sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

夢見る頃を過ぎても(上)・・・R2.3.16②

     人は皆、夢を見ながら生きて行く。

     悔しいこともあったろう。

     でも、いい夢みたら、綺麗さっぱり忘れられるさ。

     恥ずかしいこともあったろう。

     でも、いい夢みたら、また前を向く勇気が出るさ。

     嬉しいこともあったろう。

     でも、いい夢見たら、もっと幸せになるさ。

     悲しいこともあったろう。

     でも、いい夢みたら、少しは癒されるさ。

     不安なこともあるかも知れない。

     でも、いい夢みたら、少しは自信が出るさ。

     えっ、俺にはそんな甘っちょろい夢なんか要らない、

     刺激的な現実があれば十分だ、だってぇ~!?

     本当かなあ?

     確かに、刺激的な現実も面白いかも知れないが、

     それは若いときだけのことで、直ぐに疲れて来る。

     それに幾ら強い刺激でも、人間は直ぐに慣れてしまうものさ。

     でも、夢はそうではない。

     無限の世界さ。

     さて、今日はどんな夢が見られるか?

     楽しみだなあ。フフッ。

 

 人間が眠っている間、健全な脳は90分周期で入眠したり覚醒したりしている。脳が眠っているときはあまり夢を見ず、寝言、歯軋り、夢中遊行等が多いと言う。身体の緊張が解け、成長ホルモンが出ているので、全体に修復作業に入っているようだ。反対に脳が起きているときは記憶の整理に関係していて、夢を見ていることが多いらしい。前者をノンレム睡眠と言い、大人になるほど長くなる。後者をレム睡眠と言い、子どものときほど長い。つまり、ご存知のように子どもほど夢をよく見るわけだ。一般的にはそう言われている。

 ところがだ。世の中には何時までも夢のようなことばかりを考え続けることが出来る、子どものような若々しい脳を持った一握りの人たちがいる。

 そう! 想像する通り、芸術家、発明家等の創造者だ。

 さて、これらは事実を外から見ての推測を元にした理屈であるが、実際にはそれだけではなく、夢を操作している悪戯小僧の存在を見逃している。

 当然だろう。我々人間の目には見えないのだから。

 しかし、人間の五感に触れて来ないだけではなく、人間が編み出したどんなに優秀な機器を使っても感知出来ないから、と言うだけのことで、全く存在しないことにしていいのだろうか!?

 今までそうして来たからこそ科学の限界を感じるのだろうし、今、科学と、過去には心霊現象、神秘現象、宗教等とされて来たこととの融合が図られていることから考えても、人類の叡智は警鐘を鳴らしている。

 つまり、事実を先入観なしに見れば、悪戯小僧の存在を確信せずにいられなくなるのである。

 たとえば夢判断。夢からこれからのことを占うわけであるが、これなど我々人間に夢として見せて、事前にシュミレーションさせてくれているのである。それは正夢であったり、逆夢であったりするが、昔から鋭い占い師はその構造に気付いているというわけだ。

 夢分析はそれをもう少し確実なことに絞ったものだな。だから、当然面白くない。
デジャ・ビュ、つまり既視感も事前学習の証拠と言えるだろう。夢として見せられたことが何となく残っていて、現実と対面したとき、何となく前にやったような気になるのである。

 それから、足りなかったことを補足してくれる場合もある。欲求不満の解消であったり、人知れず頑張っていたご褒美であったりするなあ。その結果、次への一歩を踏み出す活力となる。

 この夢を操作する悪戯小僧のことを仮に夢小僧とでも名付けておこう。

 

 迫田卓は40歳近くになっても夢を追い続け、中々正業に就けなかった。日頃はダイソーで買った色紙に、下手なのか上手いのか、よくは分からないイラストを描き、その横に、

 

        夢を追い生きて行けたら幸せさ
        夢を見たけりゃぐっすり寝よう

 

 などと、当たり前のようなことを書き散らして、京阪の京橋駅前や大阪城公園等で売っている。

 怪しげな感じがある程度受けて、それなりの収入にはなるのだが、これだけでは勿論食べられないから、経済的に窮するとコンビニ、ファーストフード店等で暫らくアルバイトをする。そして、確保出来た自分の時間を夢小僧との対話、楽しいひと時を持つ等の交流に当てるのであった。

 どうせお金を稼がなければいけないのなら、趣味は趣味として正業に就けばいいではないか、その方がきっと効率がいいはずだ、と言う人もいるかも知れない。

 事実、卓の親戚、家族、数少ない友人はそれを勧める。

 しかし、それでは魂が穢れ、夢小僧との交流が出来なくなる、と卓は考えていた。

 それでは夢小僧との交流を通して卓は一体何をしようとしていたのか!?

 と言うほど大層なことではなく、別に交流するだけのことであった。それ以上望むのは邪道で、夢小僧を意識することが出来なくなるし、それでは普通の幸せしか得られなくなる、と卓は信じて疑わなかった。

 この世には殆んど何も生み出さない。しかし、夢小僧との交流を通して至福の時間を味わう。自分こそ人生における究極の芸術家なのだ、と卓は自負していた。

 

 ある日の夜もレム睡眠に入った頃、卓の脳内に夢小僧が姿を現した。

「卓、今日は何になってみたい?」

「そうだなあ。今日は素敵な彼女が欲しいなあ」

 もうすっかり友だちになっている。

「彼女なんか、起きているときに幾らでも作れるだろう? 何なら明日素敵な子と会わせてやろうかぁ?」

「う~ん、でも・・・」

「あっ、そうかぁ~。ごめん、ごめん。卓は勇気がないから、目の前に素敵な女の子が現れたとしても、上手く声を掛けられないんだったなあ。そしたら、前から歩いて来た女の子のハイヒールの踵が取れるとか、困った状況を作ってやろうかぁ~?」

「そんなことまで出来るのかい? でも、何だか古臭いなあ。それに、僕以外の奴が素早く対応出来たりしたら、持って行かれちゃうじゃないかぁ!? 僕は何かを期待すると身体が上手く動かなくなっちゃうんだよなあ」

「悲観的な奴だなあ」

「そうかも知れないけど、僕はそんな風に可能性に掛けるのは苦手なんだよぉ~。もっと確実な幸せが欲しいなあ。薄い可能性に掛けるぐらいならば、現実なんかに期待せず、こうして君と対話し、素敵な夢を見せて貰う方がいい。夢の中では何にでもなれるし、何処へでも行ける。誰とでも付き合え、何でも手に入る。実際には持たなくても、人間にとってはどう感じるかが大事なんだから、僕は夢の世界で自由を謳歌出来れば十分なんだよぉ~」

「そうかぁ~。前はそうでもなかったのになあ・・・。でも、わかった! それでは何になるぅ?」

「この前、新聞に新しく見付かった太陽系第10惑星のことが書いてあっただろぉ? あれは確か300年ぐらい掛けて太陽の周りを1周するんだったよねぇ? だったら、地球上の1年があの惑星では300年に当たり、100年だったら30000年になるのかぁ~!? それぐらい生きるあの惑星の住人になってみたいなあ。そしてその住人は地球上の人間まで見える千里眼を持っている・・・」

「何だかよく分からないけど、そんな怪しげな奴になれたとして、なって一体どうする気なんだい!?」

「いや、地球上で短い時間にあくせく働き、ちょっと他人より高い所に立てたと思ったら、途端に偉そうにし始める奴らを見下ろしながら、笑ってやるのさぁ。フフッ」

「それだけのことなら、なけなしの科学知識を総動員してそんな大層な奴にならなくても、なった積もりで見下してやればいいじゃないかぁ!?」

「勿論、現実でもそうするつもりなんだけど、そばに同じ人間として居ると、どうしても自分が惨めに見えて来る・・・」

「ふぅ~ん、自信がないんだなあ? 何だか逃避的な気がするぞぉ~」

「何を言ってるんだよぅ!? お前は夢に悪戯を施し、人生を豊かにしてくれる夢小僧だろう? だったら、夢を見て楽しむことをそんな風に悪く言ってはいけないなあ。それに、僕は現実まで欲張っていないんだから、せめて夢ぐらい目一杯楽しませてくれてもいいじゃないかぁ!?」

「もっともらしい気もするけど、僕の役目は、直接は夢の操作でも、現実の生活が充実しないのはどうかなあ? やっぱり、ちょっと疑問だなあ・・・」

「今日のお前は何か変だなあ? 何時もに比べて、固いぞぉ! あっ、もしかしたら誰かに恋をしているとか?」

「な、何を言うんだぁ!?」

「フフッ、図星だったようだなあ。フフフッ。それで、一体誰なんだい? 言ってみな。俺がそいつに近付いてやるから」

「自分のことには気が弱いくせに、他人のことだと面白がってやがる」

「何が他人だ。お前は人ではなくて俺の夢小僧だろぉ?」

「まあそうだけど、お前の別人格のようなものだから、この際人と呼んでもいいじゃないかぁ!?」

「まあお前がそう言うのならいいか。それで誰のこと、いやその誰かの夢小僧か、が好きなんだい?」

「いや、それが自分のことだとはっきりしないんだよ。俺の神通力もさっぱりさぁ~。どうやら自分のことに使おうと言う欲がいけないらしいなあ」

「ふぅ~ん、そんなものなのか? それならのんびり構えているしかないね」

 

 翌朝、卓は自分の身体に何時もより活力が満ちているような気がした。何時ものように夢の世界で自由に遊ばせて貰ったわけではないのに、何だか胸が弾むのである。

 そうかぁ~!? 何時ものように自分の楽しみばかりにかまけるのではなく、多少なりとも夢小僧のことを考えたのがよかったのかも知れない。

 それで、いまだ懐具合には余裕があったが、コンビニのバイトに入ることにした。

 前に入っていたときに、やはりバイトで入っていた女の子の中に華やかな美人でスタイルのいい女子大生がいたことを思い出したのである。

 確か、持田花音と言ったなあ? あの子、まだ居るかなあ? 取り敢えず行ってみるかぁ~。

 そう思って電話すると、バイトの男子大生が突然辞めて困っているから、直ぐにでも来てくれ、と言う。

 幸い、花音もまだ在籍していて、しかも運がいいことに卓が入ったとき、花音も入っていた。

 よかった。これはやっぱり縁があったようだなあ。

 期待に胸を躍らせて近付くが、緊張が高まるだけでちっとも心地好くない。

 まあ美人だからなあ。暫らくしたら慣れるさ。

 そう思って見ていると、隙を窺ってはさぼろうとするし、上がる頃になると、弁当、お茶等を勝手に持ち帰ろうとする。

 驚いた卓は珍しく正義感を出して注意した。

「そんなせこいこと、止めときやぁ~!」

 それでも花音は止めようとせず、化粧品も幾つか持ち帰ろうとする。

「おいおい。幾ら何でもそれは酷いんちゃうかぁ~!? それにビデオがあるんやから、見付かるぞぉ!」

 すると花音は開き直ったような目を真っ直ぐ向けて卓に言った。

「大丈夫よ。あのエロおやじ、遊ぶのに夢中で、ビデオなんか見やしないわぁ~。回しているだけよぉ。それに、毎日数万円分の賞味期限切れ弁当、サンドイッチなんかの食料を捨ててるんやし、棚卸しの日には決まって10万円以上の万引き被害が判明するんやから、私がポケットに入れる分ぐらい微々たるもんやんかぁ!? 安い給料で扱き使われているんやから、これぐらい貰わないと見合わへんわぁ~。おっちゃん、あんまりええ格好せんとき。おっちゃんかて、偶には好きな物、持って帰ったらええやん。うち、言わへんから大丈夫やよぉ~。その代わり、おっちゃんも言うたらあかんでぇ~」

 などとうそぶき、流し目で見て笑うのだ。

 自分の色香に掛かれば中年オヤジなどいちころだと思ってやがる。

 しかし、暇を見てはメールをしているし、客が3人以上にならないと仕事をしている振りをしてぶらぶら歩き、レジは俺やもう1人のバイトに任せるし、一体何処が扱き使われているのだ? そのくせ、ちょっとイケメンだと思うと、でれでれと軟体動物のようになる。あんな奴、何処がいいのだぁ!?

 卓は前よりもっと花音が嫌いになった。

 それでは、多少地味目だが、よく見れば可愛い成増綾香だろうかぁ~? スレンダーな花音に比べてふっくらしているように見えるが、なぁ~に、本当は花音が細過ぎるのだ。若い女性らしい柔らかさ、優しさが感じられて、夢小僧は兎も角、俺なら綾香を選ぶなあ。

 そう思って卓はもう一人のバイト、綾香を見た。

 でも、さっきからレジの打ち間違いばかりしているし、あっ、またお釣りを間違えて客から文句を言われている。

 そんなところも可愛いけど、近くに居てもあんまり心地いい波動はやって来ないなあ。

 でもまあ、そんなに直ぐ判断出来るものではないのかも知れない・・・。

 卓は自分が綾香に少なからず惹かれているものだから、自分を納得させる理由を付けて、もう少し綾香に拘ってみることにした。

 しかし、それが破綻するのもそう遠くないことであった。

 その日の帰り、京橋から桜ノ宮に向かって歩いているとき、前方に、先に上がった綾香らしい後ろ姿が見える。

 しかも、中年の男と腕を組み、しな垂れかかるようにしてホテル街の方に向かっているではないか!?

 あのオヤジ、もしかしたらコンビニのオーナーじゃないのかなあ? あいつ、聞くところによるともう50歳をとっくに超えているらしいのに、短大生の綾香ちゃんに手を出していいのかよぅ!? さっき花音がエロオヤジだの、遊ぶのに夢中だとか言っていたけど、てっきり京橋の水商売か風俗のお姉ちゃんが相手だと思っていたのに、素人相手だったとは・・・。

 それに綾香ちゃんも綾香ちゃんだぁ! あんな虫も殺せないような可愛い顔をしているくせに、幾ら貰っているのか、何か買って貰ったのかは分からないけど、あんな30歳以上も上のオヤジと遊んでいたなんて・・・。嗚呼、やっぱり今時の若い子は信用出来ないなあ。

 なんて、今時の若い子に自分が全く信用して貰えないことも忘れて、卓は甚く憤慨するのであった。