sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

季節の終わり(6)・・・R2.7.12②

          第2章  学の恋

 

              その1

 

 少し時間が戻るが、その日の勉強が終わった後、藤沢慎二が訪問授業を担当している広瀬学の母親の朋美と話し始めた。

 それは何時ものことであった。

 初め学は2人が楽しげに話しているのを何となく聞いていたが、何のことを話しているのか? よくは分からないし、時々分かる部分があっても、自分にはあんまり関係がなく、特に面白くも無いので、段々退屈して来た。

《そうやぁ~!? 美樹ちゃんのところへ行って一緒にお八つでも食べよぉ。それがええわぁ~!》

 好いことを思い付いた嬉しさでニコニコしながら、学は手近に置いてあったお菓子を幾つかスーパーの手提げ袋に入れ、そっと病室を出た。

 慎二と朋美は特に注意を払わず、機嫌好く話し続けている。

 

「あの~、学君ですぅ。こんにちはぁ~。美樹ちゃん、いますかぁ~?」

「あっ、こんにちはぁ、学君!」

 病室に入って行くと、憧れの松村美樹は静かな寝息を立てながら寝ていて、そのベッドの横に座って見守っていた美樹の訪問担当教師、森田晶子が代わりに、優しい微笑みを浮かべながら挨拶を返してくれた。

「あっ、森田先生、こんにちはぁ! 美樹ちゃん、しんどいのぉ?」

「それは分からないけど、先生が来てみたら寝ていたからぁ・・・。もう少し寝かせておいてあげてねぇ」

「学君、美樹ちゃん、寝かせておいてあげますぅ」

 そう言うと、学は部屋の隅から折りたたみ椅子を持って来て、晶子の横に置き、大人しく腰掛けた。

「学君、今日は元気ですかぁ?」

「はい。学君、今日は少しだけ元気ですぅ」

「それでは、学君、少しだけしんどいのねぇ?」

「はい。学君、少しだけしんどいですぅ」

 学が晶子の言葉を繰り返すようにそう言うと、晶子はちょっと心配そうに学の顔を覗き込みながら、

「学君、もしかしたら少し痩せましたかぁ?」

「はい。学君、少し痩せましたぁ。おしっこ、一杯出ましたぁ」

 学は晶子の質問をきちんと理解して答えているようである。

 晶子は学の大体の病状を美樹の母親、由樹から聞いていたので、ちょっと悲しげな顔になり、暫らく黙っている。

「森田先生、どうかしましたかぁ?」

 今度は学が心配そうに晶子の顔を覗き込む。

「ご免なさい。何もないのよぉ」

 その時、美樹が静かに目を開けた。

 瞼を暫らくパチパチとさせてから、晶子が居ることに気付き、

「あっ、先生! 来てくれてたんですかぁ?」

 それから学の存在にも気付いたようで、

「学君も来てくれてたのねぇ!? だったら、黙って待っていないで起こしてくれても好かったのに・・・」

 自分の寝姿を見られていた恥ずかしさも手伝って、美樹は多少恨めしげに言う。

 美樹は病気と入院の疲れの所為で多少やつれてはいるものの、その分透明感が増して、学にすれば、今まで見たことがないような美少女であった。美樹を知ってから、学は、今まで大好きだったアイドルの松浦亜弥(※)のことなんてどうでも好いような気になっていた。

モーニング娘で有名なハロー!プロジェクトに所属していたアイドルで、20年ぐらい前には絶大な人気を誇っていた。

「学君、美樹ちゃんがしんどくて寝ているから、可哀想だから寝かせておいてあげましたぁ」

「ウフフフフッ。学君、どうもありがとう」

はっきりと目が覚めた美樹は、本当に嬉しそうに笑っている。

そんな美樹の姿を見て、晶子も嬉しくなった。

 

 入院するまでの美樹は、よく分からないながら体調が思わしくないし、取り敢えず診て貰った掛かりつけのお医者さんは、ちょっと無表情になって、

「特に心配はないと思うけど、好い病院を紹介するから、念の為に一度診て貰いなさい」

 と言った後は、言葉を濁すような感じがするので、毎日不安そうな暗い表情をしていた。

 そして、入院した後は検査が続き、鮮やかな色の薬を何種類も点滴されるので、自分に一体何が起こったのか? 不安で堪らなかったようである。

 それが、学が美樹のところへ来るようになってからは、晶子には少しずつ美樹の表情が柔らかくなって来たように感じられる。

《知的障害児とは言え、学君は思春期の男の子だし、かなりものが分かっているらしいから、美樹ちゃんに惹かれるのは当然だろうなあ。でも、美樹ちゃんも学君が来ると、何だか嬉しそうに見える・・・。もしかして、美樹ちゃんも学君のことを好きなんだろうか?》

 今まで障害児とはあまり接したことがない晶子からすれば、不思議な気持ちで一杯であった。

 晶子は元々優しいところに、高等教育を受けているから、決して差別する積もりなどなく、むしろ、

《自分に出来ることがあれば何でも手伝いたい》

 と思ってもいる。

 それでも晶子は、自分からボランティアの機会を探すほどの積極性がある方ではなく、職業柄与えられた機会に他律的に関わって来ただけなので、

《障害児はあくまでも障害児であり、自分たち健常者とは厳然として違う存在なんだろうなあ?》

 と、気持ちの何処かで思っていたのである。

 それが、美樹を挟んで学に接する機会が増えてからは、

《果たして本当にそうなのかなあ!? 障害児は健常児と丸っきり違う存在なんだろうか? 先輩達は、彼らは明らかに病気だし、全然違う子よ、なんて言ってたけど、本当だろうか? 学君を見ていると、話し方に多少変なところがあるけど、美樹ちゃんたち健常児と同じように可愛い子どもで、明らかな違いなんて無いんじゃないかなあ?》

 そう思えてならなかった。  

 

        接すれば同じところが目に付いて

        病気とは何?迷い出すかも

 

        接すれば違うところが遠ざかり

        同じところが近付くのかも