今から大分先の頃、冥王星まで自由に行き来出来るようになっており、片道10日ほどで行ける太陽系超特急、「プルトン」も出来ていた。
技術的にはもう少し速くすることも出来るのだが、実験してみると、着いたときには向こうに居る人がかなり老いている等、変なことが起こったので、上のスピードに落ち着いた。
さて、この超特急の開発者、十和野暁生博士が、何とはなしに超実体望遠鏡を冥王星に向けていると、ハート形の人口の海、エンジェルシーの海面が細かく波立っている。
「あれぇ、何だろう!? あの海には、確か魚とか、生き物はいなかったはずだけどなあ。もしかしたら、私が知らない内に、飼育でもし出したのかなあ?」
しばらくして、ガバッと水面が持ち上がり、飛び出て来たものがあった。
「えっ、な、何だ!?」
あまりに可愛い、今で言えば○○○○(自分の大好きな女優、アイドル等の顔でも思い浮かべてみましょうか)みたいな、年頃の女の子だったので、博士は口をあんぐり開けたまま、しばらく声も出なくなっていた。
「・・・・・・」
こちらに気付いたのか? 彼女がにこっと笑って手を振った。
「わっ、わっ。見えるのか、俺がぁ~!?」
それを見て? 彼女はうなずき、また手を振った。
「会いたい・・・」
博士の心の声が聞こえたのか? 彼女はまたにこっとし、おいで、おいでとでも言うように、手招いた。
「これは行かなければなあ! でも、今からすぐに出ても、最低10時間はかかるわけだし、着いた頃には、彼女はどこかへ行っちゃってるなあ・・・」
しばらく考えて、博士は自分ならスピードを自由に上げられることに気付いた。
「よし、この際だぁ~。ちょっとばかり速めてやろう! ここで時間の流れが変わっても、今度急減速したら、理論上はこちらの時間の流れが遅くなるはずや・・・」
臨時超特急を勝手に仕立てた博士は運転席に座り、運は天に任せて加速装置を最大限に働かせた。
周りの景色が光のように通り過ぎ、数時間も経ったかと思う頃、冥王星が間近に見えて来た。
「よし、もう直ぐだぁ~! よしよし、ここで急減速しなければ降りられないからなあ・・・」
そこで博士はためらわず急ブレーキを掛けた。
これでもかと掛け続けた。
グググッ、グググッ、グググッ。バキバキ。ギュイ~ン、ギュイ~ン。
何だか超特急が壊れそうな怖い音がする。
博士は前に飛び出しそうになり、さっと開いたエアバッグに顔を埋めたまま、やがて幸せそうな顔をして気を失った・・・。
その後、超特急の自動安全装置でも働いたのか? 博士が意識を取り戻したとき、無事冥王星に着いていた。
ただ、幾ら見回しても何もなく、周りには荒涼としたメタンの氷原が広がっているだけであった。
そして彼方此方に、数千メートルはあろうかと言うメタンの氷の山が聳え立っていた。
備え付けの超実体望遠鏡を地球の方に向けて見ると、どう見ても大分前の世界のように思える。
「あれぇ、あのアワビみたいな建物。もしかして東京の新国立競技場かなあ? 聖火も灯っているし、もしかして東京オリンピック!?」
そう。博士は気が急くあまり、逆加速をし過ぎた結果、うっかり相対加速度が限界を超え、時間の逆行が起きてしまったのであった。
「むにゃむにゃ、速過ぎるぅ~。ううっ、きつい、きつい、そない押したらつぶれてしまうがな。むにゃむにゃ・・・」
「・・・。なあなあ、おじいちゃん、おじいちゃんってぇ~。何をぶつぶつ変なことを言うてるんやぁ~!?」
「えっ、わしは何か言うてたかいのう?」
「言うてたよぅ~。速過ぎるや、きついきつい、そんなに押したらあかん、やぁ~。何か変な夢でも見てたんかぁ~?」
おじいちゃんは笑いながら、
「いやいや、ほんま、惜しかったなあ・・・」
とだけ言い残し、静かに公園のベンチを立ち去った。そのベンチにはちょっとくたびれた芸能雑誌、明星(※)が置き忘れられていた。
爺さんの頭の中はパラダイス
宇宙の果てを旅するのかも
※この雑誌、まだ残っているから驚きである。双璧を成していた平凡の方はバブル景気が華やかな1980年代に消えている。
両方とも時々買っていたが、私にはどうも明星の方が中の写真、付録のポスター等、垢抜けしているように見えた。
感覚的なものである。
そして明星が今に至るまで生き残っている。
別に私の感覚を誇っているわけではない。美人コンテストでも大体選ばれる人に惹かれるところがあるから、私の感覚がまあ中庸にあるというところであろう。それは創造する上で大して喜ばしいことではなく、むしろ外したいところでもある。
ただ、幸い? 私は創造者ではないから、実務上はこの感覚がまあまあ役立っている。程々のアイディアを出すには中庸をあまり外れない方が受け入れられ易い、というわけである。
それはまあともかく、上記の雑誌で今も印象に残っているのがビジュアル的な面で、申し訳ないが、記事に付いては全く覚えていない。大して思い入れの無い、その場しのぎの文字情報の儚さである。