その6 大学は出たけれど・・・
間垣武弘は幼い頃から将来に対する夢などなかった。周りの愚痴っぽく、その日その日を何とか遣り過ごしながら年を重ねて行く大人を見ていると、ちまちまと仕事をしながら生きて行くことに希望を見出せなかったのである。
武弘の周りは雇いの職人、個人営業の運転手、日雇い等、不安定な職種の人たちばかりであった。
それでは会社員、公務員等の比較的安定した収入を見込める仕事やスポーツ選手、芸術家等の才能を発揮出来、注目を浴びる仕事に何故気持ちが向かなかったのかと言えば、職人であった父親を含め、不安定な職業に従事している人たちに比べ、責任が重く、忙しそうだから、チャレンジする気にはなれなかったのである。
それに何より、自分の才能に自信を持てなかった。
と言うわけで、武弘は時代の流れで大学を出たものの、すんなりと就職は出来ず、町工場でアルバイトしながら糊口を凌いでいた。
《一体俺は何をしているのやろぉ~? 折角大学まで出たのに、安定した職業もなく、自由な時間もない。こんな暗い、穴倉のようなところで1日の大部分を使い、それで漸く食べられている。これでは親父たちよりもっと酷い生活ちゃうかぁ~!?》
その後しばらくして、武弘は大学時代に所属していた心霊科学科御霊研究室の教授の世話で何とか受験関係の出版社に就職出来、生活は安定したものの、それでも何処か違和感を持ったまま年を重ね、中々職業人になれなくていた。
《Tレックス出版社で受験問題集、参考書等の編集をし、その後、自分で選んで心霊科学研究所の研究員になったけど、まだこれが天職だと言う気がしないなあ。本当の俺は何処か違うところにあるような気がしている・・・》
そんな武弘が少しは覚悟を決め、何とか落ち着きを見せ始めたのは、芳香という愛すべき伴侶を得、史昭、美奈という守るべき可愛い子ども達を持ってからのことであった。
仕事は、条件の違いはあっても所詮生きる為の手段であり、本分はあくまで生きることである。学ぶことも働くことも生きる一部に過ぎず、拘り過ぎても仕方がない。
そう考えると、自分なりに出来ることをしながら生きて行けば十分ではないか、と思えて来た。
「本当にそうかなあ? それって、もしかしたら自分を誤魔化していないかなあ?」
「え、えっ!? あんたは一体誰なんやぁ~?」
「僕かい? 僕は君の夢の中に住む住人というか、もう一人の君だな」
「もう一人の俺?」
「そうさ」
「そのあんたがどうして今ここにいるんやぁ~?」
「うん。それはなあ、君があんまり小さく纏まろうとしているようなので、自分の片割れとしても黙っていられなくなったのさ」
「何やよう分らんけど、何で小さく纏まったらあかんねん? 皆小さく纏まり、幸せそうに暮らしているやんけぇ~」
「本当に幸せならばそれでも好い。でも、君の場合、本当にそれで好いのかい? 何処か不満を残しているように思うがねえ・・・」
「不満ぐらい誰でもあると思うでぇ~。所詮不完全な人間なんやから、ちょっとぐらい仕方ないやんけぇ~」
「フフッ。大分我慢を覚えたと言うか、自分の気持ちを押さえ込もうとしているようだなあ。それではこの世に未練が残ってしまうぞぉ~。フフフッ」
「そんな風にそそのかして、俺を一体どんな風にする気なんやぁ~!?」
「いや、それは君の気持ち次第さ。君がこれからどんな道を選択する気なのか? 楽しみにしているよ。では・・・」
「おいおい、何処に行くんやぁ~!? 勝手なことを言ってそのまま去ってまうなんて酷いでぇ~。おい。こら!」
自分の大きな声で目が覚めてしまった武弘は、まだ辺りが暗いことに気付き、目覚まし時計を見た。
「何や、まだ3時半かぁ~。何だか妙にリアルな夢やったなあ・・・」
それからと言うもの、武弘は歌や詩を詠んだり、日記を付けたりするようになった。そして、やがて小説にも手を染めるようになり、漸く本当の自分に近付けた気がしている。
結局、大学で専攻した理系教科とは違い、文学をすることによって落ち着けたわけであるが、大学も人生を豊かにする手段の一つと考えれば、それで好いのだろう。人生に無駄は付きものである。選択に失敗した分、別の道が見えて来たのかも知れない。
本当の自分は常に傍にあり
表現すれば見えて来るかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
これは元々短編の私小説と言うか、日記と言うか、そんな感じで書き残していたものである。
それを元に、間垣家の日常の中の1編として加筆訂正してみた。
古い256MBのUSBメモリーが見付かり、その中にかなりの数の原稿が残っていた。
自分から観ても中途半端な作品、稚拙な作品だらけではあるが、それでも少し前まではもう新たに書けないような気がしていた。
それが少しずつ加筆訂正しながらアップしている内に、何となく書けるような気になって来ている。
まさに、四の五の言わずにやってみる大事さである。
それから、仕事を減らし、休みを増やしたことも多いのだろう。
現実の私が従事している仕事は、お話の中に出て来るようなどうでも好いような仕事でもないので、仕事が中心になっていると、どうも創造力が削がれているような気がしていた。
そういう意味でも今、無駄の効用をじっくりと味わっている。
のんびりと無駄な時間が夢誘い
のんびりと無駄な時間に創造し
のんびりと無駄な時間に癒されて