第4章 小さな裏切り(その3)
その後も週に1回ぐらいの割合で慎二は学校帰りに脇坂正一、岸川友也、真崎紀夫の悪友3人に呼び止められ、大谷邦子との交換日記をとの見せるように迫られた。そして、あっさりと見せた。
当然、慎二が書く内容は3人を意識したものになり、益々生真面目でつまらなくなった。
その内に、陸上部の益田義人も加わり、義人は川本裕子との交換日記を公開するようになった。
裕子は慎二にとって初恋の人であったが、気の強さ、慎二も含めて周りの男子に対する硬そうな感じから、その時は既に全く思いを残していなかった。
親愛なる義人さんへ
この前の日曜日はほんとうにありがとう。映画、とっても楽しかったです。途中から泣いてしまって、すっごく恥ずかしかったけど、止めようと思っても、感動で涙が止まらなかったの。それに、あなたがそばにいたから、正直になってしまいました・・・。そのことにもお礼が言いたい気持ちでいっぱいです。
ところで、もうすぐ天神祭りですね。義人さんのところはどうするのかなあ?
私のところは去年まで家族で行っていました。できれば今年は義人さんと行きたいなあ。
それではまたね。さようなら。
裕子
裕子へ
天神祭りのこと、いいよ。一緒に行こなっ。
それで、裕子は何を着て行くん? できたら浴衣がいいな。
俺はどうしようかな? この前に買ったVANのポロシャツでも着て行くか!?
でも、その前に期末試験があるなあ。今回もいっこもわからへんから、試験前になったら教えてな、裕子。
ほな。
義人
明らかに慎二と邦子の間より親密度が高そうである。はっきりとものを言っているが、裕子には女の子らしい甘えが出ている。義人の方も飾り気がなく短い分、余計に仲のよさが出ている。
今は全く思いを残していない裕子、のはずではあっても、自分とは違う男子と親密で女の子らしさに溢れた遣り取りをしているのを知らされると、慎二はちょっと複雑な気がして来た。
家に帰ってから慎二は、自分のしていることが本当にこれで好いのか、疑問に思えて来た。
義人と裕子はあんなに仲よく遣り取りしている。楽しそうだなあ。それに比べて、自分たちのしていることはどうだろう? 邦子はともかく、少なくとも自分は、全く嘘ではないにしても、建て前ばかり書いているような気がするなあ。これを続けていると肩が凝って疲れてしまう。
それだけではなく慎二は、邦子と2人だけの間における交換日記という、極めて個人的な付き合いをしていることが皆にとっても既成の事実となり、正一の弁をそのまま信じると、既になくなっていたにせよ、矢野正代との可能性が全くなくなってしまうだろうことに、大きな焦りを覚えていた。
面白くなくもないけど、自分に似合わないことを書くのが面倒になって来たし、第一2人だけの秘密をこんな風に悪友たちに見せ、裏切っているのが嫌になって来た。そろそろ止めようかなあ。でも、これまで色々遣り取りして来たから、急に止めるなんて言うと、邦子はびっくりするかも知れない。それも悪い気がして、言い出し難いなあ。
大分迷った末、それでも慎二は思い切って交換日記を中止することにした。
くにこさんへ
急にびっくりするかも知れませんが、今まで自分に嘘をついていたことがあって心苦しいので、正直に書きます。
申し訳ないのですが、今回で交換日記を止めましょう。僕には中1のときからずっと好きな女の子がいます。片思いですが、好きなのは事実です。それを隠して君とこんな風に交換日記をしていることが辛くなって来たのです。
勝手なことばかり言って、すみません。
それではさようなら。
しんじ