sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

小さくなあれ・・・2.4.4②

「MD(ミニディスク、録音再生用光ディスク)では沢山の曲を入れる為に音の無駄な部分が削ってある。同様に物には必ずある無駄な空間、いわば真空な部分を削れば小さく出来る。この考えを進め、生物にまで応用したのがこの縮小剤、チヂモンじゃ。これを飲めば、暫らくは締め付けられるような感じを受けるが、なぁ~に、そんなにきついものじゃない。これに耐えている内に、このボトルに余裕で入れるぐらいに小さくなれるのじゃ」

 そう言いながら、厚井夏雄博士は前に置いてあった500mlのペットボトルを持ち上げ、周りの皆に示した。

「どうじゃなぁ。誰かためしに飲んでみんかねぇ? なぁ~に、大して心配はいらん。さっき言ったことからも分かるように、このわしが実験台になって飲んでみたことがあるのじゃ。元に戻りたいときにはこの膨張剤、フクレンを飲めばよい。多少引き千切られるような感じがするが、これもそんなにきついものじゃない」

 そう言って笑う博士の顔が、多少引きつっているように見えたのは気の所為だろうか!?

 確かに怖かったが、それよりも好奇心の方が勝った私は博士の実験台として協力することにした。

「いいか。この緑の錠剤がチヂモン、オレンジの錠剤がフクレンじゃ。そうさなあ、長さで言って、それぞれ10分の1、10倍にする効果がある。くれぐれも間違わないようになっ! と言ったら緊張するかも知れんが、なぁ~に、心配することはない。色を変えてあるから、間違って逆になることがあっても、膨れてから縮むだけの話じゃからのう。ハハハッ」

 協力者が現れて博士は上機嫌である。

 しかし、人間は博士が思っている以上に頓珍漢なことをしでかすものである。特に私は天邪鬼に出来ているのか? 頭では分かっていても、ついつい逆のことをしてしまうことが多い。たとえば、右を曲がらなければと思っていても左に曲がってしまうとか、吸わなければと思っていた蒸気状の薬を吐いてしまうとか。

 このときもまさにそうであった。先ずチヂモンを飲んだのはよかったのだが、次にフクレンを飲まなければと頭では考えていながら、またチヂモンを飲んでしまった。怪しげな力に魅入られたとしか言いようがない。

 さすがに今度はきつかった。さっきより更に激しく押し縮められるような気がして、ぎゅっぎゅっぎゅぎゅと身体中で軋む音がしたかと思うと、私は気をうしなってしまった。

 どれほどの時間が過ぎたのか分からないが、気が付いたら私は、小指の先ほどの大きさになっていた。

 あっ、そうかぁ~! 初めの1錠で10分の1になるのだから、元々173㎝ほどが17cm、次の1錠で更に10分の1だから1.7cmかぁ~? 上手く効くもんだなあ。

 なんて感心している場合ではない。一体どうすればいいんだ!?

 仕方がないから博士に聞こう。

 踏み潰されないように気を付けながら博士に恐々近付き、人見知りの強い私にしては頑張って話し掛けてみたが、元々小さかった私の声は文字通り蚊の鳴くような声になってしまったらしい。博士はただ首を傾げているだけであった。

 それでも私が困っていることは分かったのだろう。博士が口を開いた。

 そのときである。ガォ~と言う怪獣の咆哮のような大音声に私は思わず耳を塞いだ。

 嗚呼、これでは話が出来ない。

 しかしそこは博士、さすがである。大学内にある音響工学研究所の協力を得た結果、私の声は大きくされ、博士の声は小さくされて、何とか話し合うことが出来た。

「博士、私は間違ってチヂモンを2錠も飲んじゃったんですよぉ~。どうしたら元に戻れるのでしょうかぁ!?」

「なぁ~に、簡単なことじゃよぉ! 何じゃ、そんなことで悩んでいたのかね? フクレンを2錠呑めばいいだけじゃ。フフフッ」

 おいおい。そんな呑気なことを言わないでくれよぅ~! 17cmの私なら無理してフクレンを2錠呑めるかも知れないが、1.7cmになってしまってはフクレンを1錠も飲めばお腹がパンクしてしまう。

「駄目ですよぉ~、そんなのぉ! 今の私には1錠だって多過ぎます・・・」

「あっ、確かにそうだねぇ!? ごめん、ごめん・・・」

 博士は暫らく考え、おもむろに言った。

「そうだっ! 注射にしよう!?」

 な、何を言うのだ。あんなぶっとい茶筒みたいなものをぶち込まれたら、一巻の終わりだ。

「や、止めてください! 死んじゃいますよぉ~」

 博士は動じず、むしろ余裕の笑みを浮かべながら、

「大丈夫じゃよ。この頃は皆が嫌がるもんだから滅多にしないが、ちょっと前までは注射と言えば私のところに回って来たものじゃ・・・。こんな小さなマウスへの注射だって慣れたもんじゃよ。まあ任せなさい!」

 遠い目をしながらそう言って指すマウスの方を見ると、私にとっては象ほどあるではないかぁ!

 本当に大丈夫かなあ? でも自信ありげだなあ。仕方が無い・・・。他に方法もなさそうだし、ここは任せてみるかぁ~!?

 しかし、いざ注射針が近付いて来ると、思わず目を閉じてしまい、反射的に逃げていた。

 そのときである。

「痛い!」

 大きな声がしたかと思えば、博士が見る見る膨れ上がって行った。

 

 どうやら博士のどこかに注射針が刺さってしまったらしい。

 でも、これでは益々博士に助けて貰うのは無理そうである。下手に関わったら殺されてしまう・・・。

 仕方が無いから必死になって頭をひねっている内に、もしかしたら上手く行きそうな案が浮かんで来た。

 そうだぁ! チヂモンでフクレンを縮めればいいのだ!!

 でもそれをどうやって? 下手をすればフクレンでチヂモンが膨れるだけかも知れないじゃないかぁ~!?

 よし、ここは冷静に考えてみよう。どちらか勝った方が表に出るのだ。だから小さくなったフクレンを呑めば、結局中和されて余ったチヂモンを飲むことになるのだ。

 いかん、いかん! これでは更に小さくなってしまう。

 ああでもない、こうでもない、と小さな頭を悩ませている内に、元の大きさに戻った博士が近付いて来て、莞爾と笑った。

「博士、一体どうして!?」

「簡単じゃよ。大きな私が小さな錠剤を飲むのは直ぐに出来る。それより君じゃなあ。実はこれも思っていたほど難しくはない」

「えっ、一体どうやってぇ!?」

「なぁ~に、気の長い話じゃが、少しずつかじればいい。固ければわしが砕いてやるから、ぺろぺろ舐めなさい!」

「それだったら、さっき注射するときに用意した薬液があったのではぁ?」

「うん。あれはなあ、弾みで全部わしの中に入ってしもうたぁ」

 仕方の無い博士である。でも、頭は柔軟だなあ。簡単なことなのに、私は動転してしまい、気が付かなかったよぉ~。

 早速私は博士に砕いて貰った錠剤をぺろぺろ舐め始めた。

「色々とすまなかったなあ・・・」

「でも、面白かったから、別にいいですよぉ。大して気にしてませんから・・・」

 博士の研究室を出た私は1年ぶりに普通に戻った自分を確かめるように、彼方此方見回しながらのんびりと歩き出した。

 やっぱり普通が好いなあ。普通が一番!

 でも、何だか変だなあ? 研究室に入る前より足取りが重い・・・。

 そのとき水溜りに映った私を見ると、やけにしわが増え、白髪が目立っていた。

 どうやら小さくなっていた私はアリの1年を送ってしまったようである。

 

        小さくて便利になれば時間まで

        短くなって寂しいのかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 15年ぐらい前に同僚に見せることを意識して書いたSF的な小話を見直し、簡単に加筆訂正してみた。

 

 だから、当時までに私が経験したことや思っていたこととは直接関係のない、発想を遊ばせた話である。

 

 これを書いた時より更に15年ぐらい前に「ゾウの時間ネズミの時間」(本川達雄著、中公新書)が出ている。

 

 そんなことが頭にあったのだろう。

 

 流石に何もないところから出して来るような特殊な才能は持ち合わせていない。

 

 また、ビビビッと降りて来るような霊感もない。

 

 それはまあともかく、ちょっと受けたので、幾つか続編も書いたような気がする。

 

 また探して見直してみたい。