その-5
令和2年3月3日、火曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、執務室に入る。既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを何やら熱心に見詰めていた。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
挨拶を交わした後、世界では新型コロナウイルス感染症の騒ぎが大きくなっていること、株価に大きな変動が起こっていること、身近なところでは昨日から大阪府の公立学校が休校になっていること等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
その後は暫らく考え、それからおもむろにメインで使っているスマホを取り出して、通勤電車の中でメモしておいたものを見ながら「神の手」に起こして行く。
朝のひと時雑詠
電車の中は学生がいなくても結構混んでおり、マスクを付けている人が大半であった。
昨日、我が家のトイレットペーパーが残り少なくなり、家族で分かれて買いに出た話は書いた。
その際、私だけではなく、別行動した家人と子どもも買えなかったそうで、子どもによると10軒は回ったと言う。
家人によると、5軒ぐらいだと言う。
一体どっちやねん!?
ともかく、多くの店を回ったが、何処に行っても買えなかったと言うことである。
えらいこっちゃ!
残り半日はどっと疲れが出て、皆でダラダラとして過ごした。
仕方が無い。
職場の近くでも探してみるか!?
そう思って、今日は何時もより1本早い電車に乗った、
以前より本数が減って、通勤通学時間帯に当たる早朝なのに14分も前になる。
仕方が無い。
何だかこの頃仕方が無いが増えている気もするなあ。
その分、少しは頭を使い、動こうとするから、まあ好いとするか。フフッ。 、
仕方無く頭を使い悪く無し
仕方無く頭を使いまあ好いか
またゴルフ、テニス等の世界ランキングが更新されている。
ゴルフに付いては報道されている分によると、男子の方が試合に出ており、現時点の実力が反映されているように思える。
女子の方は米国女子ツアーの数試合がアジア開催の予定だったのもあり、国内女子ツアーも含めて目ぼしいところが全て中止になっている。
当然、これまでの実績のみから再計算されている場合が多くなる?
その米国女子ツアーがアジアを離れた後も、国内女子ツアーを主戦場とする選手は活躍の場が狭まっている?
権利的には米国女子ツアーに出られる日本人選手でも、早目に決断して出国しないと、受け入れて貰えなくなる可能性も出て来る?
悩ましい話である。
ただ、米国男子ツアーを主戦場とする松山英樹がじわじわとランキングを上げ、また10位台に入って来た。
彼のように本物の力を付けていれば、こんな特別な状態でも、やきもきする必要はないような気もする。
たとえ東京オリンピックがこの夏に開けなくなっても、延期された結果、タイミングが合わず出られなくなっても、それだけのことであろう。
他にももっと実力が如実に反映され、面白いイベントが増えているような気がするなあ。フフッ。
もう五輪絶対の時過ぎたかも
五輪より燃えるイベント増えたかも
たとえば野球、サッカー、バスケットボール等のリーグ戦における戦力は五輪におけるそれよりも充実している場合が多い!?
それはまあともかく、結局、職場近くのドラッグストアでもマスクのみならず、トイレットペーパー、ティッシュペーパーの棚もすっからかんであった。
ご丁寧に、入荷予定は未定、と大きく書いた紙がべたべたと貼ってあった。
その後、ネットを検索してみたら、在庫はたっぷりあると言うツイッター、写真等が一杯上がっていた。
でも、事実として買えないもんねえ。
東京、大阪の人が密集している辺りはもう動いているのかも知れない。
今日辺りの昼頃からは私が住んでいる近所でも動くのであろうか?
それとも明朝辺りからか?
ともかく在庫はある、ということを今は信じておこう。
ペーパーの入荷を待ってむずむずし
その辺りまで書いて慎二が「神の手」の液晶画面を観ながらしみじみしていると、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二は、ちょっとは自信を持ちながらメルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せて問いかける。
「どう、これぇ~? 来る時に通勤電車の中でスマホにメモしておいたものを元に書いてみたんやけどぉ・・・」
「そうですかぁ~!? 毎朝、よう精が出ますねえ・・・」
半分呆れ、半分感心しながら、
「どれどれ・・・」
気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、
「ほんまやぁ~! マスクはともかく、トイレットペーパー、ティッシュペーパーの類が無いのは困りますねえ」
メルカリさんのところも子どもが多い所為か? 心底困ったような顔をしている。
共感されて気が楽になったのか? それともメルカリさんの困った顔を観ている内に面白くなって来たのか? 慎二はほくそ笑みながら、
「そりゃメルカリさん、マスクは一杯持っている、と前に言うてたもんなあ。フフッ。そやから、メルカリでマスクを高く売って、トイレットペーパー、トイレットペーパーをメルカリで買うたらよろしいやん。何やったら物々交換とかぁ~」
それを聴いてメルカリさんの目がキラリと光る。
「ほんまですねえ! 流石ブログさん、ええこと言いますねえ。物々交換やったら転売したことにならへんし、少しは気が軽くなりますねえ。それで必要なもんも手に入るわけしぃ・・・。なんて、そんなことしませんてぇ~。フフッ」
そう言ってメルカリさんは微苦笑を浮かべながら立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。
「おい、おい・・・」
と言いながらメルカリさんを目で追う慎二は、暫らくの間ちょっと羨ましそうな表情を浮かべていた。
2人の話を聞くともなしに聞いていたのか? 事務を担当している依田絵美里が慎二の机の上にお茶を置き、そばにそっとトイレットペーパーが8巻き入った袋を置いた。
「荷物になるかもしれませんけど、よろしかったらどうぞ。朝、余分に買っておいたのでぇ・・・」
慎二はパッと目を輝かせ、手に取って、
「えっ、まだ売ってたん!?」
「はいっ!」
「でも、荷物になるのは別にええねんけどぉ。依田さんに貰うのは悪いわぁ~」
そう言ってトイレットペーパーの袋を自分のところに更に引き寄せ、すっかり貰う気でいる。
《上げるなんてちっとも言っていないのにぃ! ほんまケチなんだからぁ・・・》
そう思ったかどうかは分からないが、絵美里は微笑みながら、
「いえ、何時も世話になっていますから、遠慮なくどうぞぉ!」
そう言って、静かに離れた。
それだけのことで慎二はすっかり元気を取り戻し、今日の仕事がえらく捗りそうな気になって来た。
同僚の人情感じ元気出て
辛い仕事も捗るのかも