その4
その後、地球ではモニター希望者がどんどん増えて来て、地球人に化けた宇宙人たちが選別する為に地球に向かった。そして、健康状態に問題のない熟年男女たちが眠らされ、陸続と宇宙ステーションに送り込まれた。
集められた地球人たちには、単なる研究材料として呼んだわけではなく、色んな宇宙実験に自主的に参加出来、それぞれにおいて参考データを取らせて貰う予定であることが説明された。
たとえば、超光速宇宙船タキオン号に乗ることによって時間の遅れの検証、ブラックホール近辺に航行することによる物理的変化の検証等である。
モニターが一定数集まり、誘い出す役目を終えた大林盛夫もタキオン号の試乗実験、実際には人体実験に使われることになった。
元々小心な大林は、勝手に連れて来られるのならともかく、説明をよく聴いていると、簡単に納得するわけには行かない。また大林好みの可愛くて若いお姉さんに化けている浅田のりに、
「でも、私はブログを書くぐらいしか出来ないよぉ~!?」
「大丈夫よぉ。あなたはここでしているのと同じように、タキオン号の中から定期的に様子を知らせてくれればいいのぉ! 操縦はロボットがしてくれるし、分析は私たちがするから心配いらないわぁ~」
今回は他の地球人もいる手前、のりは少し鼻に掛かった可愛い声を実際に出して、説得に掛かる。
その見た目と声に大林はこれまでより強気になり、
「でも、一体どこに、何を確かめに行くんだぁ!? 本当に安全ならば自分たちで行けばいいじゃないかぁ~!」
「もっともな疑問ねえ。確かにそうだけど、あなたたちもきっと知りたいはずのことを調べに行くのよぉ。たとえば、タキオン号を超光速で飛ばすと本当に時間を遅らせることが出来るのかぁ!? これは私たちなら既に日々経験しているから分かっていることだけど、あなたたち地球人には中々経験出来ないでしょう? それだけではなく、ブラックホールに近寄るにつれて、本当に時計の進みが止まったようになるのかぁ!? ブラックホールからの想像出来ないほど莫大な重力に耐えて吸い込まれ、入ってしまったとき、突き抜けて別の宇宙におけるホワイトホールから出ることが出来るのかぁ!? 推測ではそれは時間が反対に進む宇宙と思われるが、本当にそうなのかぁ!? 更に、若返り作用を有効利用出来るかぁ!? そんなことを本当に知りたくない? 私たちが持っている優秀な科学技術を提供するのだから、あなたたちが体力ぐらい提供してくれてもいいと思うわぁ~。ねえ、そうは思わない?」
あにはからんや、一般向けの科学雑誌でしか読んだことがないようなことを立て板に水のようにのりに捲くし立てられて、大林は、そんなことが本当に分かるのならば実験飛行してみるのもあながち悪くないような気がして来た。
「う~ん、確かにぃ・・・。でも、それが何で私なんだぁ~!? これだけモニターを集めれば、もっと勇気があって、相応しい奴がきっと他にいるだろう?」
「いいえ、適度な臆病さも持っているあなただからこそいいのよぉ。それに、これも何かの縁ねぇ。あなたが送ってくれるレポートなら、きっと信用出来ると思うのぉ・・・」
そう言われると弱い。のりは地球人の中年オヤジのツボを抑えているようだ。
「分かったぁ。のりがそこまで言うのなら取り敢えずやってみるよぉ。でも、眠っている間にやったことがある超光速飛行はともかく、ブラックホール近辺、ホワイトホールを突き抜けての飛行なんて本当に可能なのかなあ!? 全くの理論だけなら危険過ぎるような気がするなあ・・・」
「全く例がないわけではないのぉ。そこまで実験したのではないんだけど・・・」
そう言いながらのりはパソコンを操作し、2枚の写真を見せた。
「ほら、この2人をよく見てぇ!」
「うん? 何だかよく似ているなあ。親子かぁ~?」
「ウフッ。前は私たちのことがみんな同じように見えると言っていたけど、区別がつくようになったのねぇ。この2人、似ていて当たり前よぉ。同じ人物だものぉ・・・。それも、旅行前と旅行後だから、撮った時期はあなたたち地球人の時間で1か月ほどしか離れていないのぉ。不思議でしょう?」
「道理で・・・」
「どっちが前だ、ってぇ? 不思議なことだけど、この老けている方が前なのぉ! それで飛行データを解析してみると、どうやらブラックホールに飛び込み、突き抜けたらしくて、向こう側のホワイトホールから抜け出し、縮む宇宙を体験して来たのではないかと推測しているのぉ。今まで此方の現象として時間が縮むことまでは日常的に経験し、有効利用することが出来るようになっているけどぉ、時間の逆行までコントロール出来るなんて、ねえ面白いと思わない?」
大林にはもう何が何だかわけが分からなかった。
そして暫らく形だけ迷った後、縁と言われたのりの言葉をもう一度信用してみることにした。
「分かったぁ! ともかくやってみるけど、約束して欲しいんだぁ」
「実験が成功したら地球に返して欲しいということぉ?」
のりに先へ先へと気持ちを読まれてしまうことにもすっかり慣れ、大林は妻の侑子とは遠い昔になくなってしまったその以心伝心の会話を、心地好くも感じるようになっていた。
「そうだぁ!」
「分かったわぁ。安心して、希望通りにしてあげるから・・・」
「でも、しつこいようだけど本当に・・・」
「そんなに遠くまで出掛けて、電波が届くのか、ですってぇ? それも大丈夫、私たちの通信は、本来は声を出さずに、何の変化も見せずにも喋れることから分かるように、音や光とは違う方法で伝わっているのぉ。信号だけなら、あなたたちでは考えられない距離や時間を越えて、瞬時に伝えることが出来るのぉ。そうねえ、この宇宙内ぐらいでなら、端から端まであっと言う間に伝わると思うわぁ~。でも、ブラックホールからホワイトホールへと抜けて、別の宇宙に入ったときには分からない・・・。今までの数少ない例では、多分連絡が途絶えると思うわぁ~。そのときはパソコンに文章として残しておいてねぇ」
「うん、分かったぁ・・・」
不安ながらも大林はのりの言葉を何とか信じようとし、タキオン号に乗って超光速の宇宙旅行に出掛けた。そして、1時間毎に簡単なレポートを送った。
そして先ず、光速付近での飛行中に送ったレポートに対する返事が来た。
「1時間毎に送ってくれているはずのレポートが此方では1日ずつ開いて着いています。速度からの計算とも合っていますし、今のところ理屈通りのようです。次はブラックホール付近に向かって下さい」
「分かったぁ!」
それから超光速飛行に入り、それでも何年も掛かって指定されたブラックホールの強い影響が感じられる辺りにやって来た。
と言っても、タキオン号の中では大して時間が経っていないように感じられ、大林は退屈することなく1時間毎にレポートを送っていた。
「さて、これからどうすればいい?」
「もっと近付いてみて下さい」
「分かったぁ!」
大林は覚悟を決めてブラックホール近辺に向かった。
流石にタキオン号がぎしぎしと歪むような音を立ててはいるが、何とか持っているようである。宇宙人たちの技術の高さに改めて感心させられる。そんなことも含めて大林はレポートを送り続けた。
そして、丸1日ブラックホール内で揺られて、脱出したのはどうやら別次元の宇宙に繋がるホワイトホールだったようで、未だ小さく、次から次へと星が出来つつあった。
「聞こえますかぁ~!?」
「・・・・・・・・」
「やっぱり駄目なようだなあ。のりが言っていた通りだ。仕方がない。書いておいて、後で送るかぁ~!?」
宇宙通信
今、私は不思議な世界に来ています。未だ生まれてそう時間が経っていない宇宙のようで、端が割と近くにあるように感じられます。それに、非常に暑く、次から次へと星が生まれているようです。未だ生命反応は感じられません。生命の誕生は未だ先のことのようです。
全体的に密度が濃く、明るい気がします。注意しないと、色んな物にぶつかりそうですし、また色んなものが飛んで来ます。
それからタキオン号は出て来たホワイトホールに向かって突入し、何とか元のブラックホールから脱出することが出来た。
「フゥーッ」
そして、突然、連絡が通じ始めた。
「今、溜め息が聞こえましたが、もりお、聞こえますかぁ!? 聞こえていたら応答をお願いしますぅ!」
大した時間しか経っていなくても、大林は久し振りにのりの声を聞いた気がし、やっと生き返った心地がした。
「嗚呼、聞こえるぅ。ブログ、読んで貰えたかなあ? どうやら、私は違う世界に行っていたようだぁ・・・」
「そのようね。お疲れさま。期待していた以上のデータも取れているわぁ~。これで宇宙の解明が更に進みそうよぉ! タキオン号の点検、補修があるでしょうから、その間に少し休んで、今度はホワイトホールの方に向かってください」
そして暫らく後、整備を終えてまた大林を乗せたタキオン号は何年か掛けて指定されたホワイトホールの近くまでやって来た。
そこからは怖ろしい勢いで光や物質を噴き出している。しかし、別の宇宙からホワイトホールへの突入を一度経験している大林は躊躇することなく飛び込んだ。
向こう側のブラックホールから飛び出した宇宙は不思議な感じがした。膨張し始めている宇宙とは違って勢いが感じられないのである。同じように端が見えるほど小さいのに光は薄く、暑くはなさそうだ。それに、星がどんどん死に絶えているように思われる。
その中でも通信は途絶えてしまったので、パソコンの中にレポートを残しつつ、大林はスピードを緩めて暫らく飛び回った。
すると、スピードを緩めたタキオン号の中では不思議な現象が起こり始めた。何と、時計が反対に回り始めたのである。
「もしかしてこれが若返りなのかぁ!? のりが言っていたことは本当だったんだなあ・・・」
黒と白逆にしたなら時間まで
逆さになって若返るかも