sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見かけが9割!?(14)・・・R2.4.24①

              その-7

 

 令和2年2月27日、木曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、執務室に入る。既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを何やら熱心に見詰めていた。

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 挨拶を交わした後、世界では新型コロナウイルス感染症に関する騒ぎが彼方此方で大きくなっていること、ファンドさんの一番の関心事である株価に大きな変動が起こっていること等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。

 迷うところがあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろに年季の入った256MBのUSBメモリー、「愛のバトン」を取り出して、「神の手」に挿し、休みの間に家で書き進めていた私小説っぽい作品、「明けない夜はない!?」の一部を取り出して加筆修正を始める。

 

           明けない夜はない!?

             その2

 今後の見通しをある程度持って気持ちを落ち着けた青木健吾が、近所の市立図書館に行ってみると、これが意外に好い。家とは違って沢山の本があり、整理されて見易いように並べられている。そんな当たり前のことだけではなく、CDを聴ける、DVDを視られる、インターネットでの検索が出来る、他の図書館と連携出来る等、子どもの頃より出来ることが大分増え、繋がりが広がっている。それに何より、これはずっと前から出来たことではあるが、エアコンの効いた自習室で落ち着いて勉強することが出来る。

 健吾が独り暮らしを始めた安アパート、山吹荘は飯盛山の山裾にあったので平地より僅かに涼しく、独り者の涼しさもあったから、節約の為に健吾はエアコンを買っていなかった。

 でも、流石に夏の一時期はじっとしていても汗が滲み出て来るから、せめて勉強する時ぐらいはエアコンが欲しい。

《これは図書館を利用しない手は無いなあ・・・》

 そんな或る日曜日のこと、健吾が市立図書館の自習室に公務員試験の一般教養対策問題集を持ち込んで勉強していると、背が高く、すらりとした少女、中野昭江が入って来た。

 途端に皆の視線が面白いようにささっと昭江の方に動く。化粧っ気は全く無く、髪は染めていない。淡いブルーの地味なブラウスに洗い晒しのジーンズと、そこまでで目立つところは何ひとつ無いのに、周りの意識を惹き付けて止まない感じが漂っていた。

 よく観るとモデル並みにスタイルが好く、何かスポーツでもしているのか? すらりと見えて実は適度な厚みもあった。それが即座にはそう認識されなかったから不思議と言えば不思議であった。それはあまりにはも周りと染んでいたからで、自然に整っていれば周りと違和感が少なく、かえって目立たないもののようであった。

 それでも周りの視線を惹き付けてやまないのは、そこに彼女の存在自体が醸し出すえも言えぬ匂い、そしてオーラが感じられるからであった。要するに認識とは言葉による切り取りで、それにはある時間を要するが、即座に意識されることによってかえって認識に至るのが遅れたと言うことか?

 嗚呼もどかしい。今、すべてを言ってしまいたいが、昭江の存在がそれを許さない。それほど昭江は自然に美しかった。

 昭江自身はそんな空気、視線が大の苦手だったようで、恥ずかし気に目を伏せており、それが余計に風情を添えていた。

 健吾も勿論目を走らせる。

 でも一瞬であった。一瞬で整った小顔、胸の膨らみ、引き締まったウエスト、脚の長さ等が頭の中に刻み込まれ、惑乱して視線を逸らしていた。

 それだけで落ち着かなくなり、問題集に視線を戻しても、全くと言って好いほど入って来なくなった。

 人は刺激に慣れるものである。そんなことが何回か重なると、当たり前になり、健吾はまた勉強が進むようになった。

 それから数日後のこと、健吾はこれも独立している兄の琢磨からキリスト教系の聖書研究会、「希望の光」が夏になると能勢で行っているキャンプのことを勧められた。

 琢磨も健吾と同様に香里園にある安アパートで独り暮らしをしており、守口工業高校を出て直ぐに大手弱電メーカーの杉上電器産業に就職したから、働き出してもう10年目になる。冗談ばかり言っているひょうきん者に見えるが、人に言えない悩みもあるのか? 宗教への関心が高かった。その琢磨が前年に参加し、安くて、まあまあ楽しく、無理に入信まで誘わないから、割と好かったと言う。

 健吾も宗教には関心が強い方なので、あまり迷わず参加することに決めた。

 7月の末のこと、「希望の光」の夏季キャンプの当日、集合は梅田であった。JR大阪駅の北側に集まり、そこから観光バスが出た。2台にぎっしりと乗り込み、結構な人数であった。

 着いたのは昼前、能勢の青年の家に着いた後は、早速部屋割りがされ、荷物を置いた後、飯盒炊爨をすることになった。この辺り、小学校、中学校等で行われた普通の宿泊行事と変わらない。

 昼食後、片付けを終えてから自己紹介も兼ねてゲームが行われ、そこで健吾は昭江も参加していることを知った。

《あっ、あの子やぁ~!? 図書館でよく観るあの子・・・》

 何でもないように思え始めていたキャンプが一気に明るいものになった。健吾はこの宗教をこのまま信じても好いような気になっていた。

 夜、寝室は幾つかのロッジに分かれていた。健吾が割り当てられたロッジでも昭江のことが話題になっていた。

 お調子者のやんちゃそうな秋元周平が口を開く。

「なあなあ、あの子、なんて言うんやったっけ? 可愛くて、スタイルが好くて、ゲームの時も気になって仕方が無かったわぁ~」

 言っている内に、既に蕩けそうな顔になっている。

「中野昭江、やろぉ~? それぐらい覚えときぃ・・・」

 ぼそっと言ったのは鈴木壮太であった。

「ほんまやぁ~。そんなに惹かれてるんやったら、名前ぐらい覚えときぃ~なぁ」

 冷めたことを言いながら、山口俊平も満更ではなさそうな顔をしている。

 そんな軽い遣り取りを聴いていたこのグループのまとめ役の迫田勇作が、

「でもなあ、こんなキャンプで声を掛けるのはあかんらしいでぇ~」

 やんわりと釘を刺す。

 健吾はそれだけのことでもドキドキして仕方が無かった。

《あかん、あかん。俺の方が先に知ってるねんからなあ・・・》

 そんなことに何の意味もないことぐらい分かっていたが、健吾は既に心の中でそう叫ばずにはいられないぐらい昭江に惹かれていた。

 それでも流石に宗教関係のキャンプである。そんな卑近な話題は早々に終わり、命、原罪等への話題へと移って行った。その過程で秋元が激しく泣き出したのにはちょっと驚かされた。

「・・・。そんなこと言うたかて、皆牛や馬の肉、食べてるやろぉ~!? 虫も殺してるんやん。そんなん、全然矛盾してるわぁ~!」

 進化論が普通のこととして教えられている現代人にとって、人も動物の一種であることにほぼ疑いはない。聖書に則ったキリスト教を信じたくても、そこでどうしても引っ掛かる。健吾もまた同様であった。

 ただ秋元までの熱さは既に無かった。秋元のそれは、人一倍感じ易い心を持っているが上の甘え、やんちゃとしても出ているようであった。

 それを鋭く感じ取った健吾は、そんな秋元の方が昭江に選ばれるのではないかと、今はそこだけが心配であった。

 

 その辺りまでを見直して加筆訂正し、ちらっと時計に目を走らせてここで置くことにした。納得したのか? 「愛のバトン」をそっと抜いた後、「神の手」を優しく閉じ、慎二が創作の余韻に浸ってしみじみしていると、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はまだ恥ずかしさもあったが、ちょっとは自信も持ちながらメルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せて問いかける。

「どう、これぇ? この前もちょっと読んでもろた書き掛けの小説みたいなもんの続きなんやけど、自分としてはまあまあ書けてると思うんやけどなあ・・・」

「おっ、あのブログさんとはちょっと違う? 主人公が埼玉県にある出版社から大阪に戻って来たとか言うてた小説の続きですかぁ~!? あの後どうしたのか? ちょっと気になってたんですわぁ~。それにしても毎朝、よう精が出ますねえ・・・」

 半分呆れ、半分感心しながら、

「どれどれ・・・」

 気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、

「おっ、ブログさん、思い入れたっぷりにヒロイン登場やなあ。もしかしたらこれ、ブログさんが若い頃に好きやった子のことかなぁ!?」

 どうやらまたほぼ実際通りと受け取られたようである。

《然もありなん。でも、ここも違うことをしっかり言っておかなければ・・・》

 慎二は慌てて否定に掛かる。

「違うってぇ~! これぇ、あくまでも小説やってぇ~。そやから、全くの作り話やからぁ・・・」

 そう聴いてもメルカリさんはちょっと悪戯っぽい笑いを浮かべながら、

「フフッ。本当かなあ? これも殆んど自分のことちゃいますのん!? 何や粘っこいオヤジの目も入ってるけど、その時の気持ちの熱さは分かりますわぁ~!」

 当たっているだけに慎二としては事務を担当する依田絵美里の手前恥ずかしく、やはりここでは強く否定しておくことにした。

 因みに依田絵美里は25歳とまだ若く、昭江のモデルとしている思い出の子ほどではないにしても、十分に可愛く、スタイルが好かった。それに思い出には往々にして結晶作用が入りがちであるから、実際にはそんなに変わらないことも大いにあり得る。

「いや全然違う! 俺が大阪帰って来て勉強や就活している時にそんな子なんかおらんかったぁ・・・」

「ハハハ。でも、再就職してからか何処かでそんな素敵な子との出会いがきっとあったんでしょ? 今度こそどんな遣り取りがあったのか? 楽しみですねえ。ハハハハハ」

「違うってぇ・・・」

 それ以上否定するとかえって肯定しているように思われそうであるから、慎二はもう何も言わずに、ただ顔を真っ赤にして耳をひくひくさせていた。

 メルカリさんは年の割に練れていないブログさんをこれ以上からかうのは酷かと思い、笑いながらコーヒーを淹れに立った。

 そんなオヤジたちの与太話に耳をそばだてていたようで、絵美里が慎二の机の上にお茶をそっと置いて行った。

 しかし何時ものようには笑っておらず、顔をちょっと強張らせていたのが慎二にとって気になるところではあった。

 

        青春の思い出何時かオヤジ達

        転がす内に粘り出すかも