sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(3)・・・R2年1.3①

             第1章 その2

 

        勉強が思いの外に難しく
        答えられずに恥ずかしいかも

 

 小学校、中学校時代は定期試験前以外に殆んど家庭学習をしたことがなく、藤沢慎二は高校に入ってからも習慣的にそれを変えようとは思わなかった。
 中2までは授業を聴いていれば十分だったのである。
 中3になってからは流石に徐々に下がり始めたが、それでも300人中10番前後であったのが30番前後になったところで卒業出来たので、意識の上でそう大きな危機感にはなっていなかった。
 それに中学校までの適当な参加し方ではなく、本格的に部活動を始めたので、これが結構身体に応えた。授業中、眠たくて仕方がなく、先生の声が時々遠くなって行く。それでも中学校までのように起こされないから、授業を聞き逃すことが多くなった。分からないから眠くなり、眠くなるから分からなくなる。元々家では勉強をしないから、回復のしようがなく、益々やる気をなくす。その悪循環に陥り始めていた。
  
 5月のある日のこと、数学の授業のとき、慎二は心地よい風を頬に感じながら、教師の迫田耕作の野太く、落ち着いたリズムを刻む声が遠くなり始めていた。
 一通りの説明を終え、次は例題解説である。
 迫田はこのとき、生徒を指名し、ゆっくり答えさせながら皆にも考えさせるようにしていた。
 ざっと見渡すと、慎二のボォーッした顔が目に付いたようで、迷わずに指名した。
 質問を投げ掛ければ理解するのに大分掛かるだろうし、出来たとしても、それを消化して答えを導き出すのには時間を要するだろうから、迫田にすれば最高の選択だったのである。
 しかしで対人緊張の強い慎二にすれば、折角夢の中で気持ちよく遊んでいたのに、いきなり厳しい現実に晒され、地獄に落とされたようなものであった。当てられて立ち上がり、迫田に質問されたことに期待通り(?)、何一つ満足に答えられなかった。
「はい。もういいから座って! ちょっと難しかったかな? それでも、これは酷過ぎる。もう少し答えてみて欲しかったなあ。今度から少しは予習しておくようにね!」
 迫田に言われて漸く席に腰を落ち着けたとき、慎二は消え入りたい思いであった。
 迫田はそれだけでは気が済まなかったのか、みんなに向かっても説教し始めた。
「何時も言うように、復習も大事だけど、予習の方がもっと大事だよ。予習をしておかなければ、その日の授業が無駄になってしまう。いいかい? これは皆にも言っておくよ! それでは、次は誰に当てようかな?」
 迫田の気持ちが収まり、慎二も肩の力を抜こうとしたとき、そこに隣席の青井健二が追い討ちを掛けるように言う。
「めちゃ格好悪かったなあ。フフッ」
 その屈辱が高校時代を通じ、慎二の軽いトラウマになった。

 それでも慎二は何処かで、定期テスト前の勉強で何とかなる、自分はやれば出来ると思っていた。
 しかし現実はそう甘くなく、定期テスト前に教科書を開いてもさっぱり分からない。

 北河内高校は学区で2番手とは言え、大阪府下でそれなりに名の通った進学校だったので、たとえば数Ⅰの教科書でも中学校の纏めに当たる最初の50ページは春休み中の課題とされたのである。家庭学習の習慣がなかった慎二は勿論やっていない。それ以後のページから授業が始まったので、最初の中間テストでも試験範囲が結構な広さになり、当然惨憺たる結果となった。

 

        勉強は環境あって出来るもの?
        無理な要求笑止なのかも

 

 試験後、担任の鎌田道雄との個人懇談があった。
「クラスでは45人中25番、学年では448人中256番かぁ~。君の中学時代の実力テストの成績も見せて貰ったけど、それに比べると、大分落ちているねえ。どうした? もしかしたら柔道部の活動がしんどいのかな?」
 と言われても慎二にはよく分からない。鎌田のように色んな資料を持っているわけではないから、また持っていたとしても、視点を何処に定めれば好いのか分からないから比べようがなく、こんなものかと思っている。
「毎日何時ぐらいまで練習しているの?」
「はぁ~、大体6時過ぎぐらいです」
「う~む、いけないなあ。前から何度も5時には止めて帰るようにと言っているのに・・・。また僕から顧問に言っておくよ。それから、君の勉強部屋はどんな感じかなあ?」
「はい。4畳半の部屋に兄と一緒です」
「ふぅ~ん、そしたら本当に勉強するだけの部屋だね。交代で使っているの?」
「いえ、そこで一緒に寝ていますし、勉強部屋と言うより、2人の居室です」
「えっ、そうなのかぁ~!? でも、机を2つ、それに箪笥、本棚、布団を2枚・・・。いや、二段ベッドか。それにしてもよく入るねえ。机はどんな風に置いているのかなあ?」
 北河内高校の教師は経済的に豊かな人が多く、おまけに郊外に住んでいる人が多いと聞くから、大都会の下町のアパートに住む藤沢家の生活は鎌田の想定外にあるのだろう。悪気なく余計なことをしつこいほどに詮索する。
 慎二にすれば小学校まで6畳一間に一家4人で寝ていたのが、中学校に入ってからもう一間、4畳半の部屋を借りてくれ、兄と一緒に使えるようになったから、何の不満もなかった。
 いや、元々布団1枚で兄の浩一と一緒に寝ていただけのところに、慎二が中3、浩一が高2になってからはそれぞれの机が加わったから、不満どころか、その点に関してはかなり豊かになった気がしていた。
 たとえ鎌田に悪気はなくても、日常生活を同情されるのにまでは付き合っていられないから、簡単に、
「机は並べています」
 とだけ言った。
 しかし、国語教師で詩人でもある鎌田にとっては、幾ら日常生活とは言え、若い日々の生活にこそもっと拘り、どうしても改善すべきことであったらしい。
「それでは勉強出来ないだろう。それに、おちおち考え事もしていられない。何とか机を置く部屋を分けることぐらいは出来ないのかなあ?」
 他には居間、両親の居室、台所、食堂、・・・、何でも兼ねる6畳の部屋があるだけである。
「いやぁ~、無理だと思いますよぅ」
「そうかぁ~。それならばベニヤ板でも何でもいい。お兄さんの机との間を仕切って、視線を遮れるようにした方がいいねえ。それだけでも随分違うもんだよ」
 慎二にすれば、聞いているだけでもブロイラーか何かにされそうな気分であった。
 帰ってから母親に言ってみたが、一体何を言い出すのだ!? と言う顔をされ、一笑に付されただけであった。