第1章
大学で何を学ぶか分からずに
唯入ること其れが目標
何となく理系科目が出来た故
理系に向くと単純なこと
中学では予習しなくても全く問題なかった授業が、進学校である北河内高校に入ってからは全く分からなくなった。
或る日の数学の授業において、川端浩二は当てられて立ち、教師に質問されたことに何一つ満足に答えられなかった。
「はい。もういいから座ってぇ~。今度からもう少し予習しておくように!」
数学教師の迫田耕作に言われて席に着いたとき、浩二は消え入りたい思いであった。
そこに隣の席の青井健太が追い討ちを掛けるように言う。
「フフッ。お前、めちゃ格好悪かったなあ。フフフッ」
その屈辱が強いトラウマとなった浩二は、2年生になる頃から家庭学習を意識し始めた。
と言っても、今まで家で満足に勉強をしたことがない浩二は、何をどんな風に勉強すれば好いのか? さっぱり分からず、雲を掴むような状態であった。
それでも今までやったことがないだけに、下手でも何でも、やれば効果が感じられ、定期テストの成績が国公立大学の一期校を狙えるレベルには上がって来た。
要するに、幼児が目にするもの、耳にするものを海綿のように吸収して行くようなものだろう。
1学期末の担任教師の岡元敦との面談でのことである。
「それで、川端君。君はどの辺りの大学を狙っているのぉ?」
元銀行員だった岡元は、終始笑顔を絶やさず、優しく聞いた。
1年生の時には国公立に行けるかどうかの成績だった浩二は、今回の成績だけで自信を持って言えるほどの気の強さはなく、ためらいがちに、蚊の鳴くような声で答える。
「あのぉ~、大阪市立浪速大の化学科辺りを・・・」
その返答に岡元は空かさず、
「それなら国立の浪速大にしなさい!」
自分の母校であり、関西では国立京奈大に続く国立一期校の総合大学でもある国立浪速大の方を勧めた。
担任とすれば、その時の上がり具合を本物と見たのだろう。笑顔ではあったが、岡元の声は冷徹な観察者のそれであった。
それから浩二は疑いもなく国立浪速大に行くものと思い始めた。この辺り、まことに単純に出来ている。
単純と言えば、浩二が咄嗟に化学科を選んだのはもっと単純な理由からであった。定期テストにおいて化学なら覚えるだけで簡単に点が取れたからである。
浩二は論理的、分析的に物事を考えるより直感に従って動く方であるし、実験はむしろ嫌いな方であったから、本来化学科などを選ぶべきではなかったのかも知れない。
そんなこともあったのか? 実際には理系と文系のコラボとも言える心霊科学科に進んだのであるが、それはまた後の話。
ともかく、浩二が高校の科目で面白いと思って勉強出来たのは古典だけであった。案内者である国語教師の山路彰浩の造詣が深く、ユーモラスだったことも勿論関係があっただろうが、浩二自身のゆったりとした波長が古典の世界に合ったようである。
入るのが目標だった大学に
何とか受かりそれなりの日々
浩二が大学に入ってからも面白く感じ、熱心に出席したのは古典の授業だけであった。
物理、化学、数学等の理系科目は高校時代のような数理パズルの域を出て、益々理系らしくなって行ったから、すっかりお手上げであった。
それでも何となく自由な雰囲気のある大学生活が気に入り、浩二は毎日機嫌よく通っていた。
「どうやろぉ、久保先輩? この辺り、志望大学を決めるときのことを思い出し
ながら書いてみたんやけどぉ~、先輩は最初から自分で決めることが出来たんか
なあ?」
「いや、そんなことはないよぉ~。俺も藤沢君と同じようなものやぁ! 俺の場合は父親が国立の京奈大学理学部で猿の研究をやっていたもんやから、自分もずっと京奈大の理学部に行くもんと思てたんけどぉ、ちょうど君と同じような時期に、君とは反対に、そりゃ難しいでぇ、どうしても行きたいんやったら今から予備校の講習でも受けながら頑張ってみぃ、なんて担任から言われたんやぁ~。それで言われたようにしてみたんやけどぉ、現役のときにあっさり落ちてしもたぁ・・・。後から入学試験での点数を問い合わせてみたら、合格点に100点以上足りへんし、浪人中もあんまり伸びなかったから、志望校を市立浪速大に変えて何とか受かったんやぁ~。それも、何時の間にか志望学科が地学に変わってしもたぁ・・・」
「ふぅ~ん。そうやったんかぁ~。でも、先輩は希望していたのと同じ理学部を選んでいるし、動物学以外に興味を持てることが見付かったわけやろぉ~? それやったら別にええやん・・・」
「そんなことないって! 他人のことはそんな風にいいように思えるかも知れんけど、別に地学が好きやったわけやない。市立浪速大の理学部では地学が一番入り易かっただけやねん・・・」
「それで大学に入ってからはどうやったん?」
「それも君とそんなに変わらへんでぇ~。君の場合は未だ文学にでも興味が持てたから
ええけどぉ、俺の場合はサークル活動が楽しかっただけやぁ~」
「もしかしてそれ、今も趣味にしている落語ぉ~?」
「そう、落語。落研が一番楽しかったわぁ~」
「でも、サークル活動でも何でも、楽しいことがあったからええやん!? それが今まで続いているんやから、十分やと思うわぁ~。俺なんか、比較したら古典がましやったというだけのことやし、それも1回生の半期で終わってしもたんやからぁ・・・」
「ハハハ。えらく他人のご飯が白く見えるらしいなあ。ハハハハハ。そんなに好きやったら、文学部でも何でも受け直したらよかったのにぃ・・・」
「そこまでは根性ないねん。実際受け直した奴もおるけど、俺より大分出来るのにあっさり蹴られたしなあ・・・」
「そうかぁ~。ほな、大学時代、何が一番楽しかったん? やっぱり俺と同じように、サークル活動かぁ~?」
「いや、確かに高校、大学と7年間も柔道部におったけど、今より大分細かったから、押さえられたり、投げられたりばっかりやったし、何が面白かったのか? さっぱり分からへん・・・」
「ほな、一体何が楽しみやったんやぁ~?」
「改めて考えて直してみても、何が楽しかったのか分からへんなあ。自宅通学やし、
取り敢えず休まんと行ってただけ言う感じやなあ・・・」
「ふぅ~ん。でもまあ、大学ではそんな奴も多かったんとちゃうかぁ~!?」
「ハハハ。別に慰めてくれんでもええよぉ~。大学に行くのが嫌やったわけやないしぃ・・・。今から考えたら、大学生と言う自由な立場をそれなりに楽しんでいたんやと思うわぁ~」
「そうやなあ。あれほど自由なときはなかったなあ・・・。中学、高校時代に比べて頭や体にある程度自由が利くし、あの頃はお金の方はあんまりないけど、時間だけは幾らでもあった・・・」
「うん。実際には就職試験や卒業実験に追われたりもしてたんやけど、無限にあるような気がして、毎日ただぼぉ~っとしてたなあ・・・。それがよかったんやろなあ!?」
「うん。マジで俺もそう思うでぇ~。後から考えたら惜しいような気もするけど、あんな無駄な時間があったから、自分なりには余裕が出来たんやと思うわぁ~」
「フフッ。自分なりにね・・・」
「それでええやん。自分なりに幅が出来て、後の人生が少しは潤ったやろぉ!?」
「う~ん。本当にそうかなあ。先輩の場合は大学卒業して直ぐにこの職に就いて、その年に結婚もしたんやから、言うたら順風満帆やけどぉ~、俺の場合、就職だけやなく、恋の方でも彷徨っているからなあ・・・」