sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

季節の終わり(18)・・・R2.7.24①

              終章

 

 12月になり、はっきりと冬を感じるようになっても、未だ森田晶子からの便りは来なかったが、藤沢慎二はもう迷うことなく、普段の生活に戻っていた。

 広瀬学はその後の治療が上手く行き始め、11月の半ばには近城大学附属病院を無事退院することが出来て、今では元気に曙養護学校に通学していた。

 

 そんな或る日のこと、2学期末の保護者懇談会の席で慎二は久し振りに学の母親である朋美に会った。

「先生、その節は大変お世話になりました。なんて、他人行儀ですねえ? 先生の方はあれから森田先生と上手く行ってしますか~?」

 いきなり話が変な方に行ってしまいそうである。

 慎二は慌てて、

「広瀬さん、今日はまあ懇談ですから・・・」

「だから懇談でしょ!? 学は元気に機嫌好く学校に来ているから、それはそれで好いの。本当は様子を見ながらの仮退院だけど、そんなことは心配しても仕方がない。今の生活の充実を考えるしかないのよ。だから、次に心配なことを話しているのよ・・・」

「広瀬さんのご好意には何時も、本当に有り難く思っています。でも、こんなところでその話をしたら、私が舞い上がっちゃて、次の方とまともに話せなくなっちゃいますから、お願いします。その話はまたの機会にして下さい。前にもお話しましたように、今のところは何とか上手く行っていますから・・・」

「先生ったら真っ赤になっている・・・。勇気を出して取り敢えず上手く行っているようだから、それ以上聞いたら可哀想ねえ。でも、何時までも待ってばかりしていては駄目なんだから! それも分かっているわね・・・」

 それだけ言って安心したのか? 朋美は素に戻り、学の家での様子について話し始めた。

 慎二はその変わり身の早さに驚かされ、女性の怖さを改めて教えられた思いであった。

《でも、もしこのまま上手く行き、結婚出来たとしたら、晶子さんも何れそうなるのかなあ?》

 と思うとそんなに嫌でもないことが、慎二は自分にとって新鮮な驚きでもあった。

今であれば、朋美に関しての淡い好意を持っているが故に鼻に突くような言動であっても、晶子であればそんなに気にならないような気がするのである。

 

 それから数日後、慎二の元に晶子からの綺麗なクリスマスカードが届いた。

《そう言えば、晶子さんは敬虔なクリスチャンだ、って朋美さんが言っていたなあ!?》

 慎二はそのカードを大事に持って、胸を躍らせながら、居間のソファーに飛び込むように身体を投げ出し、震える手で開いた。

 

藤沢さま

 お元気ですか。風邪なんか引いていませんか。

 私は風邪で3日も休んでしまいましたので、あなたのことが心配になりました。

 そして、風邪で寝ている間、あなたがそばに居ないことを今まで以上に淋しく感じている自分に気付きました。

 よかったらまたお便り下さい。

 それでは好いお年を!

                                    晶子

 

 歓喜

 読んだ途端に涙を溢れさせた慎二は、それから何度も何度も読み返した。

 

 暫らくして、悩んだ末に慎二は、予定通り友達と約束している信州の野沢温泉村へのスキーツアーに出掛けることにした。

 本当は直ぐにでも返事を出したかったのだが、時間がないので、野沢温泉村に着いてからゆっくり考えながら書いて出すことにする。

  3泊4日分の冬用の衣類をぎっしりと詰め込んだ大きな旅行鞄を持って最寄り駅への坂を下りながら、慎二は、

《晶子さんへのお土産には何を買おうかなあ?》

 と早速もう心を悩ませ始めている。そして、そんな風に日常的で細かなことに思い悩める相手が漸く自分にも現れた喜びをしみじみと噛み締めていた。 

 最寄り駅のホームに立った時、ふと目を上げると、夕日に照らされる生駒がやけに輝いて見えた。

 淋しくなるはずの年末の暇つぶしに、と計画していた翌日からのスキーツアーは、思いの外に楽しいものになりそうである。

 

        心配し思い悩める相手出来

        生きる力が湧いて来るかも

 

        お土産を買ってやりたい相手出来

        生きる喜び湧いて来るかも

 

 そして色々な意味を含んだ、独りだけの長くて暗いひとつの季節が終わり、また新たな季節が始まろうとしていた。その季節ではもう独りで歩く必要がなく、きっと明るく、楽しい時間を持てるはず。早くもそんな予感さえしていた。

 

        トンネルを漸く抜けたその先に

        明るい未来待っているかも

 

        細い道漸く抜けたその先に

        楽しい未来待っているかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これでこのお話は一先ず終わりになる。

 この後のことも同じぐらいの長さで書いた覚えがあるので、その原稿を見付けたら、また少しずつ上げて行きたい。

 お時間とお気持ちに余裕のある方はまた読んでいただけたら幸いである。

 それから上に新たな季節が始まり、それは明るく楽しいものになる、と言うようなことを書いたが、それはかなりの部分で事実である。

 恋愛、結婚によって自分独りで使っていた時間、お金等を分け合わなければならないのは事実であるが、それが少しも惜しくは無い。

 頭で考えると、結婚、就職等がし難くなる場合が多く、今はそんな時代のようにも思われるが、そんな計算が先に立つ事や相手は、まあそれだけの縁なのかも知れない。

 

        時間金分け合うことも喜びに

        そんな縁なら結びたいかも