sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見た目が9割!?(最新版その12)・・・R3.12.12②

              その12

 

 令和2年3月末の或る朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、玄関ホールの受付前に設置してあるタイムレコーダーにICチップ入りの職員証をスリットした後、息を切らせながら階段を3階まで上がり、割り当てられた執務室に入る。

 既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、ちょっと古めのiPhoneの端に何本も長いひびが入った液晶画面を何やら熱心に見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、頻りにメモを取っていた。

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 何時も通りに日常的な朝の挨拶を交わした後、世界では新型コロナウイルス感染症に関する騒ぎが彼方此方で益々大きくなっていること、ファンドさんの一番の関心事である株価に大きな変動が起こっていること、東京オリンピックの延期を初め、スポーツ界が壊滅的な打撃を受けていること等、一頻り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、そばにはテザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。

 迷うところがあったのか? その後は暫らく考えて、それからおもむろに年季が入って多少くたびれ気味の256MBのUSBメモリー、「愛のバトン」を取り出して、「神の手」に慎重にゆっくりと挿し込み、休みの間に家で書き続けている私小説っぽい作品、「明けない夜はない!?」の一部を取り出して加筆訂正を始める。

 ファンドさんの関心は既に投資情報に移り、またiPhoneの液晶画面を見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。

 

          明けない夜はない!?

            その4

 キリスト教系の聖書研究会、「希望の光」の夏季キャンプから戻った後、JR北河内駅前の食堂街にあるうどん屋、「さぬき庵」で青木健吾はアルバイトで店員をしていた中野昭江に親し気な声を掛けられ、挨拶を交わした。そして昭江の定期テスト前には近所の市立図書館に設けられた自習室で一緒に勉強するようになったが、2人の遠慮がちにささやくような遣り取りであっても他の利用者には煩がられ、場所を駅前のガストに移していた。

 

 そんなこんながあって、大阪府北河内高校の2学期の中間試験が終わった或る日のこと、昭江のクラスでは成績表が配られた。

 その日の放課後、昭江は所属している女子バスケットボール部の部員で中学校の時からの友達、橋本加奈子から訊かれる。

「なあなあ、昭江。あんた、今度は何番になったんやあ!?」

 2人とも地元の公立中学校に通っている頃は常に学年で300人中10番前後であったが、学区でトップの公立進学校である北河内高校にはどこの中学校でもそれぐらいであった生徒が集まって来るから、そこからまた新たな順番が付き始めることになる。

 どうやら2人とも北河内高校ではそれほど出来るわけでもなかったようだ。1年生の1学期末のテストでは学年で450人中、加奈子が387番、昭江が412番であった。何方もいきなり高くて分厚い壁にぶつかって戸惑い、卒業後は中堅の短大にでも進んで大企業のOLになるコースか、と親子共々早くも諦め始める層(※)? に入っていた。

※それでも平均的には十分に恵まれた層なのであるが、人は常に周りとの比較の中に生きているものであるから、自分の生きている社会の平均が大きな意味を持つ!?

 それはまあともかく、今回も加奈子はあまり変わらない気がし、せめて昭江よりは少しでも上であれば好いかと思っていた。

 それが、何だか昭江は自信がありそうで、ちょっと照れたように見せた成績表によると、クラスでは23番、学年では254番に上がっていた。

「ええ~っ、嘘やろぉ~!? 学年で一遍に150番も上がって、あんた凄過ぎやん! こんなん見せられたら、私のん見せるの、何や恥ずかしなって来たわぁ~」

 そう言いながらも見せた加奈子の順位は、クラスでは39番、学年では382番と、1学期末とそんなに変わらなかった。

「あんた、これやったら関関同立とかでも普通に狙えるやん! 何でこんな急に上がったん!? あんた、夏休みにキリスト教のキャンプに行った、とか言うてたなあ? もしかしたらご利益でもあったとかぁ!?」

 加奈子は心底羨ましそうであった。

「うふっ。そんなん分からへんわぁ~」

 そう言って昭江はちょっとの間迷っていたが、暫らくしてから思い切って口に出す。

「あんなあ、近所に親切なお兄ちゃんがおってなあ、勉強、教えて貰えるようになってん。ほななあ、授業が何や少しずつ分かるような気がして来たねん・・・。そのお兄ちゃんかて私等と同じ北河内高校を出ててぇ、何でも現役で国立浪花大学の理学部に受かったらしいでえ~」

「ふぅ~ん、凄いなあ。でも、昭江だけそんなんちょっとずっこいわぁ~。今度は私も誘ってぇ~なあ!?」

「う~ん、まあ、どう言いはるか分からへんけど・・・、今度会った時にでも一遍訊いとくわなあ~」

 その時はそれで終わったが、家に帰ってから昭江がその話を、近所に住んで居る高校の先輩に当たるお兄さんから教えて貰った程度に簡単に伝えると、母親の徳子はあまり好い顔をしない。

 暫らくして口を開いたかと思うと、

「えらい急に上がったと思ったら、あんた、そんなことしてたんかいなあ~。本当にその人、大丈夫かあ~!? 幾つぐらい、その人? どこの大学出て、今どこで働いてるん? ほんで収入はどれぐらいあるんやぁ?」

 と矢継ぎ早の質問を重ねる。

「ハハハ。何や興信所か何かが身元調査してるみたいやなあ。もう結婚でも考えてるんかぁ~!? ハハハハハ」

 と笑うのは5つ違いの兄、陽介であった。陽介は北河内高校から一浪して国立阪神大学の経済学部に進み、今、2回生であった。

「・・・・・」

 昭江は真っ赤になって黙ってしまった。

 それを観て徳子は更に心配そうな顔になり、

「昭江! あんた、もしかして変なことにでもなってるんとちゃうやろなあ~!?」

「何言うてるんやぁ、母さんはぁ~! 昭江の様子観たら分かるやろぉ~!? 何かあるわけないやろぉ~。ほんま、貧乏人やのに昭江のことをすっかり箱入り娘にしてからにぃ・・・」

 また陽介が助け舟を出す。

 昭江は真っ赤な顔をしたまま、黙って勉強部屋に入って行った。

 

 その辺りまでを見直しながら加筆訂正し、ちらっと時計に目を走らせたら8時10分になっていたので、ここで置くことにした。そして「愛のバトン」をそっと引き抜いた後、「神の手」を優しく閉じ、慎二が創作の余韻に浸ってしみじみとしていると、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はまだ恥ずかしさも少し残っていたが、ちょっとは軌道に乗り始め、自信も出始めているので、「神の手」を再び開き、メルカリさんの方にその液晶画面をおもむろに向けて、

「ふぅーっ」

 ひと息吐いて気持ちを落ち着けながら静かに問い掛ける。

「メルカリさん、どうやろ、これぇ? この前もちょっと見てもろた書き掛けの小説みたいなもんの続きなんやけど、自分としてはまあまあ上手く書けてると思うんやけどなあ・・・」

「おっ、あの主人公が能勢でやってた宗教キャンプに行って、そこで出会った凄く可愛い女子高生にその後再会して意気投合し、一緒に勉強するようになったとか言うてた小説ですかあ~!? あの後どうしたのか? 中々その続きが出て来えへんから、ちょっと気になってたんですわあ~。それにしてもブログさん、ほんま毎朝、よう精が出ますねえ・・・」

 気の好いメルカリさんは半分呆れ、半分感心しながら、さっと目を走らせる。

「どれどれ、ふむふむ、・・・」

 そして興味津々と言った様子で、

「おっ、やっぱりブログさんが好きやった子のこと、中々ええ感じになって来てますやん!? 一緒に勉強して成績も上り、心配していた親兄弟も憎からず思い始め・・・」

 どうやらますます実際通りと決め付けられているようである。

《然もありなん。でも、ここも本当とは違うと言うことをしっかり言っておかなければ・・・》

 慎二は慌てて否定に掛かる。

「おいおい。そんな風にどんどん先走らんといてぇ~やぁ~! これぇ、何回も言うてるように、あくまでも小説やってぇ~! 全くの作り話やねんからなあ・・・」

 そう聴いてもメルカリさんはちょっと悪戯っぽい笑いを浮かべながら、

「フフッ。本当かなあ? やっぱりこれも殆んど自分のこととちゃいますのん!? 表現はともかく、漂っている感情がちょっとリアル過ぎますやん・・・」

 勘の好いメルカリさん、流石に鋭いことを言う。

 なまじ当たっているだけに慎二としては事務を担当する若くて溌溂とした依田絵美里の手前、益々恥ずかしく、やはりここでは強く否定しておくことにした。

「いや全然違う! 俺が大阪に帰って来て勉強や就活をしている時に、そんな子は絶対おらんかったんやからなぁ~」

 毎度同じような言い訳めいたことを言っては、慎二はちらちらと絵美里の方を見る。

 絵美里もこの話が出た時は毎度同じように、オヤジの与太話になんか全く興味はないと思わせる風に視線をさっと逸らすが、その度に頬をちょっと紅潮させ、耳をひくひくさせていることで、これも毎度同じく完全に失敗していた。

 メルカリさんはそんなちょっと怪しい空気を鋭く感じ取って、これ以上からかうのは慎二に酷かと思って軽やかに立ち上がり、給湯室までコーヒーを淹れに行った。

 それだけではなく、この頃は絵美里をこれ以上刺激して、慎二に対して特別な感情を持たせてしまってはと、心配にもなって来たのである。

 そう! メルカリさんも実は絵美里にちょっと惹かれ始めていた。そこは人間、職場の中のこんな空気はよくあることで、それが上手く働けば日々のマンネリ化しがちな仕事に活力を与え、また将来的に好い関係に繋がることもある。

 それはまあともかく、メルカリさんが立つと、空かさず絵美里が近付いて来て慎二の机の上に熱いお茶を淹れた備前焼のぷっくりした湯飲みをそっと置いて行った。何も言わず、それ以上は慎二になんか興味が無いと言う風に装いながら・・・。

 そこで珍しくその日はファンドさんが立ち上がり、執務室の窓を一気に、大きく開け始めた。

新型コロナウイルスのこともあるし、ちょっと寒いかも分かりませんけど、窓、開けさせて貰いますね!」

 聴いていないようで、よく見るとファンドさんも時々にやりとしていることがあり、それなりに興味を惹かれているようであった。

「よしっ!」

 新鮮な空気を吸って慎二は湿りかけていた気持ちが吹っ切れたようで、すっかり仕事の顔になっていた。たとえ先ずは形からにせよ、見かけだけにせよ、そんなことが周りの空気も簡単に変えるもののようであった。 

 

        オヤジ等の与太話聴きOLも

        少し揺らされ其れが好いかも