sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

癒しの泉!?(チヂモン奇譚第2弾)(4)・・・R2.4.10①

               その4

 

 さて、旅人たちの記憶を植え付けられ、それぞれの元の活動拠点に送り込まれた人型ロボット、すなわちアンドロイドたちは、苦労しながら何とか遣り過ごしているようである。既にそれなりの数になるのに、未だどこからも、知り合い、友だち、恋人、家族等だった人たちが、もしかしたらそっくりに作られたロボットではないか? そっくりに化けた宇宙人ではないか? などと不審の声を上げている、という噂が聞こえて来ないところから考えてもそれは分かるであろう。

 そしてアンドロイドたちは、精一杯元の人たちの日常生活を演じ、世知辛い人間社会に疲れて来たら、元の人のように、自分だけの秘密の場所を求めて旅に出ると称して、明珍忠助と麒麟の元に戻って来るのであった。

 また、あまり連絡がないと、忠助がアンドロイドたちにしか伝わらない信号を発して呼び戻すこともある。そして、アンドロイドたちに溜まったストレスを取り除き、またそれぞれの元の人の活動拠点に戻している。そう言う意味でもここは癒しの泉と言っていいだろう。

 しかし、悪いことは出来ないものである。山野周作の記憶を移されたアンドロイド(以下では簡単の為に周作君とでもしておこう)が職場である曙福祉作業所に戻って疑われることはなかったが、恋する人にはやはり多少の違和感があったようである。秘かに周作のことを思っていた若い指導員、谷口正美には、以前は周作から醸し出されていた癒しの波動が、戻って来た周作君からは何となく薄れたような気がするのだ。

 拘りの強い利用者に対して、周作君が飽きることなく同じやり取りをしているのを見ても、前はどこか感情を抑えながらやっていたのが、今は全く気にならないかのごとく淡々とやっている。それは優しさと言うより、何だかまるで機械であるかのようであった。

 と言っても、正美にしか分からないような微妙な違いで、未だ片思いの状態であったから、他の人に確かめるわけには行かないし、勿論、周作君に正面から問い質すわけにも行かない。暫らくは気を揉んでいたが、どうしても我慢出来なくなり、周作君のことを自分なりに探ってみることにした。

 そして或るとき、周作君が休暇を取り、奈良の奥地に向かって旅行すると言う情報を掴んだ。

 と言っても、正美がその為にそんなに大層な諜報活動をしたわけではなく、周作君は変な疑いを掛けられないように、大概のことは聞かれたことに素直に答えるように予めインプットされていただけのことである。

 

 さて予定の日、後を秘かに追って来た正美は、例の泉に向かって山道をずんずん歩いて行く周作君のことが益々不思議に思われた。

《こんな辺鄙なところに一体何があるんやろぉ~? それに、山野さんにとっては何や勝手知ったる道のようやわぁ・・・》

 やがて周作君は泉のほとりにある掘っ立て小屋の前で立ち止まり、上品そうな老人と若くて美しい女性に迎えられて、いそいそと中へ入って行った。

《あの若い女性と老人は一体誰?》

 そう、読者の皆さん(と言っても1人か2人?)は既にご存知の明珍忠助、そして娘の麒麟の記憶を移し変えたアンドロイドであった。

 特に若くてスタイルが好く、ひょっとしたら自分より美しいかも知れない麒麟の方が気になって仕方がない正美は、高鳴る胸を押さえながら、出来る限り気配を消して小屋に近付いた。

《おやっ? 人の気配がない!? これは一体全体どう言うことなん?》

 恐怖を押して小屋に入っても誰もおらず、地下室への蓋も跳ね上がったままであった。

 暫らく辺りに人の気配がないことを確かめた正美は、恐る恐る地下室へと続く暗い階段を下りて行き、半開きの扉の陰から研究室を覗いた。

 そこでは何と周作君が実験台に寝かせられ、頭から何本もの線が出て、不思議な機械に繋がれていた。それは大きなコンピュータのように見える機械で、忠助の命令に従って麒麟がスイッチを入れると、ピコピコと電子音を立て、彼方此方からピカッピカッとカラフルな光を発していた。

《頭にある幾つかの穴から小さな電子部品が覗いているところから考えても、どうやらこの山野さんはロボットのようやわぁ~。道理で違和感があったはず・・・。それにしても、何てよく出来たロボットなんやろぉ~!?》 

 正美は納得し、そして感心した。

 その研究室には他にも幾つか実験台があって、その内の2つには双子のようによく似た2人? 2体? よく分からないが、取り敢えず2体が寝かせてあった。

 周作君の方が落ち着いたようだと判断した忠助は、双子の内の1体を指し、麒麟に命令した。

「さっき抜き取っておいた記憶を此方に植え付けなさい」

 麒麟は黙って、先ほどと同じような機械のスイッチを入れた。

 よく見ると、それは周作君と同じようにアンドロイドのようだ。頭の彼方此方にある小さな穴から電子部品が覗いている。

《そうするともう1体は何なんやろぉ~?》

 正美が不思議に思っていると、続いて忠助は麒麟に新たな命令を発した。

「元の人には新たな基本ソフトを入れてやりなさい」

 また麒麟は黙ったまま、もう一体、すなわち元の人に繋がった機械のスィッチを入れた。

 その結果、その人が何回かのたうったのも周作の場合と全く同じである。

 それから正美は、これまで生きて来た記憶を奪われ、言語、日常動作等の基本的な情報だけインプットされた元の人が村に戻り、農夫に会った後、研究室に案内され、小さくされるところまでしっかり目撃し、それから連れて行かれたドーム内のジオラマのような村で生活する小さな人たちの中に、本当の周作がいることに気付いた。

 信じられないような光景を幾つも目にした正美は、逃げるようにドームを出て、村外れにある駐在所に飛び込んだ。

「あのぉ~、今この村で大変なことが起こっているのですぅ。直ぐ助けて下さい!」

 駐在の巡査は人のよさそうな青年で、特に驚いた風でもない。

《どうしたことやろぉ? 平和そうな村で私のような旅人が血相を変えてこんなことを言っているのに、顔色一つ変えないなんて・・・》

「どうかしましたかぁ~?」

「あのぉ~、ロボットを作ったり、旅人の記憶を奪って小さくしたり、この近くで変な実験が行なわれているのですぅ!」

 そこまで言っても、巡査は平気な様子で、ニコニコ笑いながら正美の前に冷えた麦茶を出した。

「まあ落ち着いてください。これでも飲んでぇ・・・」

《仕事柄おかしな人間には慣れているのやろかぁ~?》

 取り敢えず正美は出された麦茶を飲み干した。

 それがいけなかった! 正美の至極変な話を聞いても、日常と全く変わらない様子であったのは、巡査が何時も見聞きしていることだったからである。

 つまり巡査も忠助、川浪らの仲間なのであった。巡査は正美がすっかり寝入ったのを確かめ、おもむろに電話を掛けた。

「あのぉ~、もしもし。川浪博士ですかぁ~? 例のお嬢さん、ぐっすり寝入りましたけどぉ~、この後どう致しましょう?」

「そうかぁ~。ご苦労やけどぉ、私のところまで運んで来てくれぇ!」

「はい、分かりましたぁ!」

 正美が運び込まれた川浪の研究室には忠助と麒麟も居た。

「フフッ。上手く網に掛かったなあ。フフフッ」

 忠助はえらく嬉しそうである。邪悪な笑いを浮かべている。

 それを聞いて川浪はぼやいた。

「明珍博士も人が悪い。初めから気付いていて、今までの経緯が分かるようにわざと覗かせ、それから捕まえるんだから・・・。あなたはいいけど、私はあなたほど人が悪いわけではないから、覗かれているのを知りながら、知らない振りをして何時も通りにするのは大変でしたよぉ~」

 その間も麒麟は一言も発しない。

 巡査も同様であった。

「ところで、このお嬢さんを一体どうする気なんですかぁ~!?」

「フフッ。何時も通りにしよう。先ず私の研究室でそっくりなアンドロイドを作ってから記憶を移し、そのアンドロイドを元の場所へ返そう。それから、このお嬢さんはここに返すから、小さくしてチヂモン村に送り込めばいい。フフフッ」

 忘れさせるものなら初めから見せなければいいものを、どうやら若い女性が驚いたり、騒いだりするのが見たかったらしい。実の娘までロボットに変えてしまうだけあって、忠助はやっぱりちょっと、いや大分変な奴であった。

 

        科学者の悪魔の所業極まれり

        他人の日常弄ぶかも