sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(4)・・・R2.5.8①

          エピソードその2

 

 キリスト教系の聖書研究会、「希望の光」の夏季キャンプから戻った後、北河内の駅前の食堂街にあるうどん屋、「さぬき庵」で青木健吾はアルバイトで店員をしていた中野昭江に声を掛けられ、挨拶を交わした。そして昭江の定期テスト前には近所の図書館の自習室で一緒に勉強するようになったが、他の利用者に煩がられ、場所を駅前のガストに移していた。

 

 そんなこんながあって、2学期の中間試験が終わった或る日のこと、昭江のクラスでは成績表が配られた。その日の放課後、昭江は所属している女子バスケットボールクラブの部員で中学校の時からの友達、橋本加奈子から訊かれる。

「なあなあ、昭江、あんた何番やったぁ~!?」

 2人とも地元の公立中学校に通っている頃は常に学年で300人中10番前後であったが、地域でトップの北河内高校にはどこの中学校でもそれぐらいであった生徒が集まって来るから、そこからまた新たな順番が付く。どうやら2人とも北河内高校ではそれほど出来るわけでもなかったようだ。1学期末のテストでは学年で450人中、加奈子が387番、昭江が412番であった。何方もいきなり高くて分厚い壁にぶつかって戸惑い、卒業後は短大に進んでOLにでもなるコースかと親子共々早くも諦め始める層に入っていた。
 今回も加奈子はあまり変わらない気がし、せめて昭江より少しでも上であれば好いかと思っていた。
 それが、何だか昭江は自信がありそうで、ちょっと照れたように見せた成績表によると、クラスで23番、学年で254番に上がっていた。
「ええ~っ、嘘やろぉ~!? 一遍に150番も上がって、あんた凄過ぎやん! こんなん見せられたら、私のん見せるの、何や恥ずかしなって来たわぁ~」
 そう言いながら見せた加奈子の順位はクラスで39番、学年では382番と、1学期末とそんなに変わらなかった。
「あんた、これやったら関関同立とかでも狙えるやん! 何でこんな急に上がったん!? あんた、夏休みにキリスト教のキャンプに行った、言うてたなあ? もしかしてご利益でもあったとかぁ・・・」

 加奈子は心底羨ましそうであった。

「うふっ。そんなん分からへんわぁ~」

 そう言って昭江はちょっと迷っていたが、思い切って口に出す。

「あんなあ、近所に親切なお兄ちゃんおってぇ、勉強、教えて貰えるようになってん。ほななあ、何か少しずつ分かるような気がして来てぇ・・・。そのお兄ちゃんかて北河内高校出ててぇ、現役で国立浪花大学の理学部出たらしいでぇ~」

「ふぅ~ん、凄いなあ。でも、昭江だけそんなずっこいわぁ~。今度は私も誘ってぇ~やぁ!?」

「どう言うか分からんけど、今度会った時にでも訊いとくわぁ~」

 その時はそれで終わったが、家に帰ってから昭江がその話を、近所に住んで居る高校の先輩に当たるお兄さんから教えて貰った程度に簡単に伝えると、母親の徳子はあまり好い顔をしない。そして口を開いたかと思うと、

「えらい急に上がったと思ったら、あんた、そんなことしてたんかいなぁ~。本当にその人、大丈夫かぁ~!? 幾つぐらい、その人? どこの大学出て、今どこで働いてるん? 収入はどれぐらい?」

 と矢継ぎ早の質問を重ねる。

「ハハハ。何や興信所か何かが身元調査してるみたいやなあ。もう結婚でも考えてるんかぁ~!? ハハハハハ」

 と笑うのは5つ違いの兄、陽介であった。陽介は北河内高校から一浪して国立の阪神大学に進み、今、2回生であった。

「・・・・・」

 昭江は真っ赤になって黙ってしまった。

 それを観て徳子は更に心配そうな顔になり、

「あんた、もしかしてぇ・・・」

「何言うてるんやぁ、母さんはぁ~! 昭江の様子観たら分かるやろぉ~!? 何かありわけないやろぉ~。ほんま、箱入り娘なんやからぁ・・・」

 また陽介が助け舟を出す。

 昭江は黙って勉強部屋に入った。

 

 そんなこともあって、昭江は何だか話を広げたくなくなり、健吾に言うのは躊躇うところがあった。

 それで駅前のうどん屋、「さぬき庵」で顔を合わせても、店員とちょっと親し気な客の関係に戻り、また秋を迎えて家族で住む団地のエアコンなしの自室でも勉強が出来るようになったこともあり、暫らくの間は図書館への足が遠のいた。

 と言うか、それだけではなく、秋から冬にかけては学校行事、クラブ活動が盛んに行われるようになり、暇が無くなったと言うのが正直なところであった。

 健吾にしても、別に付き合っているわけでもなかったから、図書館で会わなくなったところで、多少寂しくはあっても、特に不思議とも思っていなかった。どうしても顔を観たくなった時は「さぬき庵」に行けば会える。まだこれと言った恋愛経験のない健吾にはそれでも十分であった。

 

 そうこうする内に、あっと言う間に11月下旬になり、北河内高校では2学期末のテストを前にしたクラブ休止期間に入った。昭江は久し振りに図書館の自習室に向かった。健吾に逢えることを期待しながら。

《あっ、居たっ!?》

 居たもないもんで、健吾はもしかして会えるかも? との期待もあり、日曜日毎に欠かさずに足を運んでいた。

 入って来てぱっと顔を輝かせた昭江を見逃さず、健吾も顔を輝かせ、小さな声で、

「こんにちはぁ! ほな、彼方行こかぁ~!?」

 昭江の反応を確かめることもなく、付いて来るものと決めて早速机の上を片付けに掛かる。

 それを観た昭江は微笑みながら黙礼を返し、自習室を出てロビーで待っていた。

 ガストに場所を移して直ぐに、2人共もう習慣になっていたケーキセットを頼み、勉強し始めて1時間ほどした時、マスクとサングラスで変装したつもりの徳子と陽介がそっと入って来た。

 昭江から観ればバレバレで、噴飯ものであったが、健吾は何も知らない。自分を心配してのことであるから、昭江は微苦笑するだけで、黙っていた。そして暫らくするとその存在を忘れ、勉強に集中していたので、呑気な健吾は全く気付いていなかった。

 

 それが好かったようである。帰り道で徳子が、
「何や一生懸命勉強してたなあ、2人共? 真面目そうな人やん。でも、ちょっと年が離れ過ぎてる気もするけどぉ・・・」

 陽介も同様であったようだが、

「そうやなあ。この前、ちょっと訊いてみたら、10歳離れてる、言うてたなあ。でも、この頃それぐらい普通かも知れんけどぉ・・・」

 やっぱり昭江を庇おうとする。流石お兄ちゃんである。

 その後も幾らか話し合い、結局、暫らくは様子を観ようと言うことになった。

 

 そして2学期末の成績が出た日の放課後、加奈子がクラブの時間まで待ち切れなくなって、早速昭江の教室までやって来た。
「なあなあ。あんた何番やったぁ~!? もしかしたらまた上がったんちゃうん?」

 興味津々と言った様子である。

 昭江は笑いながら黙って見せる。

 何とクラスで10番、学年で107番まで上がっていた。中間テストの時より更に150番近く上がっている!

「凄いやん! やっぱりあんた、ずっこいわぁ~」

 加奈子は恨みがましい目で見ながら、自分の成績表を見せる。

 自分もクラスで30番、学年で291番と、かなり上がるには上がっていた。それでも、これでかなり近付けたかも思っていた昭江の上り様には遠く及ばず、何とも言えない悔しさがあった。