第1章 その1
ついふらり覘いた所為で道着着て
其の儘ずっと続けてしもた
藤沢慎二が北河内高校の柔道部に入ったのは、高校入学直後の浮かれた気持ちが大きかったように思われる。
高校生活が始まって間もない頃の放課後、慎二が体育館付近をぶらぶら歩いていると、横幅のごつい2年生の橋詰勲が精一杯の笑顔を作って、如何にも楽しいことのように声を掛けて来た。
「おいおい、そこの君。どう、ちょっと柔道着、着てみいへんか? 着るだけでええから。なっ、なっ、ちょっとだけやから」
慎二は、何となく着るだけならいいか、と言う気になり、着替えてみたところ、早速腹筋、腕立て伏せ等の基礎トレーニングや、軽めの練習までさせられ、大仰に褒められたような、茶化されたような。要するにすっかり乗せられてしまったのである。なまじ付いて行けたものだから、身体が気持ち好くなり、少々自信まで芽生えてしまった。
「あんなあ、今日柔道部に行ったらなあ、柔道着、着てみいへんかぁ~、と誘われてなあ、ちょっとやってみてん。ほな、何とか出来そうな気がするねん。なっ、入ってもええやろぉ~?」
帰ってから母親の祥子に得意そうに言った。
そのとき慎二は、兄の浩一を多少意識していた。
浩一は中学、高校と何かのクラブに嬉々として入り掛けては、練習後の疲れ切った顔を見た母親に強く反対され、多少迷う様子を見せながらも、結局は素直に従っていた。そんな浩一を見て、心配されることが羨ましくもあり、何時までも心配されることが格好悪くも見えて、慎二はちょっと複雑な気持ちを秘めていたのである。
「入るのはええけど、止めたいときに何時でも止められるのかの? しっかり確かめときやぁ!」
母親はまるでたこ部屋にでも入るかのように言う。
それが慎二の反骨心に火を点けたのかも知れない。体を激しく動かす心地好さもあったのだろう。翌日も道場を覘いてみることにした。そして、そんな他愛無いことが切っ掛けで、慎二は高校、大学と都合7年間も柔道をすることになった。
弱くても続けることで自信付き
男らしさを意識したかも
柔道部において慎二は、立っては投げられ、寝ては押さえられての繰り返しで、一番弱かった。根っからの小心者であるし、173cmの身長に対して体重が60㎏弱しかなかったから、力も目立って弱かったのである。
幾ら進学校だから全体的に体格に恵まれないと言っても、橋詰を初め、上級生たちは同じぐらいの身長なら体重が10㎏から20㎏ぐらいは重く、慎二と同じ新入生でも5㎏から15㎏は重かったのである。
それでも慎二が止めることなく通い続けたのは、心配性の母親の所為で何処に入っても三日坊主に終わる兄の浩一と同じようになるのだけは嫌だ、少しは違うところを母親に見せたい、と言う気持ちが思っていた以上に強かったのだろう。兄のようには心配して貰えない自分。だからこそ、少しは強いところを認めて貰いたい。そんな切実な思いが無意識の内にあった。
それに、どうやら慎二には瞬発力はなくとも、持久力があった。続ける内に、毎日の練習がそう苦にならなくなり、特に腹筋、腕立て伏せ等の中程度の負荷に耐え続ける基礎トレーニングには人より秀でた面を見せるようになったのである。
蚤の跳ぶ暗く湿った更衣室
旧道場は昔の香り
女子マネの献身的な笑顔には
日々の疲れが癒されたかも
若い頃色んな気持ち擦れ違い
誰か独りに絞れないかも
蚤が跳ぶ、暗く湿った建て替えられる前の旧柔道場。汗臭い柔道着、そしてむさくて不器用そうな男たち。そんな柔道部だったのに、不思議とマネージャーとして来てくれる女子が2人もいた。
部員の誰かへの仄かな憧れもあったのかも知れない。
それでも、毎日お茶の用意をし、擦り傷、打ち身、鼻血等の小さな怪我の手当てを分け隔てなくするのだから、特定の相手が出来る、までの若い娘の博愛的な優しさには感心させられる。若いときのそんな奉仕精神から考えれば、人心が落ちた現代とは言え、看護師や保母、介護師等を目指す女子が相変わらず多いのも肯けるし、救われる気がする。
さて、慎二の地味な高校生活にとっては、女子マネージャーたちのみんなに分け隔てなく示す愛、そんなことも十分彩りになろうとしていた。
う~ん、クラスの木崎芳江もええし、隣のクラスの河合祥子もええ。中学のときの佐々木奈々枝もええし、それに、マネージャーらも悪ないなあ。嗚呼、誰にしようかな? 迷うなあ。
誰の目も自分に向いていないのに、慎二は独り幸福な迷いに浸っていた。