制服姿の綺麗なお姉さんたちが声を揃えて、
♪忘れな~いで、お金よ~りも、大切なものがあるぅ~♪
♪忘れない~で、あなたよ~りも、大切なものはない~♪
なんて歌っている町金(高利貸し、今で言う消費者金融のこと)のテレビのCMがあるが、そんな風に大事に大事に育てられた金寄愛雄がいた。お陰で愛雄は自分大好き人間に育ち、自分より大事なものはこの世にあり得ないと思っていた。そしてお金を含め、この世のものは全て自分を引き立てる為にあると信じていた。
しかし、現実はそんなに甘くない。愛雄ほどではないにしても、自分が主人公と考え、その自分が思ったほど評価されていないことに苛立ったり、寂しがったりしている人が多い現代社会である。かなり裕福ではあっても、アラブの大富豪とまでは行かない愛雄の生家の財力では、愛雄の膨らみ切った自己イメージを守り切ることは出来なかった。
その結果はご想像通りである。愛雄は外に出るのが次第に億劫になり、そして家庭での生活にすっかり慣れた頃には出ることが怖くなった。
そんなある日の深夜、愛雄の部屋の小さな窓をこつこつ叩く音がする。
昼夜逆転していた愛雄は音楽を聴きながらぼぉ~っとしていただけだから、直ぐに気付き、窓の方を見た。
「おやっ、こんな夜中に一体何だろう?」
すると、その小さな声が聞こえたのか? 可愛い小鳥が円らな瞳で訴え掛けるように見ながら、またこつこつと窓を叩く。
「分かったよぉ~。今直ぐ開けるから、ちょっと待ってぇ~」
そう言いながら愛雄が窓を開けると、今度はチュンチュンと鳴く。
それだけならごく普通のことで済ませてしまったところかも知れない。
しかし、このときは違った。その小鳥の鳴き声が瞬時に愛雄の胸に翻訳されて届いたのである。
「有り難う、こんにちは、だってぇ~? 確かそう言った気がする・・・」
愛雄がちょっと驚きながら呟いたとき、小鳥はまたチュンチュン鳴いた。
「えっ、そうだよぉ、確かに言った、だってぇ~? おいおい、一体どうなっているんだよぅ~!?」
「そんなに驚かなくてもいいわぁ~。あなたと私の心は繋がっているのよぉ~」
「どうしてそんなことがあるのぉ~!?」
「簡単なことよぉ~。あなたは選ばれし人だからし・・・」
「そうかぁ~!? やっぱりママの言ったことは正しかったんだ・・・」
愛雄は少し自信を取り戻したような顔になっていた。
それから深夜のなると愛雄の部屋にその小鳥が訪ねて来るようになり、小さな声で取りとめのない会話を交わしている内に、愛雄の顔はすっかり元のように自信に満ちた、多少傲慢にさえ見える顔に戻って行った。
やがて愛雄は外に出られるようになり、ぐっすり眠れる日が増えて来た。
そんな日は小鳥がやって来たのかどうかは分からない。気にならないぐらいよく眠れたのである。
しかし、外に出ると、刺激が多い分、眠れない日もある。そんな日の深夜には決まって窓辺に小鳥がやって来た。
そしてあくる日、愛雄はまた自信を取り戻した顔になり、堂々と外に出られるのであった。
「先生、有り難うございましたぁ~! 先生に教えて頂いた腹話術、本当に役立ちましたわぁ~!」
金寄愛子は心底嬉しそうに言った。
そう、ご想像通り、愛雄の母親である。
「そうですかぁ~。それはよかった・・・」
先生と言われた腹話術師、腹出喋朗は当然と言った顔で受ける。
愛子は隠し芸のひとつにと考えて腹出のところに通い始めたのであるが、気が合ったのか? ポツポツと悩みを訴えるようになり、話の中で引き籠っている愛雄のことが出たのである。
自分もかつて引き籠っていたことがある腹出は次第に他人事とは思えないようになり、愛子と共に対策を考えるようになり、やがて小鳥を使ったトリックを思い付いたのであった。
「ところで、あの小鳥はどうしたの?」
腹出が思い付いたように聞いた。
「ええ。家で飼えば部屋を出られるようになった愛雄にばれると思って、逃がしましたわぁ~」
愛子は自分が細心の注意を払えたことを誇らしそうに言う。腹出に褒められたかったようである。
しかし、腹出は淡々と言う。
「ふぅ~ん。まあその方が好いわなあ・・・」
暫らく経った頃、愛雄は元気に外に出て行くのが普通になっていたから、夜はぐっすり眠り、もう小鳥がやって来たとは言わなくなっていた。
しかし、愛子は愛雄に付き合って深夜まで起き、あの小鳥のトリックを仕掛けていたもので、すっかり夜型になっていた。
「あ~あっ、韓国ドラマも目ぼしいものは大体観ちゃったし、愛雄には構わなくてもいいようになったから、何だか退屈だわぁ~」
そう独り言ちたとき、窓をこつこつ叩く音がした。
「おや、何かしらぁ~?」
窓の方を見ると、どうやら逃がした小鳥らしい。
「あら、戻って来たのね・・・」
何だか嬉しくなって、愛子はいそいそと窓を開けた。
「有り難う。お久し振りぃ~!」
愛子は周りを見回した。自分のように腹話術を使ったのではないかと思ったのである。
「誰もいないわよぉ~」
「えっ、ええっ!?」
小鳥は笑っていた。
「本当にあなたが喋っているのぉ~!?」
「そう。あなたに習ったのぉ・・・」
「えっ、私にぃ~?」
「そう、お腹で喋っているのぉ~。口を使わなくていいから、真似し易いのよぉ~
「でも、私たち人間の言葉が理解できるのぉ~!?」
やがて会話が弾み出し、新鮮さが薄れた頃、愛子は夜中ぐっすり眠れるようになり、元の生活パターンに戻った。そして、小鳥のことが気にならなくなっていた。
その頃、別室で寝ているはずの夫、金寄満蔵の生活がすっかり夜型になっていた。
其々が大事に思う人助け
自分が辛さ抱えるのかも