今週のお題「怖い話」
花にも心があり、好意を示せば好意を返してくれると言います。少なくとも晶子さんはそう信じていました。
「薔薇さん、薔薇さん、ご機嫌いかが? 今日も綺麗に咲いてね!」
毎朝、前日から何か変化が無いか? 愛情を込めて見詰めながら、水をあげます。
「少し開いたのね!? では、写真を撮ってあげましょう!」
そう声を掛けながら、デジカメを構えます。
すると、薔薇さんが心なしか喜んでいるような気がして来ました。
「何だか肩の線が柔らかくなって来たわ・・・」
薔薇さんのどこが肩でどこが胸なのか? 勿論私には分かりませんが、少なくとも晶子さんには分かっているようです。
晶子さんは昔ながらの生け花までは許せても、茎に針金を入れたり、ガラス瓶の中に閉じ込めたり、思うがまま自由に形を変え、形だけ無理やり長く残そうとするような前衛的な生け花、フラワーアレンジメントの類は大嫌いです。
「幾ら綺麗に見えても、そんなの心がないわ・・・。正直言って、本当は昔ながらの生け花でも好きじゃないけど、それでも整えることで長生きする面もある。でもその陰で、寿命を短くされた仲間がいるということを忘れて欲しくない・・・」
そう言いながら、晶子さんは今日もせっせと庭の花たちにお水をあげ、話し掛けています。
「朝顔さん、暑いのにお疲れ様! 今朝も綺麗に咲いたのね!? お肌なんか艶々だわ。そうだ! 写真を撮ってあげましょう」
晶子さんは自分自身に自信がある所為か? 一般的に認められがちな価値、美醜等にあまり拘りません。だから、薔薇、紫陽花、朝顔等の園芸植物だけが好きなのではなく、名も無い山野草も同じように好きです。
そんなわけで、晶子さんの作る庭は一見荒れ放題です。薔薇、紫陽花、ライラック、柿、紅葉、朝顔、百日紅、ゴールドクレスト、山吹、萩、鉄線、梔子(くちなし)等の間から蔓草、薄、烏の豌豆(えんどう)、茸(きのこ)類、羊歯(しだ)類、大犬の殖栗(ふぐり)、蓬(よもぎ)等、色んなものが顔を出しています。晶子さんは植えたもの以外でも出来る限り抜きたくないので、皆で仲よく共存しているのです。
勿論、園芸植物を中心に考える人からすれば、理に適ったことではありません。山野草、菌類等の所為で園芸植物が元気をなくしている、美しくない、と言う人も多いことでしょう。
でも、生きとし生けるもの全てが神の前には平等と考える晶子さんからすれば、そんなことはどうでもよいことでした。
「色んなものを犠牲にして咲いた薔薇がどうして美しいの!? そんなの傲慢なお嬢さんと同じだわ。形が整い、大きくなって当然じゃない! でも心掛けが悪いから、ちっとも綺麗じゃない。周りの空気を乱すのよ! そんな花なら、何も出さない写真でも見ている方がましよ。いや、写真でも少しは気を写すと言うから、少なくとも私はそんなものを見たくない・・・」
或る日のこと、晶子さんが庭の草花に水をあげていると、藪の方から雀蜂さんがやって来ました。
「あっ、人間がいる。邪魔だなあ。刺してやろう!」
そんな風にでも勝手なことを思いながら? 晶子さんの首筋目掛けて一直線。
すると、一陣の風が吹き、甘い匂いが漂って来ました。
それを鋭く感じたのか? 次の瞬間、雀蜂さんのスピードが急に弱まり、辺りを見回します。
「何だか好い匂いがするなあ。人間なんか刺したところでちっとも美味しくは無いし、ここは蜜でもご馳走になるか!?」
雀蜂さんは薔薇さんの花に止まり、ちゅうちゅうと蜜を吸い始めました。
どうやら薔薇さんが晶子さんを救おうとして気を利かしたようです。
「あら、雀蜂さん。美味しそうに薔薇さんの蜜を吸っているわ。たんと召し上がれ!」
その声が聞こえたのか? 薔薇さんの蜜が美味しかったのか? 雀蜂さんの肩から緊張が解けて、肩の線が柔らかくなって来ました。
また晶子さんの足元に百足さんがやって来て、チクリと刺そうとしたときもそうでした。土竜さんが慌ててやって来て、百足さんを睨み付けながら、
「こら、駄目だよ! この人を刺すと僕が許さないよ」
そんな風に言いながら、今にも食べてしまいそうな勢いなのです。
土竜さんは、前に晶子さんの旦那さんから駆除されそうになったとき、晶子さんの猛反対で救って貰った覚えがあるから、恩返しのつもりでした。
それに、そんなことがなくても、この庭から漂う甘い香、そこにいるだけで得られる何とも言えない至福のひとときのことを考えると、土竜さんはそれを乱す輩(やから)は何であろうと許せなかったのです。
本当は晶子さんも、土竜さんの駆除について悩んだことがありました。
だって、どこか他所の土竜さんが巣を作った所為で、堤防が決壊したという話を小耳に挟んだものですから・・・。
でも晶子さんは、結局諦めました。と言うより、受け入れました。
「土竜さんも入れて家族なんだし、なるようになるわ。いえ、なるようにしかならないのよ! それが私たちに与えられた運命なのよ。だから、仲よくしましょう」
晶子さんの言葉が分かったのか? それから土竜さんは、家の土台には決して近付かず、比較的植物や地虫たちの少ないところばかりを選んで、控えめに巣を作るようになりました。
そんな晶子さんに似合わず、旦那さんは厳しい人でした。理屈に合わないことは許せず、見た目が整っていないと落ち着けなかったのです。だから晶子さんが大事に残しておいた、一般的に山野草、害虫等に分類されるものについては、目にすれば何時でも勝手にビシビシ処分していました。
えっ、何で過去形なんだ、ですって!? それはね。旦那さんは今、永遠の命を得て、至福のお庭の下でゆっくりとお休みになっているからですよ。