんと、暫らくは放っておいて。でも、有り難う・・・」

「そうかぁ~。まあ、それやったらええねんけどな。そう言うたら、藤ピー、この1年間、ほんまに色んなことがあったもんなあ・・・」

 そう言うと、川田はそれ以上構わずに洗い場に向かった。

 川田のそんな面が慎二は嬉しくもあり、時には淋しくもあったが、この時ばかりは、嬉しいゴールがほぼ見えているところに向かいながら、これまでの嫌なことを思う存分吐き出し、独りで整理したかったのであるから、正直言って非常に有り難かった。

 

        湯に浸かり嫌な思い出走馬灯

        綺麗さっぱり洗い出すかも