sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(30)・・・R2年1.24①

                終章

 

        ヒーターでのぼせた頭働かず
        諦めてから浮上したかも

 

 入試本番は本当に寒い3日間であった。藤沢慎二はヒータの前の席で助かった気がしていた。

 1日目、苦手科目の英語から始まった。配られた問題を見ても殆んど分からない。頭が白くなり掛けたとき、冷え切った外気に合わせてヒータが益々パワーアップして来たことがあだとなった。浮き足立って、もう諦めるしかないような気になった。

 それがよかったようである。捨ててこそ浮かぶ瀬もあれと言われるように、一旦諦めたことで開き直れ、そこに少しは出来そうな国語の問題が配られたから、気分を直して帰ることが出来た。

 翌日からは得意な科目が続き、3日間を終えたときには、そう悪くもなかったような気になっていた。

 たとえば、直前に受けた模擬試験で引っ掛けられた問題にショックを受け、その辺りを十分復習しておいたところ、運好く!? ちょうど同じような問題が出て、自信を持って書くことが出来たのである。

 帰り道、門から出たところで予備校が配っていた速報を見ると、物理、化学、数学と確り出来ている。

 前半の科目に不安はあるものの、後は運を天に任すしかない。

 そう思いながら駅に向かう慎二の足取りは軽かった。

 

 2週間後、合格発表があった。
 1人で見に行くと言うのに、両親が、
「この頃、落ちたショックで川に飛び込む受験生が増えているそうやから、付いて行くわぁ~。並んで歩くのが恥ずかしくて嫌やったら、離れて目立たないように付いて行くからぁ・・・」

 とまで言う。

 仕方がないから慎二は一緒に行くことにした。

 受験番号は5139番だったが、果たしてあるだろうか?

 恐る恐る見て行ったところ、

  5101番、5107番、5115番、5121番、5126番、・・・・・・、

 えらく飛んでいる。本当にあるのだろうか?

 覚悟を決めてもう一度見る。

  5131番、5135番、ふぅーっ。

  5139番!

 あった!

 振り返ると、父親の順一が泣き笑いのような顔をしている。今まで人前ではあまり大きく顔を崩して笑ったことがない父親の、抑えようとしても抑え切れない恥ずかしそうな笑顔が印象的であった。

 

        青い頃勇気振るって手紙書き
        あっさり振られ其れも思い出

 

        間が抜けた求愛しても力なく
        相手の勇気引き出せぬもの

 

        気が抜けて知っているのに知らぬ振り
        入れ直すほど力ないかも

 

 春休みに慎二は、合格した余勢を借りて、思い切って大野恵子に手紙を書くことにした。

 電話だと恥ずかしくて声が震えそうだし、直接なんてとても言えない。せめて手紙なら何とか書けそうである。

 でも、改めて手紙を書こうとすると、どうしても構えてしまう。いや、今まで好意を持っていたが、中々言い出せなかった。でも、自分の気持ちは本物である。出来れば大学生となるこの機会に付き合って欲しい。そんなことを素直に自分なりの言葉で書けば十分である。

 慎二は暫らく自問自答し、覚悟を決めて便箋に向かった。


親愛なる大野恵子

 受験を終え、もう直ぐ憧れの大学生活が始まることと思いますが、お元気でお過ごしでしょうか。
 さて、私は無事、国立浪速大学の理学部に合格することが出来、漸くのんびりした時間を持てております。
 そのとき、真っ先に思い出したのが恵子さんのことでした。
 いや、本当は2年のときに出会い、そのときから忘れたことなんか一度もなかったのですが、3年になってからは受験のことで精一杯になり、何とか我慢していたのです。
 でも、もう我慢出来ません。
 はっきり言います。
 恵子さん。僕は貴女のことが好きです。大学生となるこの機会に、出来たら僕と付き合って貰えないでしょうか。どうかよろしくお願いします。
 それでは、よいお返事をお待ちしております。さようなら。

                                  藤沢慎二

 

 出した後、中々返事が来ず、慎二は気が気ではなかった。
 嗚呼、やっぱり駄目なのかなあ? でも、俺の気持ちは分かっているはずやし、元はと言えば彼女の方から迫って来たんやから、これはきっと恥ずかしくてためらっているんやなあ? 出してしまった以上、のんびり待つしかないかぁ~。

 悶々としながら過ごしている内に、大学生活が目の前に迫って来た。

 そんなある日、父親が勿体振って封書を渡す。

「ほれ、慎二にラブレター」

 それ以上何も言わないのが余計に関心の高さを感じさせ、恥ずかしい。

「・・・・・・」

 慎二は黙って受け取り、部屋に戻ってそっと開く。

 

藤沢慎二様

 国立浪速大学の理学部に合格なさったとのこと、よかったですね。おめでとうございます。これも、これまで藤沢君が一生懸命頑張って来られた賜物だと思います。2年生のときからよく出来ていたので、そんなに不思議だとは思いませんが、現役で合格するのは大変なことと聞いていますので、流石だなあ、と感心しました。

 私の方は国立浪速教育大学の小学過程に何とか合格することが出来ました。藤沢君に比べれば小さな夢かも知れませんが、これから教師を目指して頑張る積もりです。

 さて、藤沢君の私に対する気持ちには、この正月に年賀状を貰ったときから薄々気付いていました。そして、私なんかに好意を持ってくださることに嬉しくはありながら、重くもありました。

 それに、卒業までに残された時間を考えると、何としても遅すぎました。

 大学生になろうとする今、残念ながら私の方にはそんな余裕はありません。誠に申し訳ないのですが、お付き合いはお断りさせて頂きたいと思っています。

 それでは藤沢君も楽しい大学生活を送ってください。何時までもいいお友達でいてくださいね。さようなら。

                                  大野恵子

 

 そんな連れない返事に出会って慎二は、一つの青春が終わったような気がし、力がどっと抜けた。

 嗚呼、やっぱり遅過ぎたんやあ。薄々気付いていたなんて、惚けられてしまったし、諦めないと仕方がないなあ。

 不器用な、一般的には恋とも言えない不思議な関係であったが、慎二には十分な恋であった。それ以上追い掛けるほどの気力は残っていなかった。

 そんな幼い恋に終止符を打ち、慎二は未知なる大学生活に向かって第一歩を踏み出そうとしていた。

 

        大学でどんな出来事あるだろう
        どんなことでも経験になり

 

 さて、大学生活ではどんな出来事、ときめき、悩み等が待ち受けているのか、それはまたのお楽しみであるが、どんな経験も後から考えれば人生において十分な糧となっているのであろう。

 最後に慎二と慎二をライバル視していた下山学のしていたその後の縁、そして熊本真理子のことにだけちょっと触れておき、この長い物語に一先ず終止符を打つことにしよう。

        自分より下に居たはず高校時
        大学時にはぐっと抜き去り

 

        高校時準備の為に勉強し
        大学になり学問になり

 

 この二人の関係は互いに切磋琢磨したと言うのだろうか。慎二と下山は結局、現役で同じ国立浪速大に入った。

 ただ、下山の入った応用理学部は慎二の入った理学部に比べて比較的入り易い学科が多く、この時点ではまだ、慎二は自分の方が上だと思っていた。

 しかし、現実を知らされるときは意外と早くやって来た。

 慎二が大学での理系科目でアップアップ言い出した頃、食堂で見掛けた下山は、友だち相手に楽しそうに科学談義を弾ませていたのである。どうやら、コンピュータのフォートランによるプログラミングも器用にこなせているらしい。

 その後下山が大学院に進むことを知り、慎二は小さなショックを受け、卒業時、下山が学科の主席に贈られる本西賞を貰ったと知った時、慎二は言いようのないショックを受けた。

 しかし、大分経ってから落ち着いて考えてみると、当然のことであった。勢いで一時的に自分が上に行っていたとしても、何時も着実に取り組んでいたのは下山であったし、勉強、そして学問へとスムーズに興味を繋げられたのは下山であるから、それでよかったのであろう。

 そう思えた時、慎二は漸く試験の夢を見なくなっていた。

 それは慎二がそろそろ40に手が届こうと言う頃のことであった。

        

        憧れの年上の人結婚し
        また青春が過ぎて行くかも

 

 熊本真理子はどうやら勉強が好きで、恋にはひどく晩熟であったようだ。慎二が高3の頃は親の反対で恋人と別れ、独りであったらしい。慎二にその道の素質があれば可能性だけはあったわけである。

 ただ、慎二にはそんな素質はなかったのだから仕方がない。

 その後、慎二が大学生の間、真理子は国立浪速大学に司書として勤めながら、ずっと英語を学んでいたらしい。同じ大学に居ながら、一度も出会わなかったのだから、2人の間には元々縁がなかったのであろう。

 その間にも慎二は、母親から時々真理子の噂だけは聞いていたから、その都度気持ちを揺らされていた。

 そして、慎二が大学を何とか卒業し、理系不況の所為もあって就職出来ないで居た頃、真理子が一回り上の青年実業家と結婚したことを知った。

 恵子のときほどではないが、慎二は小さなショックを受け、また一つの青春が終わったような気がしていた。


          僕の宝物

     ゆっくりと過ごせたときは 宝物
     上手く行ったら 嬉しいが
     行かなくたって 構わない

     そんなに急いで どうするの?
     上手く行っても 直ぐ終わる
     味わう時間 せわしな過ぎる

     青いとき 殆んど上手く行かなくて
     淋しいときも あったけど
     時間だけは ゆっくり過ぎた

     青いとき 僕にとっては宝物
     二度とは来ない ときだけど
     あれがあるから 此れからも
     希望を持って 生きられる

                        

                              とりあえず終了