sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

交わらない心(8)・・・R元年11.26①

      第2章 交換日記 (その3)

 

 あくる日、慎二は早めに登校し、邦子の机の中に交換日記を入れた。

 直接手渡すのは何となく恥ずかしいし、机の上に置くと、他の生徒たちに観られそうである。邦子ならば机の中に入れておいても気付くだろう。

 それだけのことを思い、実行するだけで、慎二は今日の分のエネルギーのかなりの部分を使ってしまったのか、結構疲れを感じていた。

 

 授業が始まると、皆がちらちらと慎二と邦子の方を見ては、くすくす笑う。

 気持ちは分かるが、当事者となったのは初めてなので、慎二は恥ずかしくて仕方が無かった。そして、注目されていることにちょっとばかり好い気持ちにもなっていた。

 その所為で気が散り、当てられても頓珍漢なことばかり答えてしまい、余計に笑われた。

 

 その次の日の放課後、教室で慎二が帰り支度をしていると、ちょっときつい目をしながら邦子が近寄って来て、恥ずかしそうに交換日記を手渡し、足早に立ち去った。

 皆が好奇の目で見ている。慎二は暫らくの間、顔をまともに上げられなかった。

 

 夕食後、そそくさと部屋に戻り、持ち帰った交換日記をそわそわしながら開けると、先ず邦子からの苦情が目に入った。それに、呼び掛け方が慎二に合わせて名前に換わっているのも恥ずかしく、嬉しい。

 

 

慎二さんへ

 

 交換日記を机の中に入れないで、恥ずかしくても直接手渡してください。私もそうしますので、よろしくお願いします。

 いきなり文句を言ってごめんなさい。でも、慎二さんとはちゃんと付き合いたいから思い切って書かせてもらいました。許してくださいね。

 ところで、私の将来の夢についてそんな風に持ち上げられると恥ずかしくなります。別に大したことではなくて、たまたま入院した経験があったから、と言うことだと思います。反対に慎二さんの場合は幸いにもそんな経験がなかったからまだ見えていないだけのことではないでしょうか?

 なんて、えらそうなことを書いてごめんなさい。慎二さんだと思って、つい甘えてしまいました。それではまた。

                                   くにこ

 

 

 確かに、今まで大した苦労はしていない。刺激が無い分、何かを思い立つ切っ掛けが無かったのかも知れない。若い時の苦労は買ってでもしろと言うのはどうやら本当のようだ。

 しかし、大きな苦労の無い今に生まれたのだから、ある意味それは仕方の無いことである。むしろそこから出発出来る幸せを噛み締めながら、今後に夢を馳せれば好いのだろう。

 そんなことを考えながら慎二は鉛筆を手に取り、おもむろに交換日記を書き始めた。

 

 

くにこさんへ

 

 交換日記の渡し方についてはごめんなさい。恥ずかしいもんだから、つい黙って机の中に入れたんだけど、これからは気を付けます。

 将来の夢については色んなことを感じさせられました。

 まず、幸いにも僕が辛い経験をしたことがないから見えて来ないと君が言った件について、本当だなあ、と思いました。そう言う意味では苦労することも悪くないですね。

 でも、恵まれた時代に恵まれた環境の中で生まれ、育って来たことは事実だし、それはやっぱりすごく幸せなことだと思います。昔の人が積んでくれたところから出発できる幸せを意識しながら、僕はあせらずにじっくり自分に合う夢を探していきたいと思っています。

 なんて、やっぱり甘いのかなあ。

 ところで、くにこさんは今日、落合さんが言っていたテレビの観方についてはどう思いますか? 毎日観る時間を決めて、それをしっかり守るなんてえらいとは思いますが、僕にはとてもできません。でも、友達同士の会話がテレビ番組や漫画のことが中心で、観ていないと会話に加われないのもどうかと思います。何か意見があったら聞かせてください。それではまた。                            

                                   しんじ

 

 

 書き終えた慎二の顔は何時になく穏やかなものになっていた。そして、少し大人になったような気がしていた。