22世紀も半ばを過ぎた頃、人間は純粋な科学だけでは理解出来ない存在を切実に認識するようになり、心霊科学の領域が益々注目されるようになっていた。そして、人は死ぬ瞬間に見聞きしたものに生まれ変わる、それは一定の知能を持った存在でなければ受け止め切れない等の知見が、ポピュラーなものになっていた。
その頃のこと、ある男(AOとでもしておこう)が事切れる瞬間、そばに居たのは金蝿とロボットだけであった。周りに居た人たちは生物にしか転生出来ないと思い込んでいたので、蝿になったと勘違いし、AOが亡くなってから、その金蝿(KBとでもしておこう)を大事にするようになった。
もしかしてAOが転生したそのKBを不注意に死なせてしまうと、KBの目は一体何処を向いているか分からないから、とんでもないものに転生するかも知れない、それでは亡くなったAOが可哀想だ、と思ったのである。
しかしAOの魂は、極めて精巧に作られたロボットを生物と認め、そこに乗り移ったのであった。
ロボットを出来る限り人間に近付けようと努力して来た長い年月は決して無駄ではなかったのである。確かに、人間の力で全てが出来たわけではない。入れ物としての身体、特に脳を物理的には殆んど近付けることが出来ても、魂だけはどうしても作ることが出来なかった。しかし、殆んど人間と言っていい入れ物を作ることが出来たからこそ、魂を入れることが出来たのである。それで満足すべきであろう。
ただ、そこに気付くには未だ暫らく掛かる。この時点では未だ皆KBにAOの魂が乗り移ったものと思い込んでいたのである。
KBは好き勝手に飛び回る。美味しそうなものを見付けると、素早く近寄って来る。
たまたまKBが、AOが生前に好んでいた妙齢の美女(MBとでもしておこう)に選んだかのように止まった。
そんなところを見て、皆大喜びする。それが亡くなる前のAOの習性にそっくりなように思われたのである。
しかし或るとき、MBがロボットのちょっとした異変に気付いた。前からロボットにしては気が利くと思い、重宝していたのであるが、プログラムしていないはずのことまでやってくれるのである。
たとえば、風呂上りなどに、「喉が渇いたわ」と言ったときに冷たいお茶を出してくれるのはいい。「ジュースかアイスでも出しましょうか?」と訊くのもいいだろう。しかし、エアコンが効き過ぎて少し寒く感じられ始めた頃に緩くしてくれたり、羽織るものを出してくれたり、気が利き過ぎている。
それに、MBの肌が露出しているとき、心なしか恥ずかしそうにしている気配を感じる。
《このロボット、何だか生きているみたいだわ!?》
それからと言うもの、MBはロボットに話し掛けるようになった。以前から、ロボットに話し掛けておけば趣味、傾向等を覚えてくれ、以後どんどん好みにあった働きをしてくれるようになる、と聞いていたので、違和感を持ちながらもそうして来たのであるが、この頃ではその違和感が全く無くなった。親身に聞いてくれているような気がして来たのである。
それからと言うもの、MBはロボットを益々手放せなくなり、外に連れ出すことも多くなった。
そうするとロボットはキョロキョロし始めた。それに、友だちでMBよりもっと清潔感を感じる美女(SBとでもしておこう)が来ると、其方に親切にしたりする。
《やっぱりロボットには心なんてない方がいいわ!? 浮気な男なんて、もうこりごりよ!》
MBは昔の苦い恋を思い出し、ロボットの脳に当たるCPUを入れ替えることにした。
《その前にCPUの記憶を消して貰わなければいけない。そうしないと、秘密にしておきたいことまで知られてしまうまで・・・》
CPUの洗浄も無事に終わり、新しいCPUと取り替えることが出来た。そして、新たにプログラムを読み込ませてロボットは元に戻った。
さて、それではAOの魂は何処に行ったのか!?
実はこのとき、ロボットのCPUの電源が完全に切られた瞬間があったのである。その瞬間、そばに居た知的生物はMBだけであった。
そう、AOはずっと憧れていたMBと一体になったのである。
それからと言うもの、MBは自分が常に誰かに見られているように思い、恥ずかしくて仕方がなくなった。
魂が記憶に残るものに乗り
身体を借りて生き延びるかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
これは15年以上前に、当時の同僚に見せようと思って書いたものを見直し、加筆訂正した。
今もそうであるが、原子、分子から有機物、アミノ酸、細胞へと組み上がって行く偶然? が信じられず、細胞が集まり、高等な生物になって行く過程で魂が生まれる? 過程がもっと信じられない。
ついつい魂と身体は別物ではないか!? と言う発想が生まれて来る。
そして偶然ではなく必然ではないか!? と言う考えも。
神様、超自然等、どう呼ぶにせよ、そんな存在からある考えのもとに生み出されたのが魂で、その入れ物が身体と考えたくなるのである。
まあ、人間とはそんな風に何にでも自分達好みの意味を持たせたくなるもののようだなあ。フフッ。
なんてことを書いていたらこの前同僚の秋山本純がこんなことを言っていたのを思い出した。
「藤沢君、そもそもウイルスなんて何の為に出来たんやろなあ?」
問いかけられたら何か答えなければ、とつい思ってしまう小心者の私は、暫らく考えて自信無げに、
「何の為って・・・。そ、そりゃ、増え過ぎて調子に乗り過ぎた人間を試す為とちゃいますかぁ~」
「藤沢君、えらい哲学的やなあ。フフッ」
「いやぁ~、そんなでも・・・」
ともかく、普通生き物には分類されず、忌み嫌われる存在であるウイルスとは一体何なのか!?
どんな意味を持つのか!?
まだまだ分からないことだらけである。
ウイルスに生まれた意味を問うたとて
黙って風に乗って来るかも