sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(8)・・・R2.5.12①

            エピソードその6

 

 ゴールデンウイークが終わって暫らくすると、北河内高校では中間テストに備えてクラブ活動が1週間の休止となった。同じ学校の教師と生徒の関係となった青木健吾と中野昭江はもう近所のファミレスで2人っきりの勉強会と言うわけには行かない。健吾にはそれ判断するぐらいの節度が残っていた。

 仕方が無いから健吾は物理の部屋で1番広い、普通教室2部屋分ぐらいの物理実験室に部員を集めて勉強会を催すことにした。

 これは生徒のみならず、担任、保護者にも喜ばれた。2年生の後半になってクラブ活動を引退するまでは中々独りでの勉強に集中し難いからである。北河内と言う土地柄もあり、北河内高校には地域でトップクラスの進学校になってもまだそんな呑気なところが残っていた。

 さて、勉強会をし始めて1時間ほど経ち、休憩に入った時のこと、夏の合宿をどうするのかと言う話が出て来た。

 2年生のムードメーカー? お調子者の葉山涼香が声を弾ませる。

「なあなあ。今年の合宿やけど、どこに行くぅ? 去年は周りが山ばっかりで退屈したから、今年は絶対海があるとこがええなあ!?」

 それを聴いた1年生の三島冴子も目を輝かせ、

「ええっ、合宿で海に行けるんですかぁ~!?」

「海ぃ、ええなあ」

「わぁ~、海、行きたいわぁ~! 私、絶対新しい水着買ってもらお~」

「うちとこ、この頃あんまり旅行してへんから楽しみやわぁ~」

 皆が口々に勝手なことを喋り出し、収拾が付かなくなりそうなので、2年生でキャプテンをしている外崎順子がまとめに掛かる。

「まあまあ、夏の楽しみについてはそれぐらいにして、そろそろ勉強再開しょう。ほな、青木先生、どこか好さそうなところ探しておいて下さいね」

「うん、分かったぁ・・・」

 健吾としても特に異存はなかった。

 それどころか何だか楽しみになって来た。そして早くも、モデル並みに引き締まりながらもメリハリのある水着姿の昭江が、自分を意識しながら恥ずかし気に海に入って行くシーンが脳裏にくっきりと浮かび始めていた。

「あっ、先生、今、変なこと考えてへん? ウフフッ」

 お調子者だけに勘が鋭く、反応の速い葉山涼香であった。

 満更当たっていなくもないので、健吾は急に目を泳がせ、耳まで真っ赤になっていた。そしてもごもごしながら否定に掛かる。

「いや、そんなことないってぇ・・・」

「ウフフフッ」

「ウフフフフッ」

 年の割にそんな初心さがおかしかったようで、部員達は目を煌めかせて中々勉強が手に付かない様子であった。

 昭江はその輪に入らず、静かに勉強を再開し始めたが、少しも進まず、何だか健吾に自分の水着姿をまじまじと見られているような気になって来て、それが別に嫌なことではないだけに、いや心の奥ではむしろ求めている自分の存在に気付き始め、頬を薄っすらと染めていた。

 皆を束ねるキャプテンだけに順子はそんなことにも鋭く気付き、実は自分も健吾に惹かれ始めていたことから、ちょっと哀し気な表情になり、もう何も言わずに静かに勉強を再開し始めた。
  
 部員達が帰ってから健吾は電話帳で合宿斡旋業者を調べ、問い合わせてみたところ、1泊3食付きで5000円ぐらいからあった。大型の観光バスの貸し切りを頼んだ場合、和歌山、北陸ぐらいであったら1人当たり5000円で済みそうであるから、3泊4日で1人当たり20000円ほどになる。意外と安く、健吾の気持ちは調べて手配したり、計算したりしている内に、早夏休みまで飛んでしまい、活発でキラキラと輝く素直な女子高生達に囲まれて大騒ぎされながら、すっかり行った気になっていた。

 それはまあともかく、幾つか聞いた候補の中で健吾が惹かれ、ほぼ決めていたのが福井県高浜町にある民宿であった。それを顧問の1人である女性教諭の袴田久美子に相談したところ、直ぐに緊張した表情になって言う。

「ええ~っ、福井県高浜町ですかぁ~!? 高浜って、あの関電の原発があるところでしょう?。何もそんなところに行かなくても・・・」

 結構強そうな難色を示すので、その時はそれで置いた。

 実は理学部出身でありながら寡聞にして健吾は、その頃未だ高浜町原発で有名なことを知らなかったのである。それに日々普通に稼働しているのであるから、確率的に考えてそんなに危険ではない気がしていたのだ。

 未だ東日本大震災が起こっていなかったことが一番大きかったのであろう。健吾は色々調べて久美子を説得に掛かることにした。

 そもそも放射線と言うものは自然界にも普通に飛び交っているし、コンクリート等からも出ている。そんなものに比べても原発の危険性は低いぐらいだ。

 そんな一般的によく見られる理由が根拠であった。

 そして久美子の教師によくある生真面目な神経質さを揶揄するぐらいであった。

 後から振り返ってみれば恥ずかしいことに、知らないと言うことは時に大胆な言動を取らせる。健吾はすっかり説得出来た気になって手続きを進めた。

 面白いことに、実は久美子も健吾に少し惹かれ始めており、積極的に進められると強くは反対出来ない。それに、健吾が国立浪花大の理学部を出ていると言うことがこの場合妙な安心感を与え始めていた。人はそんな風に自分が安心するような理由を無理にでも引っ張り出し、動き始めるもののようである。

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 東日本大震災において津波による災害は甚大であったが、各方面に大きな警鐘を鳴らしたようである。福島原発へのように直接的な影響は勿論、住宅、病院、学校等も大きな被害を受け、三重県、愛知県等の海辺に住む知人達は南海トラフにおける津波の影響を想定して既に引っ越したりもしている。

 これに限らず、人間は自然から大きな影響を受け、しかもそれが起こるまでは中々分からないものである。例えば今回の新型コロナウイルスのことについても、世界的な感染爆発に大きく揺らされ続けながら、漸く少しずつ見え始めている?

 それでも明けない夜はない!?

 そう信じていたい。