第6章 再会 (その2)
後の話になるが、進藤隆は受験関係の通信教育の出版社に入り、その後出世コースに進んだらしい。何でも大阪府の教員採用試験を受けた頃は教員になるのが非常に狭き門であった時期に当たり、近隣の私学も同様で、経済的な事情もあってあっさり諦めたと言う。また宗教的には結婚相手の家が日蓮宗系の新興宗教を熱心に信仰していたのが影響したのか? 其方に改宗したと聞いた。
それに対して藤沢慎二は、同じように受験関係の通信教育の出版社に進路を取った後、ちょっときつかったので数年で辞め、編集の仕事を個人的に請け負って暫らく暮らしていたが、限界を感じて今の職場に落ち着いている。宗教的には進藤のように柔軟には行かず、いまだに自然心的なところの周辺を彷徨っている。
話は大学生の時の同窓会に戻って、宝塚ファミリーランドでは幾つかの乗り物を楽しみ、思い思いに昼食を摂った後、誰からともなくボートに乗ろうと言う空気になった。
偶然か? はたまた作為か? 男女がちょうど同じ数だけいたので、男女ペアで気の合った者同士が次々に乗り込み、最後に残ったのが慎二と大谷邦子であった。
「ほな、一緒に乗ろかぁ?」
気持ちが残っていなかった分、珍しく慎二から切り出せた。
「そうね・・・」
ちょっと微妙な表情をしたものの、邦子もそんなに気にしているわけでもないらしい。
ボートに乗り込み、腰を落ち着けてから、慎二は今まで漕いだことがなかったので多少躊躇したが、男だから仕方が無いかと覚悟を決め、きょろきょろしながら見様見真似で漕ぎ出した。
しかし上手く行かず、くるくる回ったり、岸にぶつかりそうになったりする。
漸く落ち着いた頃には既に大分時間が経っていたようで、中学校を卒業してからのことをぽつぽつ話し始めたと思ったら、もう制限時間を過ぎようとしていた。
折角雰囲気が出始めたところなのに・・・。
何だか物足りなく感じた慎二は、ちょっと勇気を出して邦子を誘う。
「お金は僕が出すから、延長しよかぁ~?」
心の何処かに、自分がそう言い出せば邦子は必ず乗って来るだろう、という甘い思い込みがあったから誘えたのである。
しかし邦子はあっさりと断った。
「勿体ないから、止めとこ」
それだけ時間が経っていたようだ。恨みを残していない分、気持ちも残っていなかったのであろう。自分は気持ちを残していないくせに、慎二は邦子も同様であったことに多少のショックを受けていた。
更に数年後の話、脇坂正一によると、邦子はどうやら慎二たちが交換日記を見せ合っていたことを知っていたらしい。かなり怒っていた、とも言う。
当然のことである。心を許し合える人と2人だけの秘密だと信じていたからこそ、邦子は恥ずかしさに耐えて、普段は口にしない真面目なことも書けたのであろう。それを全くの他人たちに見せられ、面白おかしく話の種にされていたのかと思った邦子が、どんなに腹を立てていても不思議ではない。いや、そんな子どもっぽい慎二のことを少しでも思っていた自分が情けなくなっていたのかも知れない。
しかし、幾ら気が強くてもそこが女性らしい優しさであろう。邦子は慎二に直接文句を言ったことは一度もなかった。
慎二としては、見せろと迫った悪友の口から面白おかしくそれを聞かされて、ただ微妙な笑いを浮かべているしかなかった。