第4章 小さな裏切り(その4)
あくる日の放課後、ちょっときつい目をした大谷邦子が思い切ったように近寄って来て、藤沢慎二に手紙を渡し、足早に離れて行った。
どうやら交換日記の中止を邦子はあっさりと了承する気らしい。
夕食後、慎二は机の前で恐る恐る邦子からの手紙を開いた。
前略
交換日記を中止したいということ、わかりました。
あなたが矢野正代さんのことを中1のときからずっと好きだというのは、もちろんわかっていました。でも明美から、あなたが私と交換日記をしてくれると聞いたとき、本当に嬉しかったし、その内に矢野さんのことを忘れてくれるものと信じていました。
それでよかったのです。今は私のことより矢野さんのことが好きでも、こうして日記を交換している内にお互いの気持ちがわかってきて、あなたと私の方がもっと近くなるものと期待していました。
でも駄目だったみたいですね。残念だけど、これだけは仕方がないことだと諦めます。
また機会があれば再開しましょう。これからも好いお友達でいてくださいね。
それではさようなら。
草々
予想通り邦子は、恨みがましいことは一切書かず、あっさりと了承している・・・。かのように、少なくともそのときの慎二には思えた。
嗚呼、これで自分の心を裏切らずに済むし、面倒なことからも解放される。好かった・・・。
胸を撫で下ろしながら寝床に入り、久々に心地好い眠りに就いた。
確かに、慎二は自分の心を偽らなくても済むようになり、もう邦子を傷付けことがなくなって好かったのかも知れない。しかし、弄ばれた邦子の気持ちはどうなるのだろう? という思い遣りが少しもなかったことに、そのときの慎二は全く思い至らなかった。
青春はときに残酷である。美しいもの、光るもののみに惹かれ、ものには影もあることに気付かない。気付こうともしない。そして影にこそ心があり、優れた点がある存在など見向きもされないのだ。至極惜しいことではないか。
ただ、これ以上慎二が不正直な気持ちのままに交換日記を続けることに比べれば、小さな裏切りで済む内に止めたのは、邦子にとっても正解だったのかも知れない。
その後も慎二は、教室で邦子に対してぎこちない態度を取り続けた。邦子は大して気にしていないことを伝える為に、わざと校章等、普段はあまり意識していない、どうでもいいような物を借りに来るのであるが、それに対して不器用に応じつつ、慎二は大仰なほどぎくしゃくしてしまう。
もっとも、それは傍目から見ると、交換日記をしているときとそんなに変わらなかったから、別に改めて目立ったわけではない。邦子から観て分かる程度のことであった。
それでも邦子は、そんな慎二が哀れに思えたのであろう。ある日の放課後、そっとメモを渡して足早に去った。
藤沢君
藤沢君が困るだろうから、もう手紙は書かないつもりだったけど、気になることがあるので書かせてもらいました。だから、返事はもういりません。
それで、藤沢君はまだ私のことをすごく気にしているみたいだけど、そんなに気にしなくてもいいんですよ。あれはしかたのないことなんだから、普通にしていてください。私も物を借りに行ってみたり、わざとらしいことはもうしませんから。
それではまた。
大谷