sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

青春を懐かしむ人たち(4)・・・R2.4.10②

            第3章

 

        ラジオから文化の香り感じたか
        熱心に耳傾けたかも

 

 3年生になってから川端浩二は、以前先輩の橋詰勲に、

「ええと思うから絶対に聴いとけよぉ~! それにぃ、受験勉強のペースメーカーにもなるしぃ・・・」

 と教えて貰った旺文社のラジオ講座を結構熱心に聴いていた。

 橋詰は体格がよく、北河内高校ではポイントゲッターであったし、ここ数年では珍しく、北河内地区でも中量級で3本の指に入るぐらいの猛者であった。

 それでいて成績は450人中50番を下ることがなく、現役で国立浪速大を通るのは確実と思われていた。

 それが実際には、体格の好さを見込まれてラグビー部の試合要員にも借り出された為、橋詰は結局浪人するはめになってしまったが、それでも川端にとって1年生の頃にはいわば雲の上の存在であったから、橋詰の言うことは、日々の授業を教科書通りに進め、適当に流している教師たちのアドバイスより余程心に染入ったのである。

 ラジオ講座は1時間ほどの番組で、普通1回に2科目あった。竹内均の物理、森野宗明の古典、その他錚々たるメンバーで、どこか高校とは違うアカデミックな風が感じられる洒落た世界に触れているような気がしたのだろう。浩二は、一足先に大学を覘いたような気になっていたのである。

 たとえば、何かの折に竹内均寺田寅彦の科学エッセイ、「茶碗の湯」に刺激を受けたとしみじみ話しているのを聴き、そのときばかりは自分も理学、特に地球物理の道へ進みたくなった。

 また橋詰が言うように、毎日夜の11時過ぎから1時間、と言うのがひとつのペースメーカーになった。夕食後少し休んで、8時半から勉強を始め、10時半までの2時間は自分で予定を決めた勉強をする。その後、30分ほどで簡単に予習を済ませてラジオ講座に耳を傾けた。

 ラジオ講座が始まるまでの時間は、3年生になるまでは定期テスト前以外に纏まった家庭学習をそこまではして来なかった浩二にとって結構きつかった。それがラジオから流れて来るベテランの手馴れた様子の落ち着いた声に触れることにより、スゥ~ッと癒されて行く気がしたのである。

 

「久保先輩。先輩の行っていた城の森高校ではラジオ講座なんか聴いていたのかなあ?」

「嗚呼、結構聴いていたと思うよぉ~。勿論、俺も聞いていた・・・」

「でも、城の森高校はあの頃、俺の行っていた北河内高校より段違いに好かったから、ラジオ講座に関しても俺たちとの捉え方とは違ったやろなあ?」

「えっ、どう言うことぉ~?」

「いや、城の森高校に行った友達が、たとえば英語やったら1週間で単語200語覚えて来いと言われたやら、歴史は教科書だけではなく中央公論社から出ている全集を読んだやら、何や自慢げに言うから、畏れ入って聞いていた覚えがあるんやぁ~。そやから城の森高校の生徒からしたらラジオ講座を聴くことはひとつの勉強方に過ぎなかったんやろなあ、と思たわけやぁ。俺たちほどウエイトが高くなかったんとちゃうかぁ~?」

「うん、まあそうやなあ。普段の授業や宿題が結構きつかったけど、今から考えたら、大学に行ってからも恥ずかしくないような勉強をしていた気がするなあ・・・」

「そこが違うんやなあ。俺が入った頃は北河内高校の入学時のレベルが結構高くなっていたらしいけどぉ、出る頃には城の森高校に大分差を付けられていたもんなあ・・・」

「そうかなあ。フフッ」

「あれれっ、何か鼻が高くなってるでぇ~」

「えっ、そんなこと・・・」

「ハハハ。それはまあ冗談やけどなあ。要するに教えてくれる先生が違っていたように思うんやぁ~。北河内高校の先生なんか、入試問題を解いていても途中で分からなくなり、黙ったまま終わってしまい、次の時間には旺文社とか聖文社が出している解答集を見て来て、さも自分が解いて来たように説明するだけなんやぁ。高2になって授業の予習をするようになってから余計にそう思たわぁ~。教科書に載っていることをそのまま言うてるだけで、いっこも発展性があらへん。だから、高2になってからは授業中、寝てばっかりおったわぁ~」

「俺らのところは、そんなことはなかったなあ・・・」

「そうやろぉ!? そやから俺らのところは、浪人して予備校の授業を聴いた奴が、授業が高校のときと全然違う! ほんと凄いでぇ~、なんてマジに感心してたもん」

「何でやろぉ? 入るとき同じような成績で入っているのに、教師に関して言えば、えらい違うようやなあ」

「う~ん。要するに伝統の違いかなあ・・・」

「そやけど、北河内高校も結構古いやろぉ~?」

「まあ古いのは古いけど、今はともかく、あの頃はほんまに田舎やったもん」

「そんなに言うんやったら、都島区からやったら此方が近かったんやし、城の森高校に行ったらよかったのに・・・」

「いや、中3のときに成績が下降線を辿ってたのでちょっと難しくなってたし、それに俺はのんびりしている方が好きやから、雰囲気的に北河内高校を選んだんやぁ~。後から色々分かって来ると、後々の学問的に考えても、受験的に考えても城の森高校の方が好かったんやろなあとは思うけど、学校はそれだけではないと思うねん」

「えっ、どう言うことぉ~?」

「そうやなあ。どう言うたらええか難しいけど、学校は生活の場でもあるわけやぁ~」

「勿論そうやなあ」

「そやから、客観的に観て幾ら好さそうでも、そこに自分の居場所がなかったらあかんと思うねん。少なくとも当時の城の森高校は俺が青春時代を送る場ではなかったような気がするなあ・・・」

「ハハハ。何をこそばいこと言うてるんやぁ~!?」

「いや、冗談抜きでそう思うねん・・・」

「でも、もうちょっと頑張って城の森高校に行ってたら、もしかしたら竹内均の居てた首都大学にでも行って、今頃地球物理の研究者にでもなれてたかも知れんのに・・・」

「いや、無理無理! 全く反対やろなあ。落ち込んでしもて、余計にどこも引っ掛かっていなかったと思うわぁ~。北河内高校に行ったからこそ、暫らくのんびり出来て、後から上がって来たんやろなあ・・・」

「そんなもんかなあ・・・」

「うん、そんなもんやと思うでぇ~。誰にでも自分の居場所は要るねん」

「そうやなあ。そう言う意味では、俺たちの居るこの心霊科学研究室東部大阪第2分室も捨てたもんやないなあ!?」

「そうそう。俺もそう思うわぁ~。俺がここに移って来た頃は今より皆、もうちょっと厳しい顔をしてたけどぉ~、段々皆ここの空気に馴染んで癒されて来たのか? それなりに仕事をする気になって来たり、新しいアイデアを出す気になって来たり、この頃皆、本当に好い顔をしてるもん」

 

        其々に居場所があれば癒されて

        持てる力を出し切れるかも