sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(24)・・・R2.6.14②

            エピソードその21

 

 学区でトップの公立進学校である北河内高校では多くを占める一般入試を目指す受験生にとって、勝負の夏の成果が秋に出て、その後はあまり状況が見えない冬を迎える。

 学年末試験を兼ねる2学期末の試験があるにはあるが、それはあくまでも定期テストで、そこまで真剣に取り組まない生徒もままあるから、受験勉強の成果に直結するわけではない。

 たとえば、実力テストでは学年で常に50番に入っているような生徒であっても、定期テストでは学年で150番ぐらいと言う場合が往々にして見られるものである。それは3年生になって更に顕著になっていた。

 それから、旺文社、福武書店等の全国的な、学校も協力しての外部模擬テストは秋までで全て終わっていた。

 それでも結果のスピードを売りにしている予備校系の模擬テストが冬に行われたが、これはちょっと穿った問題に偏るきらいがあり、下手をするとショックが大き過ぎて、気弱な場合、受験にまで悪影響を与える場合もあった。

 そんな状況の中、如何に孤独に耐え抜いて勉強し続けられるか!? それが試される晩秋から早春への時期が、一見何事もないかのように、しかし実は怒涛のように過ぎて行った。

 それでも仲間がいれば少しは違う!? それが上手く行く場合もあれば、新たな迷いを作り出すこともあるが、それも含めて後から考えて仲間との交流が好い思い出となるのが青春時代であった。

 

 さて、カップルとしてすっかり出来上がっている柿崎順二と橋本加奈子であるが、目標とする市立浪花大学への合格率が75%のA判定に上がってからはその自信も加わり、迷うことなく、また孤独になることもなく勉強が進んだようである。無理して予備校系の模擬試験を受けることもなく、共通一次試験に臨み、その結果も望ましいものであった。

 順二は将来についても大体決めていたように進んでいる。

《結局俺は野球をプロとしてするのではなく、大いなる趣味で十分。その割に高校では好いところまで行き、楽しめたから、大学でもそれで好い。そして少しでも早く生活を安定させて、加奈子と結婚し、明るい家庭を築きたい》

 心底そう思っていた。

 加奈子は加奈子で、順二との家庭を少しでも早く築きたいと思っていることは共通していても、それだけではなく自分の能力を試してみたくもあった。

 順二がもしかしてプロ野球に進むのであれば、料理、子育て、家計、精神的な支え等、サポートを中心に生きるつもりであったが、そうでなくなった今、自分がしたいことへの目も開かれつつある。

 男子だけではなく、女子にだってしたいことがある。産む性であることを別にすれば、何ら変わることは無い。

 日本社会にも少しずつそんな欧米的な風潮が強くなりつつあったが、北河内高校のような進学校ほどそんな面が顕著であった。

 それで加奈子のしたいことであるが、結局何か具体的なイメージがあると言うよりは、自分が社会でどれだけ通用するのか? そして貢献出来るのか? それを観てみたい、と言うことであった。

 それは順二にしても同じだったようで、野球以外に具体的にしたいことのイメージがあるわけではない。

 そう言う意味でもこの2人はよく似ており、迷いが無かったから、この2人が目指すべきは将来的に大企業への就職であった。

 一般的に大企業は給料が高く、福利厚生にも恵まれている。明るくて安定した家庭を築くにはそれだけでも十分に大きな意味があるが、それだけではなく、大企業では広範囲に色々な仕事があり、自分に向いた仕事を見付け易い。その結果、生き甲斐を持ち易いと言うこともある。大企業への就職は就職と言うよりも就社である、と言われるように、自由度の高さも大いに魅力であった。

 

 また、同じくカップルとして出来上がって来たように見えた丸山康介と安藤清美の2人であるが、此方は学業成績的に近付いて来ているような、でも目指しているところが違って来ているような感じもあった。

 康介は多少の波はあっても、国立京奈大学は確実で、我が国屈指の国立東都大学でも一応合格圏に入っていた。

 ただ、国立東都大学の場合、全国からやって来るし、海外からの留学生も多かったから、合格圏に入っていたからと言って、安心は出来ない。運、心身の調子等も揃ってこそ合格出来るのであるから、余程飛び抜けてでもいない限り、安心は出来なかった。

 例えば筆者の体験だけから言っても、以前に勤めていた受験関係の出版社には国立東都大学の卒業生が3人おり、その頃の測定法で知能指数は全員190以上あった。1人は物理学科を卒業した後、司法試験にも余裕で合格しており、1人は入社して直ぐに朝日新聞の入社試験に通って辞めて行った。そんな輩が普通に観られるのが国立東都大学であった。

 また、個人的に少し教えたことのある子は能研の模試で全国的にも目立った成績を上げ、埼玉県の高校入試で300点満点中295点ぐらい取って県立浦和高校に進んだが、そのバンカラ風に馴染み過ぎた所為か? 2回受けたが、結局国立東都大には進めず、私学の雄、慶応大学経済学部に進んでいる。

 それから小学校の頃に目立って成績が好かったクラスメイトが国立浪花教育大学付属中学校に進み、そこでも優秀な成績を収めていたそうであるが、やはり国立東都大学を2回受けて2回とも落ち、結局私学のもう一つの雄、早稲田大学政経学部に進んだと聴いている。

 要するに、受験レベルで幾ら優れていようと、国立東都大学に通るとは限らない、と言うことも含んだ難易度の高さであった。

 とは言っても、買わなきゃ当たらぬ宝くじではないが、受けなければ通らないから、康介は今のところ迷わずに国立東都大学のみを目指していた。そして予備校の模擬試験にも果敢にチャレンジして合格率50~75%のB判定を貰っていたし、共通一次試験の方もスムーズに通過出来ていた。

 一方清美の方であるが、国立京奈大学への合格率が上がりつつあるとは言え、そんなには自信があるわけでもない。そこに康介と一緒に受けた予備校の模擬試験においては合格率が国立京奈大学では25~50%のC判定、国立浪花大学が50~75%のB判定と少し下がっていたから、気持ちは国立浪花大学に大分傾いていた。そして共通一次テストの結果もそれを裏付けていた。

 それだけではなく康介は、国立東都大学に通った場合は勿論、もし上手く行かずに落ちた場合でも、9月から始まる欧米の大学への留学も視野に入って来ていた。我が国有数の大企業、杉下電器産業に勤める父親の影響で電子工学への興味が強くなっていたが、どうせならば施設、設備、それに研究費にも恵まれた欧米の大学に早い内に行っておきたくなったのである。

 それを聴いて清美は悩むところであった。もしそれが上手く行った場合、付いて行き、サポートすることが生活の中心となるのが普通であるが、それで満足出来るのか? 果たしてそれは自分が本当にしたいことなのか!? 他に夢がなければそれも悪くない気もするが、清美は自分自身がしたいことをもう暫らく探してもみたかった。

 

 それからこの話の主人公の青木健吾とヒロインの中野昭江の場合である。

 健吾はコネがあったとは言え、取り敢えず当時の時勢柄難関である愛知県の教員採用試験には合格出来た。このチャンスを捨てる気は無かった。

 同時に進めていた伯母、早乙女瞳のお茶、お花の弟子、井坂恵子との見合いは残念ながら上手く行かなかったが、これはそんなにショックでもない。昭江への気持ちを考えると、それで好かった。と言うか、その方が好かった気がしている。これ以上気持ちの入らない見合いはするべきではない、と健吾にすれば珍しく強い意志を持ち、以後の見合い話は全て断わっている。

 かと言って、今、昭江への気持ちを明らかにして、昭江の受験勉強の邪魔はしたくなかった。

 そんなわけで健吾はまた、もう暫らくの間、昭江の受験勉強に付き合うことにしていた。

 昭江の方は秋に国立浪花大学への合格率が75%以上のA判定を貰えて、それで迷わずに目指すかと思っていたら、やはり健吾の愛知県行きが心に大きく引っ掛かって来た。

 2人で具体的に何かを相談したわけではないが、周りはそう見ているし、2人も進路が決まると、と言うか、決まらなくても高校を卒業したら恋人として本格的に付き合い始めることが暗黙の了解のようになり始めている。

 とすると昭江はこのまま国立浪花大学を目指すよりも、同じぐらいのレベルにある国立愛知大学を目指す方が好いのではないか!? 特に目指す学科が国立浪花大学にしかないのであれば別であるが、幸い昭江の場合にそれはなく、国立愛知大学を目指す方が自然に思えて来た。

 なんて書くと、如何にもすんなりと進路変更出来たように見えるかも知れないが、人間色々なしがらみがあるから、そんなに簡単なものでもない。昭江の場合、家族の問題、それに母子家庭であることから、経済的な問題がある。

 先ず家族の問題であるが、同レベルであれば近くの国立浪花大学を目指す方が普通であるし、同レベルと言っても、それは受験レベルにおいてであって、総合的にみればやはり国立浪花大学の方が少し上位にある。それなのに国立愛知大学を目指す理由は家族にも納得が行くものでなければならない。

 要するに、健吾と人生を共にする気があると言うことを前面に出して行く必要がある!? そこまでは行かなくても、それに近い気持ちを鮮明にした方が納得し易い。

 ただ、これについて母親の徳子、兄の陽介はとっくに分かっていたし、納得もしていたから、当時の大学の状況をよく知っている陽介はかえって勧めたぐらいであった。

 それではもう一つの経済的な問題であるが、これについても学費の問題は減免と言う手があったし、生活費の問題は給付型の奨学金と言う手があった。そして昭江の場合、経済的にも成績的にも条件的に問題はなかった。

 それに、これはまだ口にしていなかったが、もし国立愛知大学に合格すれば健吾は昭江の生活を全面的に看ても好い気になり始めていた。

 そんなことも感じていたのか? いや、将来的に兄嫁になりそうに見えるお調子者の葉山涼香が時々口にしていたのが先か? ともかく昭江は秋が深まり、冬が迎える頃には迷いなく国立愛知大学に目標を向け直していた。

 幸い勇気を出して受けてみた予備校の年明けの模擬試験では両方の大学共に合格率が75%以上のA判定を貰え、共通一次試験の結果も思わしいものであった。

 

 最後に葉山澄香のことであるが、これはもう何の問題も無かった。陽介に勉強を看て貰ったお陰で、彼女にすれば成績が十分に上がり、兵庫県方面に限っても、狙える範囲の大学は大分増えていたから、後はその内の何処かに通りさえすれば好かった。

 それに、どうせ陽介と一緒に通えるのは1年間であることを考えると、どうしても4年制大学が無理であれば、短大でも構わない。陽介と少しでも早く家庭を営むことを考えれば、むしろその方が好い気もするぐらいであった。

 そうなると気楽になり、それに陽介の熱心なサポートをしっかりと受けられたから、澄香の勉強は思っていた以上にスムーズに進み、成績も安定して、2学期末のテストでは学年で172番まで上がっていた。

 ついでにと言ってはなんであるが、陽介は既に幾つかの企業を訪問し、どうやら大手商社の角紅物産から内定を貰えていたようであるから、此方も順風満帆であった。就職して直ぐに涼香と家庭を営むことだって無理なく出来そうであるし、既に気持ちも含めて愛を確かめ合っていたから、焦ることも無かった。

 そんなこんながあって陽介は、昭江のことも余裕を持って見守っていたようである。

 

        其々が勝負の春を前にして
        覚悟が決まり歩み出すかも