sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

そして季節の始まり(12)・・・R2.8.8①

              終章

 

 森田晶子は、一度藤沢慎二のところへ来てからは落ち着けることを感じたのか? 週末になると来るようになった。

 お互いがシャイで不器用であったのが好かったのだろ。そんな2人が結ばれるにはそう時間が掛からず、やがて晶子は身体の変調を感じ、

《どうやら2人の間の愛の証が宿ったらしい・・・》

 と思われるようになる。

 しかし、晶子は少しも心配などしていなかった。短い期間ながら、慎二との濃い遣り取りを通して漠然と、

《この人となら子どもを作り、育ててみたい!》

 と思えるようになっていたから、抵抗無く受け入れたのである。

 

 1995年の3月初め、慎二は三連休を利用して九州に住んでいる晶子の両親の元に行くことにした。

「時間がないから、仕方が無い。よし、飛行機にしよう!?」

 どちらも飛行機が大の苦手であったが、慎二は迷わずに決め、この旅行中、意識して晶子をリードした。

 晶子は逆らわずに従ったが、道中、それで色んな失敗を重ね、慎二に任せ切る危うさを早くも感じ取るのであった。

 まあその話(※)はまたのお楽しみとしておこう。

 

 九州から何とか無難(?)に関西国際空港に降り立った慎二と晶子は、晶子の家が直ぐそばにあるにも拘らず、南海電車関空と難波を結んでいる自慢の忍者面をした特急、ラピートに乗って難波まで出て、そこから南生駒にある慎二の家に向かった。

 

 慎二の家に着いた2人は、荷物整理もそこそこにして、早速愛を確かめ合う。

 

 暫らく後、眩しそうに細めて見上げる晶子の目が甚く可愛い。

「好き! し、あ、わ、せ、・・・」

 キラキラと目を光らせながら、晶子が呟く。

 慎二はもうそれだけで十分であった。

 

 すっかり春を迎えて、夕闇に溶けかかった生駒山が優しいシルエットを見せていた。          

 

        割れ鍋に綴じ蓋夫婦出来上がり

        足りない分を支え合うかも

 

        其々に足りない分を支え合い

        其れで幸せ感じるのかも

 

      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 この話は2004年8月23日午前11時半頃、どうやらアテネ五輪惚けで、よく分からないままに、取り敢えず終了していたらしい。そんな記録が残っている。

 話の元になる、それらしいことがあったのは1995年のことであるから、もう10年近く遡る。

 勿論、小説のつもりであるから、事実そのままではなく、大分脚色してある。

 ただ、(※)の辺りのことは事実にかなり近い面がある。

 九州に飛行機で向かった事実はあり、その際、難波から伊丹行のバスに乗り、渋滞の所為で結構ぎりぎりに着いた覚えがある。

 また、九州からの帰りは長崎の大村空港を使ったが、その際、対岸から直ぐそばに見えた海上空港へと徒歩で渡った。

 これが大きな間違いで、思っている以上に遠く、最後は走る羽目になり、それでもぎりぎりに着いた覚えがある。

 行き、帰り共に国内線であるから出来たことで、国際線であれば乗れなかったところであった。

 そんなことも含めて、結構綱渡り的にぎりぎりのことばかりしていた。当時は冷や冷やものであったが、今となっては好い思い出である。