sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

青春を懐かしむ人たち(5)・・・R2.4.11②

            第4章

 

        ついフラリ覘いた所為で道着着て
        其の儘ずっと続けるのかも

 

 川端浩二が北河内高校で柔道部に入ったのは、高校入学直後の浮かれた気持ちが大きかったように思われる。

 高校生活が始まって間もない頃の放課後、浩二が体育館付近をぶらぶら歩いていると、横幅のごつい2年生の橋詰勲が精一杯の笑顔を作って、

「おいおい、そこの君ぃ! ちょっと柔道着、着てみいへんかぁ? 着るだけでええねんからぁ・・・」

 と誘った。

 浩二は何となく、着るだけならいいか、と言う気になり、着替えたところ、腹筋、腕立て伏せ等の基礎トレーニングや、軽めの練習をさせられ、大仰に褒められたような、茶化されたような・・・。要するに乗せられたのである。

 帰ってから浩二が母親の雅恵に言うと、

「入るのは別にええけどぉ、止めたいときに止められるのかぁ? しっかり確かめとかなあかんでぇ~!」

 まるでたこ部屋のように言う。

 それが浩二の反骨心に火を点けたのかも知れない。体を激しく動かす心地好さもあったのだろう。翌日も道場を覘いてみることにした。

 そして、そんな他愛無いことが切っ掛けで、浩二は高校、大学と都合7年間も柔道をすることになった。

 

        弱くても続けることで自信付き
        男らしさを意識したかも

 

 柔道部において浩二は、日々立っては投げられ、寝ては押さえられての繰り返しで、一番弱かった。根っからの小心者であるし、当時は173㎝の身長に体重が58㎏ぐらいしかなかったから、力も目立って弱かったのである。

 幾ら北河内高校が地域2番手の進学校だから全体的に体格に恵まれないと言っても、橋詰を初め、上級生たちは同じぐらいの身長なら体重が10㎏から20㎏ぐらい重く、浩二と同じ新入生でも5㎏から15㎏ぐらいは重かったのである。

 それでも浩二が止めることなく通い続けたのは、心配性の雅恵の所為でどこに入っても三日坊主に終わる兄の正一と同じようになるのだけは嫌だ、少しは違うところを見せたい、と言う気持ちが強かったからのように思われる。

 兄のようには心配して貰えない自分。だからこそ、少しは強いところを認めて貰いたい。

 そんな切実な思いが無意識の内にあったのかも知れない。

 それに、どうやら浩二には、瞬発力はなくとも、持久力はあったようである。続ける内に、毎日の練習がそう苦にならなくなり、特に腹筋、腕立て伏せ等の中程度の負荷に耐え続ける基礎トレーニングには人より秀でた面を見せるようになった。

 

        蚤の跳ぶ暗く湿った更衣室
        旧道場は昔の香り

 

        女子マネの献身的な笑顔には
        日々の疲れが癒されたかも

 

        若い頃色んな気持ち擦れ違い
        誰か独りに絞れないかも

 

 蚤が跳ぶ、暗く湿った建て替え前の旧道場。汗臭い柔道着、そしてむさい男たち。そんな柔道部なのに、不思議とマネージャーとして来てくれる女子が同学年から2人もいた。

 部員の誰かへの憧れもあったのかも知れない。

 それでも、毎日お茶の用意をし、擦り傷、打ち身、鼻血等の小さな怪我の手当てを分け隔てなくしてくれたのには感心させられた。

 

 それは学園祭のときのことである。クラスの出し物である狂言で浩二は太郎冠者を演じており、声は中々大きくならないながら、それなりに調子が出て来た。

 浩二が幕間に舞台から下り、教室を出たところ、女子マネージャーの早乙女恭子の笑顔があった。

「よかったわぁ~! 私、3回も見たのぉ・・・」

 丸くて大きい目をキラキラさせて言う。

 浩二が自分に向かう恭子の淡い思いを確かに感じた瞬間であるが、そのとき既に、浩二の胸の中には大野恵子の存在がどうしようもなく大きくなっていた。

 

「おいおい、藤沢君。俺のこと浮気者や、ちょい悪オヤジや、なんて揶揄するけど、君かて偉そうなこと言われへんでぇ~。ほんとの名前は分からへんけど、恵子さんのことを思いながら、恭子さんのことも捨て難いなあ、と迷てたんとちゃうかぁ~!?」

「何もいきなりそんなところから入らんでもぉ・・・。そりゃまあ悪い気はせえへんかったけどぉ~、それでも実際の俺は何時でも一途なんやぁ! いっこも迷ってなんかおらへんでぇ~。それに今回のテーマは柔道部に何となく入って、弱いくせに何となく続けていたことを少し考えてみることでぇ、女子マネのことは味付けの一つに過ぎないんやけどなあ・・・」

「ハハハ。分かってるよ、それぐらい。でもまあ、ちょっとからかってみたくなったわけやぁ。ハハハハハ」

「ほんと、久保先輩は人が悪いんやからぁ・・・」

「ごめん、ごめん。それで、柔道部のことやけどぉ~、今より大分スリムやってんなあ・・・」

「何や、お腹の方ばっかり見てぇ!? そんなところばっかりに感心せんといて欲しいわぁ~。そりゃ今はそのときよりも20㎏ぐらい太ってしもたけどぉ・・・」

「ほな、今やったら大分強なったんちゃうん?」

「またそんなことを言う・・・。確かに今の方が強いかも知れんけどぉ、今は高校の時のことを思い出してるんやぁ~!」

「そうやった、そうやった。それで、高校時代に黒帯を取ったわけやろぉ? 今、何段持ってるんやったぁ~?」

「まあ高校時代に初段を取ったけどぉ、それもみんなが引退した後、最後の最後に漸く取れたんやぁ。大学に入ってからは昇段試験を受けに行ってないから、今でも初段しか持ってないしぃ、もし行ってても二段にはなられへんかったと思うわぁ~」

「でもこの前、近くの曙支援センターまで研修に行ったとき、あのごっつい利用者が落ち着かなくなって暴れた時でも,いっこも慌てんと、涼しい顔で押さえていたからぁ、やっぱり素人とは違うなあと思たわぁ~」

「まあ何もやってない人よりは形ぐらい知ってるけど、それだけのことやぁ。この前かて天井近くのエアコンを拭くのに足場にしていた机や椅子がぐらついて投げ出された時、満足に受身も出来ず,このあり様やぁ~」

「まあまあ。誰でもたまにはそんなこともあるよぉ・・・。それだけ年を取ったと言うことやろなぁ~。あんまり気忙しい仕事をしたらあかん。でもまあ、腕だけで済んでよかったやん。頭でも打ってたらえらいこっちゃ」

「ほんまやなあ・・・」

「そやけどやっぱりぃ~、それだけ続けられたと言うことは、どこか柔道部の居心地がよかったんやろぉ~?」

「いきなり話が戻るなあ!? 確かにぃ、柔道自体はものになったとはとても言われへんけどぉ、基礎トレーニングを含めて体を動かす喜び、自信とか、女子マネージャーも含めて仲間のこととか、道場の落ち着いた雰囲気とか、続けられたのには理由があるんやろなあ・・・」
「そりゃそうやぁ! 親兄弟に対する意地とか、それもあるやろけどぉ、そんなんだけやったらとても続けられへん。自分にも惹かれるところがあったからこそ続けられたんやと思うでぇ~。いわば、君の居場所やったわけやぁ~!?」

「そうやなあ。俺の居場所やったんやろなあ・・・。そう言うたら、恥ずかしいこととか、辛いこととかがあったら道場に逃げていたように思うわぁ~」

「ハハハ。それやったら今、家では殆んど家族が過ごすリビングに居付かんと書斎にこもっているのと変わらへんなあ。ハハハハハ」