その50
令和2年6月30日、水曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着いて、玄関ホールでタイムカードをスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液を掌に溢れんばかりにたっぷりと取り、手指を丸めたり、伸ばしたり、擦り合わせたり、爪の間にも染み込ませようと指先を掌でトントンしたりし、ともかく丁寧過ぎるぐらい念入りに消毒する。
この消毒液は大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だか減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だからついでに洗面所に寄って、持参した米国製超強力うがい薬で何回もうがいをしておく。
そんな一定の安心感が得られるまでの儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。その変わらなさ加減にも結構大きな安心感があった。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
習慣的な朝の挨拶を交わした後、我が国では急速に新型コロナウイルス感染症が収まりつつある、もしかしたらもう大丈夫!? と安心し掛けていたら、緊急事態宣言、休業要請、都道府県をまたぐ移動自粛等の解除の影響が早速出ているのか? この頃また無視出来ないほどの感染者が福岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、千葉県、北海道等と、広範囲に亙って出ていること、大阪でも難波、心斎橋、梅田、天王寺、京橋等の繁華街では人波が確実に増えて来ていること、通勤電車や駅に学生が見られるようになり、まあまあ混んでいるときも増えたこと、その影響が新たな感染者の増加等にじわじわと出始めていること、外国では米国、ブラジル、イギリス、イタリア、ロシア、インド、イランと相変わらず広範囲に亙って猛威を振るっていること等、ひと通り世間話をし、それから慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そしてそばには、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
他人の目も意識して何処まで書くか何か迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインに使っているスマホを取り出し、家を出る前、通勤電車の中等でメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
ファンドさんの関心は既に投資関係の記事に移っており、またスマホの液晶画面を見詰めてぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。
朝のひと時雑詠
今週2日目の出勤日である。
予報通り、朝から生憎の天気になった。
その所為もあって、子どもも私も、口を開けば、「嗚呼、怠い」と言っている。
2人共、これから直ぐに出なければならない。
それが気を重くしている。
まあ単純なものである。
残りの家に居られる方である家人や子どもは何も言っていない。
まあ好い。
悪い方から始まれば、後は好くなるばかりであろう。
そう期待出来る。
それが本当になるかどうかは分からないが、期待出来る喜びがあるだけでも好い。
マイナスはプラスに転ず望みあり
マイナスはプラスに転ず期待あり
それはそうと、昨日家に帰ったら、特別定額給付金の残金を計算しながらネットで注文しておいた安い時計と安いブルートゥーススピーカーが届いていた。
時計の方はシチズンから出ているアナログ表示のソーラー電波時計で、7990円であった。
これまでに使っていたカシオ製とは違い、何と秒針も付いている。
ところどころにある赤字の表示がちょっと中華風で、煩い感じがしないでもないが、それはまあ好い。
カシオ製に比べて1.5倍ぐらいの厚みがあり、本体のプラスチック部分が目立つところがどうもいただけない!?
安いには違いないが、それが如何にもと言った感じで目立つ。
家人も早速そこに注目し、「父ちゃん、今度の時計、えらい大きいなあ。やっぱり安いだけのことはあるなあ」なんて勝手なことを言っていた。
プラスチック部分が分厚くて目立つので、余計にそう思われるようだ。
でもまあ、確り動いてくれれば好いとしよう。
ともかく、大きな不満はない。
ブルートゥーススピーカーの方は、足して1万円を超えればアマゾンポイントがアップすると言うので、そうなるようにと考えて2099円で買ったもので、Mujiliと書いてある。
勿論、中国メーカーである。
安い割に評判が好さそうなものを選んだ。
結果は、案内の英語が洒落ている!?
音は重低音を売りにしているようであるが、もう少し高い物、たとえばANKERのSoundCore2(改善版)に比べるとやはり軽めである。
中高音は割と出ている。
だから、音量を上げるとちょっと煩い!?
でも、BGMにラジコを鳴らすと言った使い方をする分にはそんなに悪くない。
それに、マイクロSDカード、USB入力、ステレオミニプラグによる入力も出来ることを考えると、総合して割安感はあるように思われる。
まあ入門機としては好いのかも知れない。
ただ、ここで止まるには時間が勿体無い!?
折角の時間を使うのであれば、もう少し好い音で聴きたい。
そんな気がして来た。
と言うわけで、これも近い内にお蔵入りのような気がするなあ。フフッ。
安物のスピーカ比べ機嫌好く
安物のスピーカ矢張りお蔵入り
かどうかはまあもう少し使ってから決めることにしよう。
ANKERのSoundCore2(改善版)にしても実はまだ不満もあり、もう少し好い音を聴かせてくれるのかも知れないと、これからの変化に期待している。
さて、そろそろ出る準備に入った方が好さそうである。
昨日に続き、今日も忙しくなりそうに思われる。
ただ昨日は、新型コロナウイルスの新規感染者が東京都の50人越えは別格として、大阪でも7人だったか!? 無視出来ない数が出ていた。
また緊張が高まる朝となっている。
じわじわと不安高まる朝となり
覚悟を決めて動き出すかも
さて、家を出た時に雨はもう小降りになっており、直ぐに止んだから、助かっている。
今は空気全体に水分が薄く行き渡っている所為か? 生駒山の天辺まで見えている。
今朝は冷えたこともあり、鼻がぐずぐずしていたが、通勤電車の中でも鼻水を啜る音がする。
また、きつい咳をする音も聞こえて来る。
なんて書いている内に雨が急に強くなり、生駒山が陰り出した。
今にも消え入りそうだ。
何だか墨絵のように見えている。
生駒駅で乗り換えた尼崎行きの普通電車は何時も通り空いている。
もう一度生駒山を見ておこうと思っても、壁に隠れて見えないままに生駒トンネルに入った。
少し物思いに耽っている内に、もう大阪側に抜けたが、空が暗い。
今日は青空を期待出来なさそうである。
今のところはあまり降っていないようであるが、雨を連れて来そうな風が時折強く吹いている。
石切駅を出てほどなく、あべのハルカスが遠くに陰って見えて来た。
晴れた日には見える青銅色が今日は全く判別出来ず、周りのビルと同様にモノクロの、墨絵のような世界である。
ハルカスや生駒墨絵に見せる雨
ハルカスや生駒墨絵に見せる梅雨
生駒山墨絵に見せる梅雨が降り
ハルカスや墨絵に見せる梅雨が降り
さて、そろそろ職場の最寄り駅である。
今日の仕事の算段をしなければなあ。フフッ。
その辺りまで書いて、自分なりには今日も上手く書けたと思い、慎二がしみじみとしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問いかける。
「どう、これぇ? 今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、緊張が高まって頬を紅潮させ、耳をひくひくさせている。
「ブログさん、相変わらず毎朝、よう精が出ますねえ。どれどれ・・・」
気の好いメルカリさんはそう言って半分呆れ、半分感心しながら、さっと目を走らせた後、顔を曇らせた。
それからおもむろに口を開き、
「ほんま。いやですねえ。大阪でまた新たな感染者が7人も出たんですかぁ~!?」
「そうらしいわあ~。メルカリさんとこ、子どもさんの学校とかも相変わらず緊張してるんとちゃうん!?」
「そりゃそうですけど、それだけではなくて実は母親が入院してまして、盆休みにでも行こうかなあと思っていたんですけど、田舎やから、もしかしたら面会させてくれへんのちゃうかなあ、と思って・・・」
それを聴いて慎二も長い間母親と面会させて貰えなかったことを思い出しながら、
「別に田舎に限れへんよ! 俺とこ大阪府内に居る母親に長いこと面会出来へんかったもん・・・」
「そうですかぁ~。折角収まり掛けていたのに・・・。ほんま、若い連中なんか、罹っても大丈夫とか、思ってるんでしょうね!?」
メルカリさんは本当に迷惑そうな顔をして立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。
そこに事務を担当している若い依田絵美里がお茶を持って来て、慎二の机の上にそっと置き、「神の手」の液晶画面にさっと目を走らせた。
それから少し考え、口を開く。
「若いからって安心しているわけではないんですけど、何処か軽く思っている人も多いんでしょうね!? 外国を観ていると、そうは言えないのに・・・。それに、家族に移る危険性もあるのに、そこまでは気が回らないんでしょうね!?」
本当にもどかしそうな顔になって、返事を待たずに離れた。
聴いていて慎二ももどかしくてならなかったが、一定そんな人がいるのが普通であることをこれまでの長い人生経験で分かっているから、何とも言えない表情になって絵美里の背中を目で追っていた。
先輩として何も言ってやれないことがもどかしくて仕方が無かったのである。
《あ~あっ、未だ暫らくはこんな感じで減ったり、増えたり、小さな波を繰り返すんやろなあ・・・》
言っても仕方が無いから口には出さないが、頭の中では思わずにはいられない。それがまたもどかしさを増していた。
繰り返し詮の無いこと思いつつ
またもどかしさ増して来るかも
《ただ、俗があれば聖もあるもんや。それが人間であることをここにいる皆、心の中では分かっているはず。若い人の中にも直接新型コロナウイルスについての対策を日々研究している人、実践している人もいる。自分達のように心の持ち様、見えない力等について研究している人もいる。それで好いし、それしか仕方が無い。自分達も焦らずに目の前のことにこれまで通り取り組んで行くだけのことやなあ》
口に出さなくても慎二は改めてそんなことを思っていた。