sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

交わらない心(17)・・・R元年12.27①

        第5章 未練 (その3)

 

 冬休みになって、藤沢慎二はせめて矢野正代に年賀状ぐらい出したかったが、中々勇気が出ない。

 中1のときに一緒だっただけで、中2、中3とはクラスが違っている。中1の後半からは同じクラスであっても、緊張が強くなって話も出来なくなっていたし、中2のときに同じクラスの大谷邦子と交換日記をしていたことは学校中に知られていたらしい。今更どの面下げて年賀状を出せばいいのだ!?

 それだけではなく、中3になってから受験勉強に今一身が入らず、机に向かっていてもただボォーっとしているだけのことが多い現実に、慎二は益々自信を無くしていた。成績が目に見えて落ちて来ているのに、教科書を前に広げても何をしていいのか分からず、怒涛のように迫って来る不安にじっと耐えているしかなかったのである。

 

 それでも中3になるまでの蓄積があったのだろう。学区でトップの進学校大阪城北高校は諦めたが、2番手の北河内高校に何とか合格することが出来、慎二は漸く自信らしいものが芽生えて来た。

 結局、その頃の慎二には勉強しか基準にするものがなかったのである。

 まあ何にせよ自信には違いない。高校生になった慎二は、思い切って正代に手紙を出すことにした。

 

矢野正代様

 突然のお手紙、びっくりしたかも知れませんね。もしそうだとしたら、ごめんなさい。

 さて、お互いに高校生になりましたが、正代さんはお元気にお過ごしでしょうか。僕は新しい仲間とそこそこ楽しくやっています。だいぶ慣れてきました。

 それで思い出したのが君のことです。

 と言うのは半分嘘で、実は中1のときに出会ってから、君のことは片時も忘れたことがありません。受験勉強で余裕がないときもずっと君のことを思っていました。それが励みになったものです。

 でも、今まで言い出す勇気が出ませんでした。

 でもでも、いつまでもそれではいけないと反省し、思い切って手紙を書くことにしました。

 僕は中1のときに出会ってからずっと正代さんのことが大好きでした。君がそばにいると、心がぱっと明るくなります。昔から映画やドラマでよく、君が僕の太陽だ、と言いますが、本当にそんなで感じなのです。どうか僕と付き合ってください。よろしくお願いします。

 それではよいお返事をお待ちしています。さようなら。

                                  藤沢慎二

 

 しかし、幾ら待っても何の音沙汰もなかった。悶々としながら慎二は、もう一度手紙を書くまでの勇気は出ず、じっと耐えているしかなかった。

 

 それから大分経って、慎二が北河内高校の2年生になってからのことである。慎二より5つほど上の、多少ぐれていた叔母の川崎澄子が、大分落ち着き、慎二より7つほど上の叔父と同級生だった優しそうな大柄の男性、東口涼真と結婚すると言って、2人で挨拶に来た。

 澄子はエネルギーに溢れていた分、思春期には自分でも持て余していたようであるが、落ち着いてみると、それがかえって表情を生き生きとさせ、何とも言えない女性的な魅力を与えていた。

 

 話が一段落した頃、澄子と涼真を前にして、母親の祥子が何の気なしに言う。

「ところで慎二、お前が好きな子は確か矢野正代という子やったなあ?」

「えっ、何で知ってるんやぁ!?」

 慎二はどぎまぎしながら赤面する。

 それを感じたのか、並んで座っているだけでも親密さが溢れている澄子と涼真の表情が更に華やいだ。

「もぉーっ、冷やかさんといてぇ~やぁ~!」

「うふふふっ」

「ははははは」

 唐突に話題を提供した祥子も普段とは違う柔らかい表情をしていた。

 そんな和やかな様子を見て、慎二もただ笑っているしかなかった。その程度には慎二の心の痛手は回復していたようである。