sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

季節の終わり(7)・・・R2.7.13②

          第2章 学の恋

 

            その2

 

 広瀬学の持って来たお菓子でお八つを済ませてから、松村美樹は病室が多少窮屈に思えて来たので、

「学君、プレイルームでブロック遊びでもしようかぁ?」

 と誘うと、学はさも嬉しそうに、

「学君、プレイルームでブロック遊びでもしますぅ」

 と言い、早速出て行こうとする。

「ちょっと待って、学君」

 それから、美樹は慌てて訪問担当教師の森田晶子の方を見ながら、

「先生、好いでしょう? また今度勉強しますからぁ!」

 と聞くので、晶子はちょっと迷いながらも、

「ええ、分かったわぁ。好いわよぉ。今日一日ぐらいはぁ・・・」

 そう言って腰を上げた。

 晶子としては、本当はどっちでも好かった。美樹の病状から考えると、今、受験勉強のみを優先させることに大した意味があるとは到底思えなかったのである。

 ただ、美樹にそれを言うと不安が余計に大きくなり、残された時間が虚しくなってしまうだろうから、出来る限り日々を楽しく送って貰おうとすると、どう答えれば好いのか? 晶子はちょっと迷ってしまった。

 美樹は元々感受性が鋭い上に、病院と言う枠内において時間や空間を著しく制限された状況で余計に研ぎ澄まされている為、晶子の微妙な逡巡に鋭く感応したが、何も言わなかった。

 要するに、病院に長く居ると、来る人来る人が微妙な言動を見せるので、一々反応しているのに疲れてしまったのである。

 それに、深く考えると直ぐそこに死の淵が見えるようで、怖くて堪らなかった。だから、信頼できる大人が自分に信じて欲しくて取っている態度を素直に信じているように振舞おう、と努力していた。

 

 さて、3人揃って病室を出ると、学の病室から学の訪問担当教師である藤沢慎二と学の母である広瀬朋美が何だか姉と弟と言った感じで出て来るのが見えた。

 慎二は此方に気付いた途端に動きがぎこちなくなる。それが学には可笑しくてならなかった。

「藤沢先生、出て来ましたぁ。藤沢先生、ロボットみたいですぅ」

「ウフフフフッ。ほんと、ロボットみたい」

 美樹も遠慮なく笑う。大して悪気は無いのだろうが、この年頃の子どもたちは正直すぎて、それは時に残酷である。

 晶子はどうして好いのか分からず、

「そんな失礼なこと言ったら悪いわぁ~。他人のことをそんな風に笑ってはいけません!」

 と言いながらも、顔はついつい綻んでしまう。

 それから無表情を装って慎二と朋美の方に顔を向け、黙礼した。

 しかし綻びは隠し切れず、それが慎二にはこの上なく優しい、天使の微笑のように見えた。

 そこに朋美が慎二を支え、引き立てるようにして近付いて来た。

 

        マドンナの前で固まりぎこちなく

         つい支えたくなっていたかも

 

             その3

 

 慎二が真っ赤になりながら、何とかぎこちない会話をして、上気したまま帰った後、朋美、晶子が揃って、

「ふぅーっ」

 大きく息を吐き、それから暫らく見詰め合って、やがてどちらからともなく笑い出した。

「あははははは。可笑しい。ほんと、可愛い人でしょ!?」

 朋美は可愛くて仕方がないように言い、晶子に同意を求める。

 晶子もそれに異論はなかったが、微妙な胸騒ぎがして、その件に関しては微笑を返すだけに留めた。

 朋美としても、自分の姉としての気持ちだけではない部分に気付かないでもないので、

《こんなことはあんまり急いでも駄目か?》

 と思い直し、話題を変える。

「先生、音楽の先生なのに、高校受験の為の勉強を見てあげているんですかぁ!? 大変ですねぇ~」

 晶子はちょっと困った顔をしながらも、

「いえ、大したことはしていないんですよぉ~。色んな教科の先生に課題のプリントや問題集を貰って来て渡すだけで、後は美樹ちゃんがやるのを見ているだけなんです。美樹ちゃん、理数系なんか私よりずっと出来るから、分からないところは精々答えを見ながら一緒に考えるぐらいで、とても、とても・・・。まともに教えることなんか出来ません」

 出来る限り誠実に答えようとする。

 朋美はそんな晶子をさも可愛いと言う表情で見ながら、

「先生、本当に真面目なんですねぇ。私の勝手な質問なんか、さっきみたいに、微妙な微笑みを浮かべながら誤魔化していれば好いのに・・・」

 揶揄するように言う。

 図星を指され、晶子は真っ赤になってしまった。

 美樹は、大人の女性同士の微妙な遣り取りをムズムズしながら聴き、ただ黙っていたが、学には何のことだか分からず、

「学君、プレイルームで美樹ちゃんと一緒にブロック遊びしますぅ」

 そう言って美樹の手を引いた。

 美樹は大人の女性同士の会話に引かれるものがなくはなかったが、未だ早い気もして、学の誘いにあっさりと従うことにした。

 

        大人等の話何だかむずむずし

        ついは慣れたくなって来るかも