sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

ニートパソコン・・・R2.10.13①

 斎藤良治はこの頃突然のように暇な時間が出来、また文学付いている所為か? 年甲斐もなく素敵な出会い、すなわち恋に憧れ、甘い物語ばかり書いていた。また何かの参考にでもしようと思って韓国ドラマのラブコメばかり視ていた。

 しかし、現実は中々厳しく、夢でそれを実現させても虚しい。

 そう思った斎藤は、書いたことを夢に見ないように、睡眠時間を出来るだけ短くしようとした。そして、横になっても目を閉じないように心掛けた。

 勿論、何時の間にか意識を失っており、朝になったら普段通りに目を開けて起きるのであるが、少なくとも意識している間は目を大きく開けているのであった。

 それでも人間は中々ままならぬもので、斎藤は何時しか夢を見るようになる。そして夢の中で理想の女性、栗栖玲奈に出会った。

 斎藤はそれが夢なのか? それとも現実なのか? よく分からない。

『それならばどちらでも好いから、夢ならば冷めないでくれ! 現実ならば出来る限り長く続いて欲しい・・・』

 そう願うようになった。

『よし! 手紙を書いてみよう』

 思い立った斎藤は愛用のノートパソコン、「夢のまにまに」の中に思いのたけを書き残しておくことにした。

 それを誰に渡せば好いのか分からなかった斎藤は、「夢のまにまに」が異界への窓口のような気がしたのである。

 

栗栖 玲奈様

 暑い日が続きますが、お元気ですか。突然のお手紙、びっくりされたかも知れませんね。もしそうであったらお許しください。

 それでも僕はこれを書かずにはいられませんでした。僕が君に出会うのは、何時も意識が朦朧としたときばかり。君は果たして現実の存在なのでしょうか?

 いや、こんなことは聞かなかった方が好かったのかも知れませんね。僕が知りたいのはそんなことではなく、君がどれぐらい僕と付き合ってくれるつもりなのかと言うことだし、それも聞きたいと言うより、出来ることなら何時までも付き合って欲しいと願っているだけなのですから・・・。

 そうなのです。生来の気弱さの所為で持って回った書き方になりましたが、夢か現実かはこの際置いて、僕は君に出来る限り長く一緒にいて欲しいと願っています。

 他にも一杯書きたいことがあるはずなのに、今は言葉になりません。それはまた形になって来た時にお便りします。それでは、さようなら。

                                 斎藤 良治

 

 返事など来るわけがないと思いつつも、翌朝、心の何処かで期待しながら起きた斎藤は、取るものも取り敢えず、直ぐに「夢のまにまに」を開き、液晶画面を食い入るように見詰めた。

 しかし、液晶画面には南の海らしきところでマンタが悠然と悠然と泳いでいるだけであった。

『これはまあスクリーンセイバーだし・・・』

 そう慰めながらマウスを彼方此方に動かしてみても、横になる前に打った手紙が出て来るだけであった。

『返事なんか来るわけがないやろなあ。フフッ。「夢のまにまに」に打っておいただけやし・・・。そやけど、このノートパソコンも大分古くなってあんまりスムーズには動かなくなったし、新しいソフトを読んでくれんようになったしなあ。もうノートパソコンやなくて、まあニートパソコンってところかなあ? フフッ』

 斎藤は朝から寒いギャグを思い浮かべて、独り悦に入っているのであった。

 そしてその日の夜、斎藤はまた「夢のまにまに」に向かって手紙を書いてから横になることにした。 

 

栗栖 玲奈様

 ところで玲奈さんはマンタが好きですか?

 突然こんなことを書くと、一体何のことかとびっくりされるかも知れませんね。ごめんなさい。

 それはまあともかく、僕は綺麗な海で悠然と泳いでいるマンタの姿を見ていると(と言ってもテレビの画面を通してですが)、羨ましくてなりません。ついつい気持ちが入り込み、何時の間にか一緒に海にいる自分を見出すこともしばしばです。

 勿論、空想です。それに可笑しなことなのですが、僕はマンタのように泳ぎが上手くない所為か? 何時も海亀になってマンタの泳ぎを羨ましそうに見詰めているのです。

 変なことを書いてしまいました。許してください。

 でも、どんな些細な思いでも、出来れば君には共有して欲しかったのです。

 それでは、今日はこれで失礼します。さようなら。

                                 斎藤 良治 

 

 次の朝も返事はなかった。

 それでも斎藤は懲りることなく手紙を書き続け、それが好かったのか? 数か月後、斎藤は無事、退院することが出来た。

 

 それから大分経ってからのことである。退院してからも斎藤は、相変わらず日記のように栗栖玲奈宛ての手紙を書き、横になっていたのであるが、ある朝、スクリーンセイバーを追い払った画面に何時もと違う手紙が現れた。

 

斎藤 良治様

 長い間返事を書かなくてごめんなさい。良治さんからの手紙を何時も読んではいたのですが、あなたのように上手くは書けないし、自分の気持ちが整理出来ていなかったので、返事を書く勇気が出ませんでした。

 さて、マンタは私も好きですよ。

 と言っても私の場合、海遊館で見るぐらいですが、それでも大きな水槽の中でのんびりと泳いでいる姿は見飽きませんし、見ていると何時の間にか癒されている自分に気付きます。

 でも私の場合、食いしん坊だから、貝を食べようと思ってお腹の上でカチカチやっているラッコを見ていると、嬉しくなって来ます。

 それから話は変わりますが、あなたの書いた小さくなる薬、チヂモン、それに大きくなる薬、フクレンの話、ちょっと怖かったけど、面白かったですよ。

 でも、残念ながら私はもうあなたと一緒にいることが出来ません。本当はこのまま何も言わないであなたの元を去ろうとも思ったのですが、それではあまりに味気なく、最後に一度だけ返事を書かせていただきました。これからも色々面白い話を考えてくださいね。それではさようなら。

                                 栗栖 玲奈

 

 そこまで斎藤が読み終えた時、「夢のまにまに」の液晶画面がスゥーっと消え、それからは幾らいじっても、うんともすんとも言わなくなった。

『おいおい、これは一体どう言うことなんや!? それに、俺が玲奈に宛てて書いた手紙だけではなく、手慰みに書いた与太話までよく読んでいる。玲奈とは一体誰やったんやぁ~?』

 斎藤は訳が分からず、取り敢えず家族を呼んだ。

「お~い! 誰かおれへんかぁ~?」

 

 暫らくしてばたばたと足音がし、エプロンで手を拭きながら、長男の良一の嫁、正恵が書斎に入って来た。

「どうなさったんですか、お義父さん?」

「嗚呼、正恵か!? 玲奈は何処へ行ったんやぁ~?」

「えっ、れ、玲奈さんですか?」

 一瞬戸惑った正恵は、直ぐに気を取り直して続ける。

「あ、そうそう! 玲奈さんですね!? ついさっきまでそこに居たはずなのに、一体どうしちゃったのかしらねえ?」

「いや、突然消えてしもたんやぁ・・・」

 正恵は慣れた様子で、笑いながらコンセントを示し、

「ほら、これが抜けてしまったから、ノートパソコンが消えちゃったですよぉ~! お義父さん、前にもうバッテリーが馬鹿になっているって言ってらしたでしょ? だから、ノートパソコンが休止状態になっただけだと思いますわぁ~。コンセントを挿して、復帰させてみたら如何でしょう?」

 そう言われて斎藤はアダプタのコンセントを挿してみた。

 しかし、「夢のまにまに」はもう、うんともすんとも言わない。

「仕方が無いですねえ。それにもうすっかり古くなって、セキュリティー上危ないって良一さんが言っていたから、この際買い替えれば好いと思いますわぁ~。そうしたらお義父さん、また直ぐに玲奈さんに会えるようになるから、心配することはありませんでしょう?」

 それを聞いて斎藤は、すっかり安心したように横になった。

 実際には、斎藤は自分を呆け老人扱いする正恵に対して詳しく説明する気にもなれず、それに新しいパソコンを買って貰えそうなことにちょっと安心したのである。そして朦朧とした頭で、

『最後やからと言って、これまで長く慣れ親しんで来た「夢のまにまに」が壊れる寸前になって漸く返事をくれた玲奈が、またそんなにすんなり返事をくれるんやろかぁ? そんな甘い期待はせん方が好いんやろなあ・・・』

 そんなことを考えていると、正恵の部屋に置いてあるディスクトップパソコンの液晶画面がスクリーンセイバーに切り替わった。そして海遊館の水槽の中でラッコが気持ち好さそうに泳ぎ出し、お腹の上で貝をカチカチと割り始めた。

 その切り替わる前、液晶画面に「栗栖 玲奈」とあったような気がしたのは気のせいであろうか?

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これは私が50歳になった時に書いた小話である。

 その頃に居た職場では時間がまあまああり、また漂っている気から好作用を貰えたのか? 色々な話が浮かんで来た。

 そして周りには、書いたらそれを読んで貰える同僚が何人かいたので、日々その人達を意識して創作を楽しんでいたが、身近な人故の省略があるかも知れない。

 今回、そんなことも含めて少し見直し、加筆は殆んどしていないが、多少の訂正を施してみた。