エピソード17
「これで台風二過か・・・。それにしても、今年はよく来るなあ~」
藤沢浩太は遠くで雲が切れ、青みさえ見えて来た空を、ちょっと恨めし気に見上げた。
そのとき、Karaの新曲、STEPに設定しておいた着信音が鳴り出した。
♪♪♪♪♪・・・・
軽快なリズムと溌剌とした表情、ダンスがわくわくするほど気に入っていたが、その映像を伴わないと、何だか半分以上損なわれているようで、ちょっと損をした気分にさせられる。K-popはやっぱり映像とセットでこそ成り立つ世界のようである。
しかし、携帯電話機の壁紙として半裸でしなやかな肢体をくねらせる彼女らの画像を入れるのは、何だかおっさん臭く思われそうで、浩太としてはちょっと躊躇われる
「今頃、誰からやろなあ?」
弓道部の顧問、安曇昌江のはずがないのは知っていながら、半ば以上期待していた。
(二つ折れの)携帯電話機を開いてみたら、クラスメートの柿本芳江からであった。
大丈夫やったぁ?
私のところは大丈夫やったけど、藤沢君のところはどうやった? 崖っぷちに立っている家や、って前に住んでるとこ聞いたとき、言うてたやろぉ? ちょっと心配やったから、メールしました。できたら返事ちょうだいね。ほな。芳江。♥♥♥
浩太はハートマークに中々慣れず、見ているだけでこそばかったが、この頃は簡単にでも返事をするようになっていた。
メールありがとう
たいしたことなかった。 藤沢
芳江は浩太が言葉に巧みでないのを理解して、それ以上の返事は求めなかったので、浩太としても返し易くなったのである。それに、本当はもっと気取った言葉で書いたり、喋ったりできるのに、芳江は浩太の前で、そんな面を露ほども見せなかった。
しばらくして、また浩太の携帯電話機の着信音がなった。
出て来れる?
もう雨も上がったし、どこかでお茶でも飲まへん? 芳江 ♥♥♥♥♥
「あっ、ハートが増えている・・・」
ちょっと引くものがあったが、退屈していたところだから、浩太にも異存はなかった。
承諾のメールを発信した後、最寄り駅に向かう途中、またメールが入った。
「何やろぉ? 芳江のやつ・・・、都合でも悪なったんかなあ?」
開いてみたら、昌江であった。
大丈夫でしたか?
お休み中のところ、ごめんなさい。状況確認です。十津川村とか、南部では大変なことになっているそうだし、藤沢君のところは家の後ろが斜面と聞いていたから、心配しています。何かあったら連絡をくださいね。 安曇
(※注 当時、豪雨で、十津川には救助の為にヘリコプターが出動した)
担当教師からの安否確認と考えれば当たり前のような気もするが、部顧問の1人としては過ぎた親切のようにも思える。
俄かには判断が付かず、浩太にとって、また嬉しい悩みが増えた。
「まあいいかぁ。心配してくれてはんねんしなあ・・・。フフッ」
大して意味のない笑いを浮かべて気持ちを落ち着け、熟考した後、おもむろに携帯電話機をとって、在り来たりの返事を打ち始めた。
メールありがとうございます
大丈夫です。安心してください。 藤沢
何だか言い足りないようで、また苗字同士が他人行儀なようで、もやもやしたまま、向かったのは西大和のサティーであった。
西王寺高校方面で、ちょっとした街と言えば、乗換駅の王寺周辺か、高校近くの西大和ニュータウンの辺りしか思い付かなかった。それに、芳江にとっては浩太と一緒なら近所の公園でも何処でも好く、気を遣って、浩太が定期券で来られる西大和のサティーを指定したのであろう。
芳江にすれば高校より更に南に家があるから、本当は高校近くか、それとも自分の家の近くを指定すればお金が浮くのに、そんなことは決してしない。自分に惚れた弱みがあると、はっきり認識していた。
サティーではマクドナルドのセットを頼み、取り留めもない話をした。
時々芳江の瞳の奥がキラッと光ることに浩太は気付いていたが、それが意味するものを決して考えようとはしなかった。思春期を迎えた妹の真奈にもそんなところがあるし、大した意味があるとは思っていなかったのである。
いや、そう思いたかったのである。
芳江にすれば、鷹揚に受け止められているようで、何とも言えずほっこりとした安心感があった。黙って座っているだけでも、一緒に居られればそれで十分であった。
その光景を別の意味で底光りする目で見ている女(ひと)がいた。
誰あろう、昌江であった。台風が去った後、退屈しのぎに、弟の聡史と一緒に買い物に来ていたのである。
「お姉ちゃん、誰か知っている子ぉ?」
「どうしてぇ?」
「さっきからじっと見てるから・・・」
「弓道部の部員とぉ~、そのガールフレンド。かなっ? 違うかも知れないけど、この頃よく一緒のところを見るから・・・」
「本当にそれだけぇ~? 何か変な感じ・・・。もしかして、お姉ちゃんの好みの子やったりしてぇ? フフッ」
「なっ、何を言うのよぉ!」
「ほら、図星のようやなあ~。フフッ」
「・・・」
「でも、心配せんでもええでぇ~。あの2人、お似合いのように見えるけど、男の方は別に惚れているわけやないっ!」
「そんなこと、どうでもいいけど・・・、どうしてそんなことが分かるのぉ?」
「分かるよぉ! お姉ちゃんは弓の名人やけど、強過ぎて愛のキューピッドにも敬遠されるタイプやろぉ? 俺はどっちか言うとそっちの方が得意なタイプやから・・・」
そんなやり取りをしているとは知らず、遠目に昌江の存在に気付いていた浩太は、2人こそお似合いのカップルと誤解し、目に見えて落ち込んでいた。
「どうしたん、藤沢君? 疲れたんやったら、そろそろ帰ろかあ?」
「そうやなあ・・・」
浩太はその心配に乗っかることにした。これ以上芳江と一緒にいて平静を保てる自信が急速に萎えていたのである。
次々と繋がるチェーン誤解して
独り芝居に揺らされるかも