その1
今から暫らく先のこと、望遠鏡の技術が大分進み、50億kmぐらい向こうのものであれば、人間の顔ぐらいの大きさのものでもはっきりと、手に取れそうなほどに見えるようになっていました。
太陽から海王星までの距離が45億kmぐらいで、地球と太陽の距離が1.5億kmほどですから、地球と海王星の距離は遠くても50億km程度に収まるはずです。
それに、遠い場合は太陽側にあり、その理由で見えませんから、地球から海王星が見える時は45億kmぐらいのところにあることになります。
と言うことは、地球から海王星上にあるものは手に取るように見えるわけです。
そんな或る日、海野星雄博士がちょうど最近接の時期に当たる海王星に望遠鏡を向け、倍率を上げて行きますと、何やら動くものが見え始めました。
更に倍率を上げると、それは何と地球人にそっくりな生物であることまで分かって来ました。
おまけに、向こうからは何も使わなくても此方が見えるらしく、ニコッと笑うではありませんか!?
「おいおい。あんな遠くから俺が見えるのかなあ?」
思わず独り言ちますと、
『ええ、見えるわよ』
直ぐに言葉が飛び込んで来ました。
『あれえ、間には殆んど空気がないはずだから音なんか聞こえるわけがないのに、俺が言ったことをどうして分かるんだろう?』
『そんなの、直ぐに分かるわよ。ウフフッ』
『おいおい。今度は喋ってもいないのに、どうして分かったんだろう? さっきはてっきり唇の動きでも読んでいるのかと思ったが、それにしても光が4時間も掛かるわけだから、読んで直ぐに反応してもその倍の8時間以上掛かるはず・・・。?????』
『何をごちゃぐちゃ低レベルの科学知識で考えているの? ウフフッ』
『あっ、また笑った! 完全に地球人の俺を馬鹿にしている・・・』
『バカになんかしていないわ。私達の過去を観ているようで、ちょっと面白かっただけよ。あっ、こんなところで油を売っている場合ではないわ。では、さようなら・・・』
「・・・。おいおい、どう言うことなんだよぉ~!? 俺を独りで置いて行かないでくれぇ~!」
思わず声に出して海野博士は叫んでしまいましたが、もう何も見えず、聴こえませんでした。
いや、初めから何も聴こえてはいなかったわけですから、直接心に遣って来るものも無くなったわけです。
その2
それから3年ほど経った或る日のこと、地球で超新型コロナウイルス感染症が流行っておりました。
2020年に流行っていた新型コロナウイルス感染症の方は紆余曲折あって各国が協力するようになり、何とか予防することが出来るようになっていました。
そして、たとえ運悪く罹っても治療出来るようになって、暫らくはマスクの要らない生活に戻っていましたが、その対策が全く効かない超新型コロナウイルスは遥かに危険で、またマスク生活を余儀なくされるようになっていました。
しかも今度は新型コロナウイルスの時に効果があった口径数㎛の穴を有する使い捨ての不織布マスク程度では防げません。
分子(0.1~10nm、従って0.01㎛以下)も通さず、全て防げるような完全防毒マスクが開発され、漸く防げていました。
勿論、家の中に居ても同じです。
従って、地球上で住んでいながら、何だか大気圏外の宇宙で住んでいるのと同じような生活を余儀なくされ、漸く生き延びることが出来ていました。
その頃のこと、海野博士が防毒マスク、防護服等の完全防備をして、その重さによたよたしながら研究室に向かって歩いていますと、トントンと肩を叩く人がいました。
振り向くと、妙齢の女性がちょっとしなを作りながら、
「こんにちは」
そう言って、にこっとします。
「あっ、こんにちは」
海野博士が慌てて返事をしますと、周りの人が笑っています。
「ほら、海野博士、とうとうおかしくなったのかしら!? 誰もいないのに話し掛けている・・・。難しいことばかり考えて、そりゃおかしくもなるわね」
「ほんと、それ!」
「分かる、分かる!」
「激しく同意!」
皆好き勝手なことを言っています。
海野博士は不思議でなりません。
『皆どうして見えないのだろう? 聴こえないのだろう? それにこの女性はどうして何の防備もせずにいられるのだろうか!?』
首を傾げていると、妙齢の女性はまたにこっとし、
『そりゃ当り前よ。何も言っていないもの。それに、実はここに居ないの。だから周りの人には見えず、聴こえなくても当たり前なの・・・』
「おいおい、それは一体どういうことなんだ!?」
海野博士は益々訳が分からなくなり、独り言ちながら周りを見渡します。
「ほら、また勝手なことを独りで喋っている」
「あっ、近付いて来た。もしかしたら超新型コロナウイルスに感染したのかしら!? あれに罹ると酷い幻覚に悩ませられると言うし・・・」
その3
あんまり困らせるのも可哀そうに思えて来たのか、その女性はまた海野博士の心の中に直接話し掛けます。
『それではちょっと説明してあげるわ。先ず私の名前は、本当は名前なんかないんだけど、あなたたちが私達の住んでいる星をネプチューンと呼んでいるようだから、ネプちゃんとでも呼んで』
『何だかださいなあ』
海野博士が思わず心の中で呟きますと、
『言ったわね!? あなたたちのレベルに合わせて上げただけなのに・・・』
『あっ、ごめん、ごめん』
海野博士はちょっとおろおろし始めましたが、心の中での会話には慣れ始めたようです。
それでもおろおろしたり、時々ニヤッとするのは分かるようで、周りの人は気味が悪くなって来て、次第に遠ざかって行きました。
その後、ネプちゃんは海野博士に色々話したことによると、海王星に住む人達は、科学的には自分達よりかなり遅れているが、野蛮だと言われる地球人が襲って来ないように、地球人が使う電磁波系のエネルギーでは感知出来ない方法で存在を隠しているのだとか。
それを地球人はダークマター、ダークエネルギーとか一緒くたにして95%にも達する、見えないけど確かに有る存在で片付けているが、実はその中でも幾つかの物質、エネルギーに分かれると言います。
聴いている内に海野博士は訳が分からなくなったのか? うとうとし始めたので、ともかくそんなエネルギーで自分達を隠してはいるが、そのエネルギーは光なんかより遥かに速く、イメージ、メッセージぐらいは地球人の感覚で言うと瞬時に伝えられるのだとまとめました。
そう言われて益々混乱して来ましたが、事実としてそれを視せられ、聴かされているから否定しようもありません。
仕方が無いから、海野博士は次第にそれを受け入れ始めていました。
『そう! それで好いのよ』
そんな微妙な心の動きまで瞬時に読み取られてしまい、何時しか海野博士は心の中で戸惑いを言葉にするのも忘れていました。
その4
「そうかぁ~!? 分かった!」
「何が? 一体何が分かったの、お義父さん!?」
海野星雄は一瞬何のことか分からず、周りを見渡し、
「あれえっ!? 文美さんや。ネプちゃんは一体何処へ行ったんや?」
「ネプちゃんって、一体誰のことですか!?」
文美は暫らく考え、
「あっ、お義父さん、昨日遅くまで書斎でゴソゴソなさっていると思ったら、また新しいお話でも考えてらしたのですか?」
「?????」
星雄はまだこの状況が受け入れられないようで、応えずに彼方此方をきょろきょろと見回しています。
「文美、放っておいたり」
そう声を掛けたのは星雄の息子、王政でした。
「あつ、あなた・・・」
文美はそれでホッとしたようで、星雄の書斎から静かに出て行きました。
「あっ、王政! ネプちゃんは一体何処へ行ったんやぁ~!?」
星雄は未だ言い募ります。
「さあ・・・。マスクを忘れたから、取りにでも帰ったんかなあ?」
星雄のディスクトップパソコンの液晶画面を見ながら何か思うところがあったのか? 王政はニヤッとしながら言います。
それで少しは納得したのか? 星雄は胸を撫で下ろしたように、
「そうやなあ。そうや、そうや! マスクを取りに海王星まで戻ったんやわぁ。そうに決まっている・・・。ほな、戻って来るまでゆっくり待っているわぁ~」
そう言って星雄はまたうとうととし始めました。
その5
それから暫らくして海野博士が心地好い午睡から覚めますと、トントンと肩を叩くネプちゃんがおり、
『私のこと、話したわね!? でも、駄目よ。誰も信じてくれないから・・・。皆信じたいようにしか信じない。だから、分からないことは何でもブラックとか、ダークとか、ひとまとめにして置いてしまう。そして作り出した時間をどうでも好いことに使ってしまう。それが地球人なんだわ!』
『おいおい。今度はいきなり色々主張するねえ。ネプちゃん、何か腹が立つ事でもあったのかい!?』
『そう。さっきからあなた達家族の遣り取りを観ていて、地球人のことが何だか余計に遅れているように思えて来たの。どうでも好いことに時間を使い、勝手に忙しがっている。そして真実に近付こうとしているあなたをまるで呆け老人のように扱おうとする』
そう言われて海野博士はパッと目を輝かせ、我が意を得たりと言うように、
『そうだよねえ!? そうそう。俺の心の中なんて誰も分かっていない。俺がこんなに真実に近付こうとしているのに・・・』
『こんなにも何も、私が言っているだけですけどね。ウフフッ』
ネプちゃんは海野博士の調子好さが面白くなって来て、機嫌が直ったのか?
『それではまた・・・』
スゥーっと遠ざかって行きました。
『あれぇ!? ネプちゃん、ネプちゃん・・・』
「ネプちゃん!」
「お義父さん、お義父さん! 確りして!」
文美の叫ぶような声を耳にした王政もやって来て、
「そうしたんや、お父さん!?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「行ってしもたなあ・・・」
それから暫らくしてのこと、偉く身軽になった海野博士が海王星の上に立っていました。
『あれぇ!? どういうことやろ、これは?』
『あら、いらっしゃい。漸く逢えたわね』
『あっ、ネプちゃん!』
『ウフフッ。もうネプちゃんなんて呼ばなくて好いのよ』
『どうして!? それに何でも俺はこんなに早くここまで来れたんやろ? 地球があんなに小さく見える・・・』
訳が分からず、彼方此方目をきょろきょろさせている、つもりの海野博士を見てネプちゃんは
『まだこの状況に慣れず、地球人のつもりだから暫らくはそれで好いけど、もうあなたは地球人ではないし、ここに来るまでのあなた達の世界で言った肉体は持っていない。だから、光でも来れないような速さで瞬時にここまで移動して来たのよ』
『・・・・・』
『まだ分からないのね!? いや、受け入れられないのね。それで好いの。わたしもそうだったから・・・。まあ時間はゆっくりあるから、段々慣れて来るわ』
そう言いながらネプちゃんはスゥっと消えて行きました。
その6
それから30年ぐらい経った頃、海野星雄の息子、王政も星雄と同じように物理学、天文学等の研究生活を経て、老境に入っていました。
そんな或る日のこと、散歩をしていると、トントンと肩を叩く人がいます。
「おっ、何や!? 何か用か?」
その頃王政一家は大阪に移り住んでいたので、すっかり大阪弁に染まっていました。
それはまあともかく、叩かれた方を見ると、妙齢の女性がしなを作り、ニコッと微笑みながら待っていました。
『こんにちは。私、海王星からやって来たの。特に名前なんかないんだけど、落ち着かないんだったら、ネプちゃんと呼んでいいわ』
耳からではなく、そんな言葉が直接頭に入って来るので、王政は何だか落ち着かず、目をパチパチやっています。
「うん? どう言うこっちゃ!? 口も開けずに喋ってる・・・。腹話術かぁ~?」
周りからは王政以外は何も見えず、王政だけが喋っているように見え、ひそひそと
「あら、海野さんのお爺ちゃん、また独りで喋っているわぁ~。やっぱり呆けて来たんかなあ? 何でも、あの人のお父さんの星雄さんもそうやったと言うし、頭のええ人でも呆けて来るんかなあ?」
「いや、大学の先生とか、使い過ぎて、余計に呆けて来る、言うでぇ」
「そうそう」
「激しく同意」
また勝手な言い始めました。
星雄からある程度聴いていたので、思い出した王政は周りのことには構わず、またもう実際の声には出さずに心の声を発し始めました。
『もしかしたら、もうお迎えに来たんかぁ~!? まだ早いってぇ~。まだ行くのは嫌やでぇ~!』
そう聴いてもネプちゃんは少しも慌てず、
『怖いのね。あなたのお父さんもそうだったわ・・・。ウフフッ。でも、大丈夫! 今も声に出さずに喋っているし、私は海王星からあなた達地球人が言う一瞬でやって来た。ちょっと別の世界に行くだけのことだし、それも、その気になりさえすれば直ぐに移れるのよ』
『?????』
『そこまではお父さんから聴いてないのね? そりゃそうか!? あなた達は行った後、もう戻れないものね。分かったわ。簡単に説明すると、あなたはお父さんと同じように物理の勉強をしていたでしょ?』
『うん、まあそうやけど・・・』
『自信がなさそうね。ウフフッ。そりゃあなた達の物理って、分からないことはダークとかブラックとか言って置いているのはあの時と少しも変わっていないものね・・・』
『えっ、あの時って、もしかしたら父の時のことかぁ~!?』
『そう・・・。まあ好いわ。ともかく、あなた達の物理では質量が無視出来ないほど大きいから、光の速さを超えることは出来ない。だから動き難く、大抵のことは大層に思えるのよ。だからあなた達の言う魂が別の世界に行こうとして肉体を離れると、肉体の方は面倒だから焼いてしまう・・・』
『でも、それで終わってまうんやろ!? 色んな成果を上げ、幸せに生きて来た俺はもう何処にもあらへん・・・。そんなん、絶対に嫌や!』
『今まで何を聴いていたの!? 魂が別の世界に、ってはっきり言ったはずよ! それに、質量の無視出来ない肉体があるから動き難いわけで、それ故の執着もある。肉体を手放せば軽いものよ』
『ネプちゃん、やったかいな~?』
『ええ。それで好ければそう呼んで』
『それはもしかしたら、ネプちゃんみたいに光速を超えた速さで宇宙をスイスイ飛び回れる、ってことかぁ~!?』
『そうよ!』
『それに、永遠、とまで言わなくても、永遠に近い人生を得られる?』
『まあそこまでは分からなくても、私を見ればある程度は分かるでしょう?』
『ふぅ~ん、ほんまにそうなんかなあ~!?』
そんなことを話している内に気が軽くなって来たようで、王政の魂はふわふわし始め、スゥーっと肉体から離れて行きました。
「お爺ちゃん、お爺ちゃん。どうしたんや!? こんなとこで行ってしもたらあかんがなあ・・・」
「お爺ちゃん、どうしたんや!?」
「嗚呼、えらいこっちゃ!?」
周りは大騒ぎをしていますが、そんな皆を見下ろしながら王政は独りでほくそ笑んでいました。
『何や、死ぬことなんて何でもなかったんや!? また別の人生、いや、もう人生なんて言わへんのかも知れんけど、ともかく別の時間を持てるわけやぁ~! フフッ』
一方その頃、海王星では死への誘い人であるネプちゃんがもう1人(ネプ蔵とでも呼んでおきましょう)がしみじみと語り合っています。
『嗚呼、やっと肉体を離れてくれたわ。あの人のお父さんも怖がりだったけど、彼も輪を掛けた怖がりだったから、中々離れてくれなかった・・・』
『そうだったなあ・・・』
『だから少しは気が楽になるかと思って、時々物理の知識を足して上げた・・・』
『ふぅ~ん、それで最後はあいつらのレベルに合わせてダークやらブラックやらの登場というわけかぁ~!?』
『ええ、そう・・・』
『それで気が楽になるんだったら、まあ好いだろう』
『ともかく、また1人地球人が片付いたから、これでその生きて来た分と同じだけの時間が私に与えられる。また若返られるのよ! ウフフッ』
そう言うネプちゃんの肌は、星雄の相手をしていた時と少しも変わらず、いやその時以上に艶々としていました。
それからずっとずっと後のこと、流石のネプちゃんも疲れて来たと見え、多少ヨレヨレしながら海王星上を漂っていますと、トントンと肩を叩く存在がありました。
『えっ、何? ネプ蔵かぁ~!?』
振り向くと、見知らぬ人、と言うか、存在がそばを漂っていました。
『嗚呼、もしかしたら・・・』
ネプちゃんはずっとずっと昔に聴いていた上位のお誘い人のことを思い出したようです。
『そう。お迎えにきたよ』
『えっ、未だ早いわ! 私にはまだまだやりたいことがあるの・・・』
『まあそれは次の世界で。その方が更に動き易くなるし・・・』
そこに、遠くからネプちゃんの独り芝居でもしているかのように見える様子を視ていたネプ蔵が心配そうな顔でやって来まして、
『おい、どうしたの、ネプちゃん。誰も居ないのに、呆けたのかい!?』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この玉ねぎの皮むきのように終わる話は今書き終わったばかりであるが、思い付いたのは先週だったか? 海王星に怪しいシアン化ガスが漂っている、と言う記事を読んだのが切っ掛けである。
魂云々は別にして、実際に物質的には玉ねぎの皮むきのようなところがあって、そのレベルで人も他の生物も生き延び、転生すると言えなくもない!?
それを救いとする人もいるようだ。
私の場合、まだそんな心境には至っていないので、死後の魂の存在を信じたい派である。
そして、それを素直に信じるには余計な知識を身に着けて来たようで、死を考えると落ち着かなくなる。
それ故、時折こんなお話を書きたくなるのかも知れない。
ともかく、この話は上に書いたような事情なので、まだまだ不完全なものである。
これから色々足したり、削ったりしてぼちぼち仕上げて行きたい。