第3章
その5
「ただ今より学年会(※1)を行ないます。先ずは学級報告から行きましょうか!? それから参観の方で何かありましたら、それもお願いします。それでは1組からお願いします」
学年主任の秋山本純が口火を切った。
1、2組の報告が簡単に終わり、次は藤沢慎二、赤坂響子改め本山響子、それに学年全体に目を配っているベテラン(※2)の道畑洋三が担任を勤める3組の番である。
こんな時、クラスを代表して報告するのは決まって道畑であり、この時も道畑が深呼吸した後、おもむろに話し始める。
「クラスの生徒はみんな元気そうでした。特に問題はないように思います。参観授業の数学では特に何もありませんでしたが、その後の家庭科の授業を見られた広瀬さん、上条さん、木島さんの方から相談がありまして、それについて皆さんで相談して貰いたいと思います。どんなことかと言いますと、先ず、待ち時間に木島達也君が机と一体型の椅子に座らされていたことについて、前に止めて欲しいと言ったのに、どうしてなのか? 是非止めて欲しい! という要望がありました。それに、待ち時間が長過ぎるし、基本的に問題は配当教員が少ないことにあるんだから、配当教員を増やすように検討して欲しい、ということも確認し合いました。ですから、家庭科の基礎グループの授業で問題の椅子を使わないこと、担当教員を増やすこと、以上の2点についての検討をお願いしたいと思っています」
「はい、お話は分かりました。この件については時間がかかりそうですから、後で十分に時間を取って話し合うことにしましょう。それでよろしいですね!?」
担当教員を増やすことに付いては以前から他の授業でも問題になり始めているので、何人かの教師が声を揃えて言う。
「異議なし!」
「はい、ご協力有り難うございます。それでは4組の報告をお願いします」
「特にありません」
続いて5組、6組と報告があり、何れも特に問題がなかった。
その後、幾つかの案件に付いての審議が終わり、秋山が再び、
「以上で予め出されていた案件の審議は終わったようですから、ここで先ほどの件に戻りたいと思います。それで、どうでしょう!? 一体型の椅子を使わないことについては、保護者の方で何度も問題にされている限り受け入れるしかないと思いますので、次は担当教員を増やせるかどうか、ということですが、これについて何かご意見はございますか?」
と、みんなに意見を求める。
暫らくの沈黙の後、熱血漢の中原浩次が大きな目を爛々と輝かせ、
「そりゃあ、何とかして増やさなしゃあないんと違いますかぁ~!? 今のままの授業で生徒の安全性を考えたら、あと1人は絶対にいるでしょう。それに待ち時間を減らそうと思えば、更にもう1人いるかも知れない・・・。もし増やさなければ、安全性のためには授業をやっているうちからもう1人、待ち時間の生徒指導に回らなあかんから、更に待ち時間が長くなってしまう。それは絶対に許されへんでしょう!?」
中原は多血質で、女性への希求が強いだけ結構な遊び人であるだけはなく、生徒への愛情も人一倍であった。
「確かにそうですねえ!? 最低あと1人は欲しいですねえ! 他にご意見は如何ですか?」
秋山は中原と同意見であることをはっきりさせて、更に意見を求める。
秋山も多血質であり、加えて坊ちゃん育ちの生一本なところがあった。
流れが決まったような感じの中、田尻守が遠慮がちに手を挙げ、
「ちょっといいですかぁ~!?」
「はいどうぞ!」
秋山に促され、田尻は深呼吸してから、
「エヘン! あのですねえ。確かにあと1人いれば助かりますが、それは他の授業も同じだと思うんです。そうすると皆の持ち時間が増えて大変になるんじゃないかなあ? と思いまして。無理をするとかえって危なくなると思いますから、今のままで出来ることをすればいいのではないですかぁ~!?」
定年まであと数年を残すだけとなった田尻は、しんどことは出来る限り避けて、何とか無難にやり過ごすことを考えがちになっていた。
「それももっともですねえ。確かに家庭科を増やせば、他の授業も見直すと共に、それぞれの持ち時間についても考えて行かなければなりませんからねえ。問題が広がり過ぎる、と言うわけですね!? 分かりました。他のご意見はどうですかぁ~?」
待っていたように丸井寿子が手を挙げ、
「私も田尻先生とほぼ同じ意見で、やっぱりここで教員の持ち時間を増やすのは拙いと思いますわぁ~! 我々教員が忙しくなって苛々して来たら何もなりませんもの。あの椅子が駄目と言われるのならば、生徒の待ち時間が多少増えても仕方ないんじゃないですかぁ~!? こっちが無理して何でも言うことを聞くことはないと思いますよ」
今年45歳になり、身体があまり言うことを聞かなくなって来たのと反対に、公私共に忙しくなって来た寿子は持ち時間を増やすということにかなり引っ掛かったようである。
「はい。どれでは他にどうですかぁ~?」
そこで、自分のクラスのことなので暫らくは意見を控えていた道畑が手を挙げ、
「確かに空き時間(※3)は貴重ですが、この場合、生徒のことを考えれば、それぞれ1時間ずつ削るぐらいは仕方がないと思うんです。前に音楽や美術でも担当教員を増やして欲しいという意見がありましたし、取り敢えず各教員の持ち時間を1時間ずつ増やすことにして、それで必要最低線を満たせるかどうか考えるということでどうでしょう!?」
「そうですねえ。私もそう思いますが、皆さんどうでしょう。持ち時間を先ず1時間ずつ増やすとしてみようという道畑先生のご意見、検討してみるに値しませんか!?」
秋山はそろそろ反対意見を抑え、まとめに掛かろうとする。
田尻、丸井等、基本的に反対意見である教師も、全体の流れを考えると、これ以上何を言っても無駄だし、後からやり難くなりそうなので、黙っている。
「はい、それでは持ち時間を1時間ずつ増やすと言うことでよろしいですね!? それでは次に、どの授業に増員が必要なのか? 考えて行きたいと思います。必要な科目については言って下さい」
秋山の言葉を待っていたように、響子が手を挙げ、
「音楽に2人、お願いします」
「ちょっといいですかぁ~!? 窯業にも1人お願いします」
田尻も要求するところはきっちりと要求する。
「体育にも1人欲しいですねえ」
「木工にも出来たら1人」
次々と手が挙がり、結局、学年団18名から1時間ずつ拠出された18時間が残らず分配されて、何とか落ち着いた。
それではこの長い学年会の間、上条達也の担任であり、家庭科も受け持っていた、ある意味、道畑よりも当事者である慎二は一体どうしていたかと言えば、途中まで肩身の狭い思いをしながら静かに息を潜めていたが、
《頭の上で何やらよく分からない話が飛び交っているなあ・・・》
と思っているうちに気が遠くなり、何時の間にか、すっかり夢の世界に入ってしまっていた。
慎二に関しては、何時ものことだし、決まったことに対して文句を言ったり、あからさまに邪魔したりするタイプでもないので、大概の場合、無難な奴として見逃してくれていたのである。
そして、慎二はそんな風に皆からある意味軽く扱われることに対して恥ずかしいと思う神経は持ち合わせていないので、お互いに何の問題もなかった。
人の声飛び交う内に眠くなり
会議になれば夢の間に間に
※1 養護学校の場合、小学部、中学部、高等部のように分かれていることが多く、学年の会議である学年会、学部の会議である部会、そして職員全体の会議である職員会議がある。それに分掌、委員会等もあり、それぞれに会議があり、クラスが複数担任制の為、クラスの打ち合わせもあるので、放課後は結構忙しく会議、打ち合わせ等が行われている。
※2 養護学校においては若さ、元気さ、熱気等も必要であるが、経験や知識が深く、全体を見渡す余裕を持ったベテランの目も必要である。両者が協力し合ってこそ、子ども等への目が行き届き、有効な教育活動が行われる。ベテランだけでは生徒の動きに対応し切れず、かと言って若さに任させると独り善がりな指導になりがちである。また、子どもだけではなく、保護者との遣り取り、理解を得る等の意味でもベテランの力は無視出来ない。
※3 養護学校の場合、授業がクラスを解体した課題別グループに分かれて行われることが多く、それぞれの授業に担当教員を決めて、各時間数人ずつ空き、各教員1週間に数時間ずつ空き時間を作るのが普通である。それは授業準備、会議プリント・学年だよりの作成に使ったり、連絡帳を書いたり、まあまあ忙しく動いていることも多い。それから自分達が送って来た言葉での遣り取りが中心の世界ではないから、疲れることも多く、勉強も必要であるから、リフレッシュ、読書、調べ物等の為にも使われる。