終章 交わりを求めて (その1)
これで私の中学生時代における極めて不器用な対人関係を題材にした私小説(?)は終わりである。私のことだけに限ってみれば、かなり真実に近い気もするし、もはや風化して来たことに勝手な想像を付け加えながら書いているから、真実とは程遠いような気もする。したがって、友人達のことをモデルに取ったところは殆んど想像の域を出ないように思われる。いや、想像の切っ掛けになる思い出が殆んどないことも多いから、単なる創作に過ぎないことも多いはずである。
しかし私は異性との関係に限らず、他人とは何て擦れ違いばかりして来たのであろうか? 自分にばかりかまけてきた分、他人の気持ちへの想像力に欠けたきらいがあるようだ。
そんな私であるからこそ、神様は予想も期待もせず、諦め掛けていた結婚相手を遣わし、3人もの子ども達を授けられたのかも知れない。
《もっと他人と確り関わりなさい。他人の心を思い遣り、必要ならば手を差し伸べなさい。そうすればもっと自分が見えて来るはずだから・・・》
と言う神様らしい深い思し召しがあって、私に下された運命のような気がする。
そう考えると今の私は、自然環境だけでなく対人関係も含めて、かなり幸せな境地にあるような気がして来た。
山麓日記2005年7月21日
面倒を避けて通れば寂しくて
孤独な時間長過ぎるかも
大学を出てから就職先の関係で否応なしに独り暮らしをするようになり、晶子との結婚をしたのが40歳になる前であるから、都合17年間は全くの独身生活を楽しんだことになる。
確かに、全体としては楽しんだと言っていいのだろうが、今から考えれば、寂しくもあったなあ。
面倒を避けて来た分、退屈でもあり、時間が長く感じたことも度々あった。今はもう懐かしい日々である。
交われば面倒増えることもあり
揺れた分だけ深く考え
結婚して子どもが出来、色々揺らされることも多くなった。独り暮らしに慣れ過ぎた私は面倒に思うこともしばしばあったが、全く独りで思い悩んでいたときよりも前向きに考え、充実感があったような気がしている。
嬉し気に作品見せる先輩に
先を越されて悔しいのかも
職場近くのショッピングセンター内のフードコートで昼食を摂り、戻って来ると、幾つか先輩の秋山本純が笑っていた。
「おい、メール見たかぁ~?」
えっ何のことだろう? そうかぁ~! マナーモードにしていた携帯を入れたウエストポーチは生地が厚めで、腰に付けていても振動に気付かなかったようだ。
「あっ、この携帯、着信しても時々分からないことがあるんですよぅ」
「そうなんや。少しはましな作品が出来たので、5回に分けてい送っといたから・・・」
そして自信ありげににやり。それが以下の作品である。
影の薄い男
その1
夜にあまり眠らなくても、昼間動き回って平気な男がいた。そしてそれを自慢にもしていた。
「世の中の奴はどうしてそんなに眠らなくっちゃいけないのだ。そんなに眠ってばかりいるから、大したことが出来ないのだ。俺を見ろ! 3日ぐらい眠らなくても平気さ」
ただその男は、他のみんなのように楽しい夢を見ることがあまりなく、それが悩みと言えば悩みであった。睡眠時間が短い分、眠りに落ちたと思ったら、もう朝なのである。味気ないことこの上ない。
さて、この男の名前を夢尾見内君とでもしておこう。
その2
夢尾見内君は相変わらず殆んど不眠不休で働いたお陰で、若くして豪邸に住むことが出来、それを自慢にしていた。
しかし、周りの皆は夢尾見内君の超人的な働きぶりを聞くと一様に、
「そこまで働かなければ得られないものなら、要らないなあ。もっとゆっくりしたいもの。それに、いい夢を見ることも捨て難いいなあ」
と言うのであった。
あんまり皆がそう言うのを聞くと、夢尾見内君も一度ゆっくり夢を見たくなって来た。
その3
習慣とは恐ろしいもので、いざゆっくり眠ってみたいと思って早めに寝床に入っても、かえって目が冴えてしまうのであった。
別に眠らなくてもいいや。夢なんて諦めよう。俺は現実の生活を楽しめばいい。
そうは思うものの、やっぱり気になった夢尾見内君は、夢学者の夢野光博士を訪ねた。
「う~ん、君の人生は現実、いわば光の部分に偏っておるなあ。夢、つまり影の部分が薄いぞ。起きているときはよくても、いい夢を殆んど見ていないじゃないかぁ~!? この先が心配じゃなあ」
博士はさも心配そうに言った。
その4
「えっ、それはどういうことですかぁ~!?」
夢尾見内君は聞かずにはいられない。
博士は暫らく考えた後、噛んで含めるように説明し始めた。
「人間はなあ、起きているときには現実の生活を育て、眠っているときには夢の世界を育てている。それは表裏一体のもので、何方かに偏っていると、あの世では余った分切り捨てられるのじゃ。たとえばプラスが10でもマイナスが1しかない場合、差し引き9は切り捨てられる。つまり、差し引きが0に使いほどあの世で円満な生活が出来るわけじゃな」
「それでは僕の場合、あの世での生活は一体どうなるのでしょう? 少しでも豊かにするにはどうすればいいのでしょう?」
夢尾見内君は心配でたまらなくなって来た。
その5
「まあ何事もいいことばかりではない。光る方ばかり欲張ると、影が薄くなってしまうということじゃ。今からでも人並みに眠ることじゃな」
それからというもの、夢尾見内君は暇があれば眠るように心がけ、暇がなくても眠るように心がけた結果、何処ででも眠れるようになったとさ。
するとどうじゃろ。影は濃くなったが、夢尾見内君は透き通るように白くなってしもうた。今頃夢の世界では、夢を見過ぎる夢尾見内君が心配になって、
「あのぉ~、どうしてこの頃起きてばかりいるのでしょう?」
なんて相談をしているかも知れん。何事も極端はいかんという話じゃて。ほぉ~ほっほっほっほっ。
夏の午後夢の世界に遊ぶ人
そんなメルヘン届く幸せ
あの世とこの世を行き来しながら生きている人間、夏の午後に相応しい話ではないか!? 何だか怖ぁ~い。
意外性オチに持たせて決まったね
上手く纏めて悔しいのかも
その秋山先輩の話によると、最近では自分のことが嫌いな人が増えているらしい。先輩の家ではそのことで奥様と話が弾み、奥様は話の弾みで、
「私は自分が大好き!」
と言い、先輩はそれに少し抵抗を覚えたそうである。私にその話をしながら、
「人間、幾ら自分でも何処か嫌いなところがあるはずやし、僕は迷いなく、自分が好き! なんて言えない気がするんやけど、藤沢君はどう思う?」
と聞く。
「そうですねえ。難しいなあ。でも、マジな話、自分が好きでないといけないとは思いますよ。そうでないと他人が愛せないでしょう? あんまり安易に自分を好きだなんて言うのもどうかと思いますけど、本当の意味で自分を大事にしてこそ、研く気もし、余裕が出来て、その結果他人を大事にしようと思う気持ちも芽生えて来るのではないですかぁ~!?」
話の途中で普段の自分には似合わないことを言っている気がして来て、笑いを堪えるのにちょっと苦労したが、心の中では常々本当に思っていることである。
秋山先輩も実は同じようなことをもっと厳しく思っているからこそ、安易なことは言いたくないのであろう。そして、照れもあって。ついついふざけてみたり、メルヘンの世界に遊んでみたりするのだろうなあ。男とは本当に面倒なものではないか。フフッ。