sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

青春を懐かしむ人たち(6)・・・R2.4.12①

            第5章

 

        誰にでも心を揺する歌があり
        声を上げれば熱くなるかも

 

「と言うわけでありましてぇ~、君たちにも人生の黄金期とも言うべき青春時代を大事に生きて頂きたいのでありますぅ。それでは私の思い出の歌・・・」

 そこまで聞いただけで上級生の女子たちがくすくす笑い出した。

 続いて上級生の男子も、さも嬉しそうに言う。

「ハハハ。校長、またあれを歌うらしいなあ」

 未だ1年生の川端浩二には一体何のことか分からなかったが、どうやら北河内高校には恒例のことらしい。

「ハハハ。よっ、校長!」

「待ってましたぁ! ハハハ」

 上級生の男子が口々に言い、中々好い雰囲気である。

「こらこら。未だ全部言うてないやろぉ。人の話は最後まで聞かなあかん!」

 校長も満更ではないらしい。

「でもまあ、皆がお待ち兼ねのようだから、それでは改めてぇ~、えへん! 私の思い出の歌、『高校三年生』を歌いま~すぅ」

 そう言いながら校長は、慣れた様子でスタンドからマイクを外し、気持ち好さそうに歌い始めた。

 

  ♪あ~か~い~夕~日が~、校舎を染めて~、に~れ~の~木陰に~♪

 

《普段の濁声からは想像しがたい、若々しく、張りのある声やなあ。校長にはこの歌にまつわる、何か華やぐような思い出でもあるんやろかぁ~?》 

 浩二は何時の間にか歌の世界に引き込まれ、楡の木陰で佐々木祥子と並んでいる自分を思い浮かべて切ない気持ちになっていた。

 

 祥子は隣のクラスの子で、中学時代の活躍を耳にしていたバスケットボール部から熱心に誘われて入部し、直ぐにレギュラーになるほど溌剌としたところがあった。身長が173cmの浩二と並んでも、姿勢の悪い浩二よりちょっと低く見えるだけであったから、168cmぐらいはありそうである。

 それでいて普段は物静かで、友だちと噂話に花を咲かせるよりも,黙々と本を読んだり、セーターやマフラーを編んだりしているような子であった。

 元々運動が苦手であった浩二は、祥子のシェイプアップされた伸びやかな肢体が眩しくて仕方がなかったし、落ち着いた物腰にも強く惹かれるものを感じていた。

 それでは浩二と祥子が、個人的に付き合うところまでは行かなくても、話しぐらいしたことがあるのかと言うと、そんな事実は少しもない。挨拶すらも交わしたことがなく、浩二が一方的に憧れ、祥子の視線が自分の方を向いていない隙にチラッと盗み見ては溜め息を吐くのが関の山であった。全く時代遅れの、至極幼い恋ではないか!?

 そう言う意味でも、古きよき時代を偲ぶ「高校三年生」は川端の心を強く揺さ振ったのである。

 

 朝礼が終わって教室に戻る際、浩二は隣のクラスに入ろうとする祥子と鉢合わせ、思わず視線が合ってしまった。

「・・・・・・・」

 どれぐらいの時間であろう? 実際には僅か1秒にも満たないのかも知れないが、視線を外そうとしても外せず、川端の心が祥子で一杯になるのに十分な時間が流れた。

 そして教室に入り、席に着いてからも、浩二の頭の中には「高校三年生」が高らかにこだましていた。

 

        逸早く経験すれば偉いのか
        一目置かれご苦労のこと

 

 木島聡は学校において成績が特に好いわけでもなく、運動が出来るわけでもない。容姿も体格も十人並みであったから、本来ならその他大勢として目立たない生徒のはずなのに、男子生徒からは一目置かれていた。

 女子生徒からも、一目置かれているわけではないが、そっとしておく、と言った感じで、微妙な距離に置かれていた。

 木島が周りと違っていたのは経験と言う一点であって、それなりの進学校である北河内高校において当時としては珍しく、同級生の間山峰子と一緒に、勇気を持って未知の世界に分け入ったらしいのである。

 その点において極めて幼い浩二は、他の男子生徒ほどはっきりしたものではなかったが、木島にやはり少し違う雰囲気を感じ、戸惑っていた。

 軽い陰、湿り気、汚らわしさ、秘密と言った、今まで安住していた子どもの世界ではむしろ好いとは思われなかった、しかし少しは覗いてみたかった世界の匂いを感じ、どう扱って好いのか分からず、出来れば今暫らく触れずにおきたかったのである。

 浩二同様、他の男子生徒が憧れながらも逡巡するままに高校時代を過ごし、後からさも懐かしげに「高校三年生」等の青春歌謡を歌いながら切ない思いに胸を熱くするのに比べれば、そう言う意味でも木島の行動は、一昔前の青臭い青年たちにとって、ある種、称賛に値するものだったのかも知れない。

 

「昨日は思い出の歌のことからこの話に入ってみたんやけど、久保君の思い出の歌は何やぁ~?」

「思い出の歌かぁ~。そうやなあ、『高校三年生』もよう歌うたけどぉ、やっぱり『学生時代』や『修学旅行』かなあ・・・」

「その『学生時代』って、蔦の絡まるチャペルがどうたらこうたら言うやつかぁ~?」

「うん、そう・・・」

「あれぇ~? 早速何か思い出しているなあ・・・。ほれぇ、どんなことを思い出したんやぁ? 思い切って言うてみぃ。気が楽になるでぇ~」

「ハハハ。何が楽になるでぇ~、やぁ。何や取調べみたいやなあ。ハハハハハ。ここでは藤沢君の作品と言うかぁ、その断片みたいなもんについて感じたことを話し合うんやろぉ~?」

「まあそうやけどなあ。たまには久保君のことを言うてもええやん・・・」

「あっ、何や照れてるんとちゃうかぁ~!? 微妙な話も出て来たし、ほれぇ、本題に戻ろかぁ~」

「しゃあないなあ・・・」

「それでぇ、その佐々木祥子さんとはどうなったんやぁ~?」

「うん。結局何もあらへん。完全な片思いやったなあ・・・」

「挨拶もしなかったんかぁ~?」

「うん。何となく疎ましそうにされた気がして来てぇ、そうしたら急速に気持ちが醒めて来たんやぁ~。それに・・・」

「それにぃ~?」

「本当はこれぇ、一人のことやないんやぁ~」

「と言うとぉ~?」

「淡い気持ちを抱いて、疎ましそうにされたから急速に醒めたぁ、と言うところだけがこの頃本当やったことでぇ、他のことは何人かの、もっと気になる子らのことを適当に組み合わせてん・・・」

「ふぅ~ん、えらい気が多いなあ。そやから、一人とじっくり付き合われへんのとちゃうんかぁ~!?」

「そうかも知れんけどぉ~、直ぐに気持ちが入ってしまうからあかんのやろなあ・・・」

「そこをグッと抑えなあかんがなぁ!?」

「ほんまやなあ。もっと先輩を見習わなあかんわぁ~」

「俺のことはええねん」

「また逃げるぅ~」

「それはまあともかく、ほなあの場面で書きたいことはやっぱり思い出の歌と言うことかぁ~?」

「そうやでぇ~。そやから、最初から歌のことを聴いているやろぉ?」

「そう言うたらそうやなあ。でも、後の方のエピソード、結構思い入れたっぷりに書いてるやん!?」

「うん、あれは殆んど実話やねん・・・」

「やっぱりそうかぁ~。でも、あの頃は今と違ってそうやったなあ・・・」

「そうやろぉ~!? 全般的に言っても、中学で経験するなんて殆んど聞かへんし、先輩とこみたいな進学校やったら高校時代に経験するんでも珍しかったんとちゃう?」

「うん、うん。俺のところでもあんな感じやったでぇ~」

「それがこの頃は凄いでぇ~。それでももう10年ぐらい前のことやけど、高校生で普通やったしぃ、俺が暫らく勉強を教えていた奴が、『おっちゃん、俺は中2のときやってんけど、これでも早かった方やねん。それがこの頃の若い奴は凄いでぇ~。早い奴は小6ぐらいらしいわぁ~。何や悔しいなあ』なんて言うててんからなあ・・・」

「でも、そうなったら、何や痛々しいと言うかぁ、情緒なんかないなあ。普通の動物といっこも変わらへんように思えて来るわぁ~」

「うん、俺もそう思うねん。そやからあそこでもぉ、微妙に気になる、ある種の称賛に値する経験ではあるけども、出来たら自分はもう少し先延ばしにしたい気持ちである、と言うようなことを書いたわけやぁ~。大人への門を潜らないことによって、もっと広げられる精神的な世界もあると思うねん。たとえば、今、小4になる息子が小1のときに性教育の授業があってんけどぉ、男女の内性器から外性器、それに受精のことまで、事細かに教えるわけやぁ~。俺らのときみたいに、結局何も教えて貰わず、全て外から漏れるような形で入って来る,なんて言うのも変やけどぉ、あんまり一部の事実だけを早く教えてしまうのはどうかと思うわぁ~」

「そうやなあ。何や、丸っきり他の動物と一緒のようで、味気ないなあ」

「そうやろぉ~? 味気ないわぁ~。何れ教えて行く気かも知れんけどぉ、先ずは縁があってこの世に生まれて来た掛け替えのない存在なわけやぁ~。その掛け替えのない存在である男女が出会い、愛し合い、やがてどんな風に子どもが生まれる、と言う風に進んで欲しいなあ・・・。そう言うたら、何年か前に久保先輩が近所の中学校で性教育の模範授業を担当したとき、宇宙の創生、生命の誕生から入って行ったやろぉ~? 迂遠そうに見えても、そんなところを抜かして欲しくないなあ。どうせ小1からやるんやったらぁ、絶対そうやなあ・・・」

「珍しく俺の仕事を誉めてくれるなあ。認めてくれて有り難う!」

「いや、いや」

「でも、えらい力が入ってるなあ。そんなに思い入れがあるんやったら、藤沢君がこの地域の性教育啓蒙活動を担当したらええのにぃ・・・」

「それがやなあ、やっぱり実践経験が乏しいもんで、人に教えるほどの余裕がないねん。やっぱりそこは経験豊富な久保先輩の方が絶対相応しいと思うでえ」
「でも、藤沢君は一杯人を好きになった分、精神的な世界を広げられたんとちゃうんかいなぁ~!?」

「いや、精神修養論も勿論必要やけど、それが過ぎたら、人類は衰退するやろぉ? 過ぎたるは及ばざる如しやぁ~」

「何のこっちゃ!?」

「ほんまやでぇ~。あんまり美しい世界ばっかりに遊んでたらあかん。ほら、今流行りの韓流ドラマ、冬のソナタホテリアーの主人公みたいに行儀がよ過ぎたら、中々子どもが生まれへんやろぉ~?」

「そんなん言うたら、世の中の夫婦はみんな行儀が悪くて、その結果人類が繁栄したみたいやないかぁ~!?」

「まあまあ。怒りなやぁ~。でも、宗教的な意味でもそんなことない? 我々凡人は色々知って普通の大人になって行く。でも,聖人は出来る限り快楽を絶って、精神修養を積む。なっ、そんなもんやろぉ~?」

「まあそんなもんかも知れんけどぉ、他人から凡人やなんて言われると、今一すっきりせえへんなあ・・・」

「ごめん、ごめん。でも人は適当なときに大人への門を潜って、適当に行儀悪っ・・・、いや柔らかくなって行ったらええと思うでぇ~」

「何や上手いこと逃げに掛かったなあ」

「そんなことないってぇ! ほんまやでぇ。適当に柔らかくなってこそ他の人と末永く愛し合えるわけやぁ。社会の中で生きて行けるわけやでぇ~。でないと、不完全な人間同士、喧嘩別ればっかりしてなあかん。引きこもってばかりしてなあかんやろぉ~?」

「おっ、今度は夫婦論から人間関係論まで話を広げたなあ」

「いやいや。でも、そろそろ、初めは一体何のことを話していたのか、分からんようになって来たわぁ~」

「思い出の歌に経験の早さが必ずしもよくはないと言うことやろぉ~?」

「よう覚えているなあ。それに,冷めてるわぁ~。でもまあ、久保先輩はその大人さ加減がええんやろなあ・・・。その点、俺なんか直ぐに彼方此方脱線してしまうから、あかんわぁ~。中々話が纏まらへん」

「ハハハ。君はそれでええのとちゃうかぁ~? 君があんまり纏まったら、世の中小さく纏まった奴ばっかりで面白くない・・・」

「うっ。そんな言われ方したら喜んでええのかどうか、複雑な気がして来るなあ。何やトリックスター言うかぁ、道化師みたいやなあ」

「ハハハハハ。何でもええやん。ともかくそれぞれに自分の役割があると言うのはええこっちゃ」

 

        其々が役割持って生きて行き

        世の中其れで上手く行くかも