科学者の中には宇宙が幾つもあると考える人がいて、宗教家の中には世界が何層にも分かれていると考える人がいる。どうやら、それは本当だったらしい。ある世界で少年が1人で遊んでいた。
「ブゥーッ、ブゥーッ、・・・。どうも上手くいかないなあ。よし、もう一度やってみるかぁ~。ブゥーッ、ブゥーッ、・・・。やっぱり駄目だぁ・・・」
そこに髭面の大きな男が通り掛り、
「フフッ。まだまだだなあ。フフフッ」
「あっ、お父さん。笑ってないで、どうすれば上手く行くか、教えてよぉ~」
「教えてやってもいいが、上手く行ったとしても、後の世話が大変だぞぉ! お前にそれが出来るかな?」
「大丈夫だよぉ。友達はみんなやっているしぃ、僕にだって出来るよぉ~」
少年は口を尖らせて言う。
父親は仕方がないなあ、と言う表情をしながら、
「分かった、分かった。これが出来てこそ一人前だからなあ。それじゃあ、まあやってみるかぁ!? 先ず泡玉を口の中で転がし、ブクブクとして来たら、ほら、こんな口をしてなあ・・・」
と言って、口を蛸のように尖らせた。
「それからなあ、ゆっくり、大きく開いて、前へバーと吐き出す。それで大きく膨らんで行くはずだぁ!」
「何だ。簡単じゃないかぁ!? よし、早速やってみよう」
少年の顔は自信を取り戻し、パッと輝いた。
その単純さに父親は顔を少し曇らせて言う。
「おいおい。父さんは何度もやったことがあるから簡単に聞こえるかも知れないが、後の世話だけではなく、本当は吐き出すときに大事なことがあるぅ・・・」
「何だよ、それぇ!? 教えてよぉ」
「う~ん、お前に出来るかなあ?」
父親は少し迷っている。
「もったいぶらないで、早く教えてよぉ!」
「分かったぁ! 最初から上手く行かなくても仕方がない。まあやってみることだぁ。失敗すればつぶせばいい・・・。吐き出すときに大事なことは、心を清め、真っ白にすることだぁ。そうしないと、吐き出すときの気持ちが泡の中に入り、中が騒々しくなる。あっ、こんなことをしていられない! 父さんはちょっと大事な用事があるから、後は言ったようにやってみなぁ」
父親はそう言い残し、慌てて立ち去った。
その後、少年は父親に教えられた形を何回か真似てから、泡玉をブクブクバーと吐き出した。
すると泡玉は見る見る膨らみ、広がり始めた。
少年は暫らくキラキラして目で眺めていたが、辺りを覆い尽くすほど大きくなった泡に吃驚し、
「あっ、針で突付かなきゃこのままでは無限に広がっちゃう!?」
ポケットから針を取り出し、彼方此方突付き始めた。
すると泡が幾つか壊れ、膨らんで来るのと均衡が取れて来た。
「どうやら上手く行ったようだなあ・・・」
少年は胸を撫で下ろした。
その内に泡の中では色んな変化が起こり、その奥の方でちょろちょろ蠢くものが見え始めた。
「あっ、どうやら友達が言っていた生物が生まれたらしいぞぉ!?」
少年の顔は嬉々と輝いた。
それからまた暫らくして、用事を終えた父親が戻って来た。
「どうだぁ。上手く行っているかぁ!?」
そう言いながら鋭い目で広がった泡を見詰める。
少年は少し不安になりながらもちょっと得意げに、
「どう。綺麗に膨らんでいるだろぉ~?」
「まあそうだなあ。でも、大事なことはどんな生物を生み出し、育てるかだぁ。それで品性を見られるぅ・・・」
父親は小難しい顔をして言う。
少年は不満そうな顔をして、
「えっ、さっきはそんなことを言わなかったじゃないかぁ~!?」
父親も不満そうな顔になり、
「何を言う!? さっき言ったじゃないかぁ。吐き出すときの心が大事だとぉ・・・」
「それだけでは分からないよぉ! 父さんは何時もそうなんだぁ・・・。初めは大雑把にしか言ってくれなくて、後から文句ばかり言うんだからぁ・・・」
「まあいい。それでどんな生物が出て来たのかな?」
父親は目を凝らす。
「な、何だこれはぁ!? 喧嘩ばかりしておるし、自分たちでも色んなものを爆発させて騒いでいる。それにちょこまかと動いて落ち着きがないなあ・・・。何だかまるでお前みたいだぞぉ~。お前、泡玉を吐き出すときに本当に心を真っ白にしたのかぁ~?」
「いや、そう言えば昨日友達と喧嘩したときのことを思い出したようなぁ・・・」
「やっぱりぃ・・・。だから行く前に言ったように騒々しい世界が出来たんだなぁ。それでどうするぅ? このまま育てるのかぁ?」
少年は珍しく、暫らく考えてから口を開く。
「うん。育てようと思っているぅ」
「お前の品性を疑われてもかぁ?」
父親は静かに言った。
「それでもいい。それが今の僕だもの。確かにこの生物たちは僕と一緒で騒々しそうだけど、自分で言うのも何だけど、頭は悪くなさそうだぁ。ほら、宇宙論とか言って、泡の世界が小さな泡玉から始まったことや、泡状の構造を思い付き、それに僕が時々開ける穴のことをブラックホールとか呼んで薄っすら気付いている。中々賢いだろぉ?」
「フフッ。まあそうかも知れないなあ・・・」
父親も満更でもなさそうである。
しかし、再び顔を引き締めて言う。
「でも、この猥雑な世界はどうだぁ? これで本当にいいのかぁ!?」
「嗚呼、これでいい!」
「お前がそう言うのなら仕方がないがぁ・・・」
「確かに、今は未だ落ち着きがないが、そう棄てたものでもないと思っているぅ」
「そう言う意味はぁ?」
「たとえば、ボランティアとか言ってよく助け合い、自分たちの不足を補い合っている。それに、倫理や道徳と言って、よく反省もする。その内にきっといい世界になるはず・・・。うん、きっといい世界になるぅ! 初めから整っている世界よりよほど育てがいがあるはずだぁ」
そうきっぱり言う少年の顔は落ち着き、少し大人びて見えた。
父親は少し考え、覚悟を決めたようで落ち着いた表情になった。
「そうだなあ。それも悪くないかも知れない・・・。どうやらお前は父さんより勇気があるようだぁ。お前の思うような世界を育てたらいいかも知れないなあ・・・」
父親は静かに立ち去った。
此の世とはを尖らせブクブクバー
泡が膨らみ騒ぎ出すかも
騒いでも反省すれば其れでいい
何れ落ち着きし静まるのかも