sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(13)・・・R2年1.12①

          第2章  その3

 

        成績がずんずん上がり出した故
        周りの意識高まったかも

 

 高2に上がって直ぐの中間試験における躍進後、藤沢慎二はこと勉強に関してはある程度自信を持てるようになっていた。

 器用とは言えないまでも、理系科目については教科書を読んで理解し、例題の解法を読んで理解しておけば、同じ程度の基本問題に関してはそう引っ掛かることなく解けるようになっていたし、文系科目については教科書を丸覚えしておけば、穴埋め問題については迷いなく答えられるようになっていたのである。
 北河内高校ではまだ実力試験が始まっていなかったから、学業成績に関してはそれだけで十分に事足りていた。
 そうなって来ると学校生活全体が上手く回るようになり、期末試験の勉強もすんなりと進んだ。
 どうやら期末試験でも期待出来そうだなあ。
 それが表情にも表われていたのであろうかそ? 慎二は勉強においてクラスでかなり意識される存在になった。
 そしてライバルの出現である。その中に、そこの後、長い間に亘って意識し合うことになる下山学がいた。
 下山は小太り中背で何時も穏やかな表情を浮かべているが、よく見れば小さな目の奥にシニカルな光が微かに宿っている。何処か安心して付き合えない、近付けばそっと遠ざかるような空気を感じさせる生徒であった。
 競争を好まない慎二は、決して下山を意識したかったわけではないが、下山の方から近付いて来るので、意識しないわけには行かなくなったのである。
 本当は、慎二も元々競争を好まない方でもはなく、むしろ競争する意識が強い方と言えたのかも知れないが、負けたときの悔しさに耐え、またの機会を期すほどメンタルが強くはないから、長ずるに従って競争を意識的に避けるようになっていた。
 たとえば、上にいるときは得意になり、それを強く意識する。しかし、余程飛び抜けているのではない限り、振り向けば直ぐそこにライバルの向かって来る顔が見えるはずである。そうすると慎二は緊張し始め、しんどくなって来るのであった。しんどいことには徐々に耐えられなくなるのであった。
 そんな弱い自分と長く付き合っていたくはないから、慎二は自然と競争を避けるようになっていた。
 しかし、そんな慎二が張った自我防御の為のバリアーを掻い潜り、本質に迫って来た以上、それに侵されないようにするには十分に相手を意識し、競争に応じるしかなかったのである。

 結局、期末試験では慎二がクラスで中間試験より一つ上がって2番になり、下山も一つ上がって3番になった。学年では慎二が中間試験より更に上がって30番に入り、下山も40番に入った。
 中間試験のときクラスで1番であった山園盛夫は期末でも1番であったが、2番の斉藤晴彦は一気に10番まで下がったと言う。理系文系問わず、どの科目でも平均して高得点を重ねる山園は文系科目に弱点のある慎二、どちらかと言えば理系科目で差を付けられる下山にとってまだちょっと高いところにあったが、斉藤はどうやら中間試験のときがフロックであったらしい。
 と言うわけで、いよいよ慎二と下山の一騎打ちが始まろうとしていた。

 

        喜びを素直に出せぬわけがあり
        強くないから予防するかも

 

保護者懇談で改めて慎二の成績が上がったことを知らされた母親の祥子は、素直に喜びを表わすよりも、ちょっと緊張した顔になって帰って来た。
「どうやったぁ? あんまり好くなかったやろぉ~?」
 慎二も素直には聴けない。期待に反して悪かったときの予防線を張りながら確かめる。
 こうしておけば、悪くても覚悟していた以上に責められることはないだろうし、期待通りに好くなっていれば、期待以上の評価を得られるからである。
 多少の自信を持てるようになったとは言え、慎二の自我はまだそれほど弱かった。
 しかし、あの緊張した表情は何を表わしているのやろぉ?
 自分が作為的なことをしているくせに、慎二は母親に複雑な思いがあるなんて想像もしていなかった。
 しかし、他人の思いに対しては慎二同様に単純な母親は、慎二の逡巡などに頓着なく、言葉だけに対して素直に答える。
「まあ上がってたよぉ。お前が前に言っていたように、国立浪速大学を十分に狙えるって、岡元先生も言ってたわぁ~。まあ頑張りぃ」
 そう言いながらも母親の表情は崩れないし、それ以上慎二が期待したほどには褒めなかった。
 母親がそれ以上は褒めず、複雑な表情をしていたのには実はわけがあったのである。
慎二が心配していたように、家計を考えると、国立大学の自宅通学にせよ最低4年間は家族で頑張る決意が必要であった。

 

        進学は家族皆の問題で
        共に頑張る決意要るかも

 

 その夜、母親は父親の純一に相談することにした。
「お父ちゃん、今日なあ、慎二の学校へ行って来てん」
「・・・・・・」
 父親は何も言わず、先を言うように目で促す。
「それでなあ、2年になってから慎二の成績が大分上がって来たやろぉ? このまま頑張ったら国立浪速大学でも行けるらしいわぁ~」
 父親は少し目を大きくし、ほぉーっ、という表情をする。興味を持った様子であった。
「それは嬉しいねんけど、この頃毎日勉強するようになったから、今のままだと、幾ら慣れたとは言え、私の睡眠が浅くなってしまうと思うねん。受験までまだ1年半以上あるから、ちょっときついわぁ~」
 2年生になってから、父親は毎日遅くまで勉強するようになった慎二を避けて、浩一と同じ部屋で寝るようになっていた。だから、慎二が勉強している部屋では母親が一緒に過ごし、慎二に夜食を用意した後、そこで何とか我慢しながら寝ているのであった。
 母親は少し迷った末、言葉を続けた。
「それでなあ、今年から浩一が働き出したことやし、思い切って慎二にもうひと部屋、勉強部屋に借りたったらと思うねんけど、どうやろぉ? 1階の奥の部屋がちょうど空いているねんて。3畳やし、4000円で借りられるらしいわぁ~。それぐらいやったら何とかなると思うねん」
 浩一は守口工業高校を卒業し、世界に冠たる杉下電器に就職して家計に幾らか入れていたので、その分浮いて来たし、このままパートを続ければ何とかなるはず。
 そう思った母親は殆んど決めていたが、父親にも決意を促す気持ちで聞いているのであった。
「分かった・・・。そうしたりぃ」
 勉強に関して父親は母親の方針に異議を唱えることはなかった。
 それは男だからと言うより、父親が元々勉強を好む方ではなく、成績も中程度であったから、家庭の事情で好きな勉強を途中で断念した母親に、勉強に関する限り一目置いていたからであった。
 母親は決めると行動が早い。次の日早速管理人と交渉し、空いていると聞いていた薄暗く、湿っぽい3畳間を借りることにした。
 その部屋は机と本棚を置いたらあまり余裕がなく、北側に小さな窓があるだけなので、生活するには適さない。勉強する為だけの部屋であったが、慎二にとっては初めての自分だけの部屋であった。
 これで勉強出来なければ言い訳のしようがない。
 心の何処かで済まなく思いながら、慎二はこのときから本当に受験を意識するようになった。
 と言っても、受験に対する意識が高まっただけで、大学に行ってからのイメージについては相変わらず霧の彼方にあった。